5 引きこもりの夜
土ドームの中でのんびり癒やされていると、いつの間にか夜になっていた。
真っ暗なドームの中だというのに、俺の心は落ち着いている。引きこもれる場所を確保したことで、昼間あれほどボロボロだった精神が回復していったのだ。
やはり引きこもるのは心と身体の健康に良い。最高だよ。
そうしてひと息ついたおかげで、ようやく俺の頭もまともに働き始めた。
「……よし、少し外の様子でも見てみるかな!」
『気持ち悪いくらい元気になりましたね』
「知らないのか? 引きこもりは夜になると活性化するんだよ。夜なら外に出てもそれほど精神が削られないしな」
思えば前世でも引きこもり生活を始めてからは、買い出しに出かけるのもほとんどが夜だった。昼は役所関係くらいだな。
夜の方が人も少ないし、静かだし、スーパーに見切り品なんかも置いてある。夜は引きこもりに優しいのだ。
外に出て、月明かりの差し込む森を見渡す。ひとまず、帝国兵が松明を持って徘徊している――みたいな気配は見当たらない。
さらに遠くを眺めると、世界樹の巨大な影が月に照らされて浮かび上がる。もう燃えてはいないようだが、それでもまだ煙が細く立ち昇っていた。
「今さらだけど……意外と森全体に燃え広がらないもんだな。ここまで延焼しなくて本当によかったよ」
『本当に今さらですね。……母様が私を産み落とした後、最後の力を振り絞り森全体に加護を振りまいたのです。結果、すべての力を失い――文字通り燃え尽きてしまったのですが』
「ふ、ふーん……。と、ところでこれってさ、どこまで逃げたら安全なんだ?」
なんとなくしんみりとしそうだったので、俺は話題をあからさまに変えた。種のヤツも続ける気はないのか乗ってくる。
「少なくともこの世界樹の森からは離れるべきでしょうね」
「この森の外か……森の中にいるだけでもしんどいのに、さらに外とか想像つかないんだが。で、どれくらい歩けば森から出られる?」
『知りません』
「おいおい。世界樹の種子さんよ? 母の記憶が受け継がれてるんじゃなかったのかよ」
『すべてではありません。私はあくまで一個体ですよ。ただ……母様から受け継がれた記憶に、お前に関するものが妙に多くて困惑していますけど』
「親子そろって俺のストーカーかよ。ほんと勘弁して」
『異世界から転生したお前に興味を持ったのかもしれませんね。……そうなのでしょう、リーフ?』
「あー……」
――これまで百年間のエルフ人生、頭のおかしいやつと思われそうで、誰にも異世界から転生してきたなんて話したことはなかった。
だが、引きこもりは独り言が多い。部屋で独りでつぶやくことならよくあった。俺のストーカーであるコイツには……もう隠す必要もないか。
「そうだよ。この世界みたいな魔法は存在しなくて、代わりに科学ってのが発達してる世界にいた。馬車よりずっと速い乗り物はあるし、その場にいなくても人と会話できる道具なんてのもある。メシは美味いしアニメも漫画もあるし、とにかく便利な世界だったな」
「そうなのですか。では、この世界は辛かったのではないですか。……ああ、なるほど、それで引きこもりに……」
「違うっての。前世はたしかにここより便利な世界だったが、その分いろいろと面倒なことが多くてな……。そろそろ再就職しないのかだとか、お前そんなんで将来どうすんだよとか、母さんそろそろ孫が見たいわ――とか。それに引き換え、ここでの引きこもり生活は最高だったよ。それをクソッ、あの帝国兵どもめ……」
『おお、故郷を燃やされたエルフが復讐に燃える……! 実にけっこう! とことんやってください!』
種のヤツ、やけに煽りよるな。なんでそんなにノリノリなんだ。しかし俺は鞄を指でピンと弾きながら答える。
「やらないよ。ムカつくけど、俺は復讐で人生を消費するより、楽しく引きこもる人生を選ぶね」
『……チッ、つまんないヤツです』
「好きに言っとけ。……にしても、いい加減ハラ減ってきたな」
俺は鞄から干し肉を取り出し、ぽいっと口の中へ放り込んだ。
「うげえ……やっぱ不味いな」
たまにスーリヤを怒らせてメシ抜きにされるので、そんなときのための保存食だったが、マジで不味い。しょっぱいガムを食べてるみたいだよ。
保存食が美味くなるように、もっと研究しておくべきだったな。
『私にも食事をください』
「種って肉食えんの?」
『食べられるわけないでしょう。水ですよ、水』
「水だけで生きられるとか羨ましいな。俺も水だけで生きられたら、もっと引きこもりが捗るのに」
『くだらないこと言ってないで、ほら早く。水にはしっかり魔力を込めるのですよ』
「注文が多いなあ……」
文句を言いながらも、俺は鞄から取り出した種に水をちょろちょろとかけてやった。
魔力はずいぶん回復しているので、なるべくきめ細やかに魔力を浸透させてやる。飲めば喉越しサワヤカ、魔力もちょびっと回復しちゃうという特級の水だ。
『ふむ、やはり……』
「ん? なんだよ」
『いえ、なんでもありません。さあ、身体を休ませなさい。明日も歩くのですから』
「だな。さっさと寝るか」
俺は再び土のドームに入ろうとして――
ガサリ。
近くでなにかの物音がした。全身に緊張が走る。
帝国兵……? いや、あいつらなら松明の光が目立つだろうし、装備の音が派手に鳴るはずだ。ということは……。
俺は音のした辺りに目を凝らす。
暗がりの茂みの奥で何かがゆっくりと近づき始め、細長い影が次第に姿を現した。
体長は俺よりも高く二メートルほど。節くれだった腕、その先には鋭く曲がった鎌を持ち、こちらを見据える瞳は月明かりを鈍く返す複眼。
――キラーマンティスだ。
そいつは俺を獲物と認識し、じりじりと音もなくにじり寄ってきた。
タイトルに副題を付けてみました。
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