40 人質の価値
ずるずると後ずさりしながらサイロスが口角を吊り上げる。
「お前らさあ……アリスティア姫が人質になっていることを忘れていないか?」
「なっ……! 姫様をどうするつもりだ、この卑怯者め!」
「卑怯だって? 物事を円滑に進めるために利用できるものは何だって利用しているだけさ。その研鑽を卑怯なんて言葉で貶めてほしくないんだけど?」
「戯言を抜かすな!」
「はぁ……。無能はそろそろ黙りなよ」
サイロスは吐き捨てるように言い、冷たい視線を俺へと向けた。
「さて、お前たちは……わざわざ拐ってきたお姫様を俺たちが殺すことができるのか? そう思っているかもしれないが――生憎だけど、万が一作戦が失敗し俺が死ぬような事態になれば、即座にお姫様を殺すよう部下に命じていたんだ。彼女の死が確定するだけでも、王国を揺さぶる材料には十分だからね。……リーフ、お前が俺をすぐに殺さなかったのは正解だよ」
なんだ、そうなのか。諜報院ってなんだかスパイ組織っぽい響きがするし、スパイお約束の自爆装置とか持ってたら怖いなと思って、トドメを躊躇していただけなんだけど。
よろめきながら立ち上がったサイロスが、勝ち誇ったように自分の胸に手を当てる。
「ここはひとつ、割り切った話をしようじゃないか。……約束しよう。無駄な抵抗をやめてお前が大人しく俺に殺されるのなら、姫様の命だけは保障してやるよ。俺だってお姫様を殺すよりは、生かして連れ帰った方が高い評価を得られるからな。お前もお姫様を死なせたくはないだろう? どうだリーフ、お前一人の命で解決だ。死んでくれるよな?」
「は? 死ぬくらいなら今すぐ逃げるけど? それなら姫様も俺も生きられるじゃん」
「ダメだ。お前が逃げても姫様は殺す。情報を司る諜報院としての勘ってヤツだよ。……お前を生かしておくことは、帝国の未来に影を落としかねない」
『くっ……! どうやら我々の復讐心がヤツらにはバレてしまっているようですね……!』
種がアホなことをつぶやいているが、それはさておきサイロスの野郎、なんて勝手な思い込みをしやがるんだ。
そもそも俺は別に帝国に恨みは……あるにはあるけど、種のヤツみたいに復讐なんか考えていない。ただただ森に引きこもりたいだけだよ。
とりあえず何か言い返そうと口を開きかけたそのとき――ズタ袋の中から首を出してアリスティアが叫んだ。
「リーフッ! せっかくここまで追い詰めたのだから、なんとしてでも私を助け、その上でこの者たちを倒しなさい! 貴方にならきっとそれができるはずでしょ!?」
「……あっ。そこは『私に構わず倒して』とかじゃないんだ?」
「当たり前よ! 私が死んだら元も子もないじゃない! ……でも、どうしても、本当にどうしても無理だなーってなったなら、貴方とカナンの二人で逃げてもいいわ!」
「わかった。参考にさせてもらうよ」
「でもなるべく私を助けるのよ!」
ヤケクソ気味に叫ぶアリスティアを横目に、サイロスが足を引きずりながら彼女を担ぐ黒装束の男の元へと歩み寄った。
「ははっ、まだそんな軽口を叩いていられるのか。わかってないなあ……。少し自分たちの立場ってヤツを思い知らせてやったほうがよさそうだ」
サイロスは愉しげに口を歪め、黒装束の男に命令した。
「……おい、お前! アリスティア姫を傷つけることを――許可する! 美しいと評判のその顔に一生消えない傷を刻みつけてやれ!」
サイロスの言葉にアリスティアがぎゅっと目を瞑り、カナンの叫びが森に響き渡る。
「なっ……! サイロス、やめろおおおおおおおおおお!」
「…………」
黒装束の男が無言で懐からナイフを取り出した。それを見ながらサイロスは肩を揺らす。
「はっ、はははっ! いいぞ、やってやれ! あははははははっ!」
不快な笑い声が響き渡る中、黒装束の男は無慈悲にナイフを振るい――
――ザクッ……!
その切っ先が貫いたのは、アリスティアではなくサイロスの喉元だった。
「ぐがっ――ぎっ……! な、なにを……するっ!」
サイロスが反射的に黒装束の男を袈裟斬りに切り裂く。
すると破けた黒装束の下から現れたのは、人の形を保ちつつも全身をびっしりと木の根に侵食された、人ではない何かだった。
「なっ……これ、は……なんだ!? ゲブッ……」
血を吐き出しながらガクリと膝をつくサイロスに、俺は種明かしをしてやる。
「これは――【森の人形】。木の根を神経に侵食させ、相手を意のままに操る魔法だよ」
「な、なんだ、と……?」
「……そもそも、お前らみたいな悪党が土壇場で人質を利用するなんて、わかりきっていたからな。だから最初の【大地の呪縛】のどさくさに紛れてこっそり【森の人形】の根っこを這わせ、そいつの自由を奪っておいたんだよ」
実は【大地の呪縛】を放ったあのとき、俺はすでに地中からあの男に向けて【森の人形】の根っこを伸ばしていた。
けれど二つの魔法を同時に動かすのが思ったよりも難しく、そのせいで【大地の呪縛】の操作がおろそかになり、味方のカナンまでツタに絡めてしまったんだよな。これはカナンには内緒だけど。
「もうその男は俺の操り人形だ。おーい、姫様を下ろしてやってくれー」
「……ヴ」
俺のお人形と化した男は、アリスティアの入ったズタ袋を優しく地面に下ろした。ズタ袋から這い出してきたアリスティアが、そのまま一直線にこちらに駆けてくる。
「リーフ! ――ありがとう!」
アリスティアが満面の笑顔を浮かべ、飛び込むように俺に抱きついてきた。
細い腕が俺の背中に回り、胸の辺りに顔をぐりぐりと擦りつけられる。同時に腹の周辺には柔らかな巨乳をぎゅうっと押し当てられていた。
おぉぉぉ……これが巨乳の感触か。ぶっちゃけとても気持ちいい。……というか、今ならちょっとくらい触ってもバレないんじゃなかろうか。
そんな俺たちを忌々しげに睨みつけていたサイロスは、ついに地面に倒れ込んだ。
「ゲボッ……。バカな……エル、フ……ごとき、に……この俺が……ぁ……」
べったりと地面に顔を伏せ、サイロスはもう虫の息だ。
その様子にカナンがハッと目を見開き、サイロスに向かって猛然と駆け出した。
「うおおおおおーっ! 姫様を拐かすなど不届き千万! あの世で己の罪を悔いるがいい!」
ドスッ!!
サイロスの背中にカナンの長剣が深々と突き刺さり、サイロスの目から完全に生気が消えた。カナンが剣を掲げて大声で叫ぶ。
「姫様、見てください! 帝国軍諜報院官長サイロス、このカナンが打ち取ったり~!」
相変わらずトドメにだけは余念のないヤツだな。まあ俺はあまりやりたくないからいいけど。
サイロスよ。お前を殺したのはエルフごときではなく、それよりもっとアホで空気の読めないバカ騎士だよ。
「まあカナン、すごいわね!」
俺に抱きついたままアリスティアが賛美を送り、カナンがえへんと胸を張る。いや、この姫様。さすがにカナンに甘すぎないか?
カナンのバカっぽい笑い声が森の中に響き渡り、張り詰めていた空気がようやくほどけていく。
――こうしてサイロスは皮肉な最期を遂げ、アリスティア救出作戦は無事に幕を閉じたのだった。
サイロス戦終了です!
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