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4 脱出成功

「ひいっ、ひいひいっ……! つ、つっ、着いた、着いたよ。地面だ。地面があるよおぉぉぉ……!」


 地獄の滑り台をどうにか滑り終えた俺はその場にひざまづき、温かみすら感じる母なる大地に倒れ込んだ。まさか地面にここまでやすらぎを感じる日がくるなんて思わなかったよ。


 そうしてしばらく肩で息をしながら地面をすりすり撫でていると、今度はじわりと別の違和感が這い上がってきた。


「……ケツが痛ぇ」


 まあ、あれだけのスピードで延々と滑っていたんだ。ケツが痛くなるのは当然だろう。しかしもっと気になるのは――


「破けては……いないな。よしっ」


 どうやらケツ丸出しエルフになる最悪の未来は回避されたようだ。滑走面を極力ツルツルに加工したのが功を奏したらしい。あと丈夫なズボンにも感謝だ。


「さて、と……」


 立ち上がり、周辺を注意深く観察する。


 見たところ何の変哲もない森の風景。人の気配もしない。


 ここは帝国兵が来ていたのとは逆方向だし、距離もかなり稼いだ。これなら少なくとも今すぐ追いつかれる心配はなさそうだ。


 そもそもあいつらは世界樹を燃やすのが目的だったみたいだし、俺まで全力で探すとは考えにくいんだよな。それならひと安心といったところか。


「おい」


 俺は鞄をゆさゆさと揺さぶった。さっきまで俺の頭の中でうるさく悲鳴をあげていた種が、いつの間にやらうんともすんとも言わないのだ。


「おーい。聞こえてるんだろ」


『……あばっ、あばばばばば……。――はっ! ここは地上ですか?』


「今気づいたのかよ。ていうか種って気絶すんの?」


『私はでりけーとなのです。箱入り種子なのです。まったく……生まれて間もなく死ぬかと思いましたよ。それにしても――』


「なんだよ」


『リーフ、お前は魔法の扱いが上手いですね。さきほどの滑り台――あれほどの速度で土魔法と風魔法を同時に制御できるエルフは、そうはいないのではないですか?』


「ふふん、わかってるじゃないか」


 魔法を器用さには自信がある。俺の特製肥料だって、土の一粒一粒を丁寧に魔力でコーティングしているのが高品質の秘訣だからな。


 いちおうスーリヤにも秘訣を教えてやったんだが、『そんなのできるわけないでしょ』って呆れられたよ。


「でもまあ……魔力はだいぶ使ったし、今はかなり身体がダルい」


 魔力というのはこの世界の人類に必要不可欠なものだという。魔力を大量に消費するとダルさを感じるようになり、底をつくと気絶するのだ。


 俺もフィギュア制作に夢中になりすぎて、何度かぶっ倒れたことがある。


 ……まあ今ダルいのは、魔力のせいだけじゃないけど。


『ふむ。しかしダルいなどと言ってられませんよ。今はもっと距離を取りましょう。まだ安全とは言えませんから』


「……いやだ。というか無理」


『は?』


「今日はもうこれ以上動きたくない。動きたくないでござる」


『なにを言ってるんですか? 状況わかってますよね?』


「わかってるよ。でもな、筋金入りの引きこもりをナメるなよ。いきなり外に出てアクティブに動けるワケないだろ。こんなに長い間、外に出たのなんて十年ぶりだよ。俺の身体も心ももう限界なんだ。見ろよ、さっきから手が震えてる。これ以上外の空気を吸うと死んでしまいます」


『エルフは外の空気を吸って死んだりしません。バカなこと言ってないで、いいからさっさと早く歩きなさい』


「いや、マジで本当にダメなんだって。これ以上は……」


『……? どうしましたか?』


「おぼ」


『おぼ?』


「おぼぼぼぼぼぼぼぼろろろろろろろろろろろろろろろろ……」


『おゲロ!? どうしたのですかリーフ!』


 胃の底から込み上げるものを止められず、俺の口からキラキラとゲロが流れ落ちた。美しいと言われているエルフだって、ゲロはするしウンコだってするんだよ。


「も、もう俺の身体は限界だ。これ以上は死ぬ……!」


『わ、わかりました、わかりましたから! しかし、だったらどうするつもりですか!?』


「こ、ここに家を作る……」


『家? お前はなにを言っているのですか』


「おえっ。……ぜぇ、はあ、はあ……。いいから、黙ってみてろ……」


 俺は口元を拭いながら、さっき目をつけていた木々の密集地帯へと向かう。ここなら万が一があっても見つかることはない、多分。


 その中にある、ちょうどいい空きスペースに向かって――


「【土壁アースウォール】」


 俺の魔法が発動し、地面から土の壁がせり上がっていく。


 それはどんどん伸びていき――最終的に高さ最大1,5メートル、広さ畳一畳分ほどの土のドームを形作った。


 本当はもっと立派なものを作りたかったが、魔力はあんまりないし体調も最悪。それに目立つのはよくないくらいの危機感もある。これなら蟻塚に見えなくもないだろう。


 俺は小さく作った入口を四つん這いでくぐり、中に入ると入口を木の枝で塞ぎ、三角座りをした。


「おお、壁に囲まれてるよ……。やっぱり外界から遮断されていると落ち着くなあ……」


 木々のざわめき、獣の鳴き声が、まるで別世界のことのように遠ざかっている。


 この閉じた世界がなんとも言えず心地いい。ここなら誰にも見つからず、誰にも気を遣わず、ただ自分のためだけに存在していられるのだ。ああ、ここには俺しかいない……。


『私、お前に頼ったの、間違いだったかもしれませんね』


 あ、こいつがいたんだった。だが今は大目に見てやろう、ちっぽけな種だしな。いつの間にか俺のことをお前と言ってるのもついでに許してやる。


「今さら気づいたか。……でももう動かん。俺はここで休む……」


『はあ……』


 種のため息が聞こえたが、今はどうでもいい。ただただ、胸の奥に積もっていた外界のストレスがゆるゆると剥がれ落ちていくのを感じるのみだ。


 こうして、俺は土のドームでひとまず心と身体を休めるのだった。

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