39 闇の追跡者2
どこからかクスクスと、神経を逆撫でするような嗤い声が響いてくる。
「ほらほら、どうした? さっきまでの余裕はどこに行ったんだ? なあ、俺はここだよ?」
カナンが傷を負った腕を押さえ、額に汗を浮かべながら叫ぶ。
「サイロスッ! 姿を隠して不意打ちとは卑怯だぞ! 正々堂々と勝負をしろ!」
「あははははっ! 無能騎士はいちいち言うことが面白いなあ。これは命の取り合いだ。お前の拙い美学に合わせてやる必要がどこにある?」
直後、空気を切り裂く音が鳴り、再びカナンの腕から鮮血が噴き出した。
「ぐううっ……! そこだっ!」
「――残念。ハズレだよ」
カナンが痛みに耐えながら即座に剣を振るうが、そこにサイロスの姿はない。
「まずはこの無能騎士からじわじわ嬲り殺してやろう。それから……リーフと言ったね、その後がお前だ。たっぷり絶望を味あわせてやるから、自分の番がくるまで震えて待っていなよ」
「リ、リーフ! ここは私がなんとかする! だからお前は必ず姫様を――ぐあああーっ!」
今度はカナンの太ももが切り裂かれた。鮮血が舞い、カナンが痛みに叫び声を上げる。そんなカナンに俺は言いたいことがあった。
「なあ、カナン」
「くっ……心配するなリーフ! 私はこの程度でやられたりしない! さあ来いサイロス、次こそは――」
「いや、違くて。悪いんだけど、もう少し静かにしてくれないか?」
「へ?」
俺の言葉にぽかんと口を開いたカナンにさらに言ってやる。
「お前がぎゃあぎゃあうるさくてさ、いまいち感覚を掴めないんだよ」
「は? え? リーフ、お前は一体なにを言ってるのだ!?」
「いいから黙れ」
「(コクコク)」
再三の注意に促され、ようやくカナンは素直に口を閉ざしてうなずいた。静寂が戻った森に再びサイロスの嘲笑が響く。
「ははっ、耳を澄ましたって無駄だよ。【闇の追跡者】はその程度の付け焼き刃では見破れ――」
「【石弾】」
俺はとびっきりの魔力を込めた弾丸をカナンの斜め後ろ45度、高さ160センチあたりの空間にぶっ放した。
「ぐはぁっ!?」
突如、何もない空間から血が噴き出し、サイロスの姿がじわりと浮き上がった。ヤツは肩を抑え、信じられないものを見るような目で俺を睨む。
「ふ、ふふっ。運が良かったようだな? だが、まぐれは二度も通じない――」
サイロスが再び闇へと溶け込んでいった。その様子をじっと見つめていると、森の中に再びサイロスの声が響く。
「……ハッ。その余裕ぶった顔……本当に気に入らないね。やっぱり無能騎士より、メインディッシュのお前から先にいただくことにするよ。……死ね、リーフ!」
――背後から迫ってくる、確かな感覚。
姿を消していても背後から不意打ちとは、とんだチキン野郎だよ。
俺は振り返りもせず、真後ろに【石弾】を撃ち込んだ。
「ぐああっ!!」
グシャッという生々しい衝撃音。弾丸はサイロスの右足を貫通し、ヤツは無様に地面へと転がった状態で姿を現した。
足からどくどくと血を流しながら、驚愕に顔を歪めたサイロスが俺を見上げる。
「な、なぜだ……!? 俺の姿が視えてるとでもいうのか?」
「は? 視えてなくても分かるわ。引きこもりをナメるなよ」
以前も大活躍した特技だが、俺には何十年も自宅に引きこもることで習得した気配察知能力がある。
音、空気、匂い――様々な要素で多角的に他人の存在を察知する、長年の引きこもり活動によって研ぎ澄まされていった素晴らしい能力だ。
だが、それだけでは魔法による隠蔽まで行う【闇の追跡者】の察知はできなかったかもしれない。
これはサイロスには言うつもりはないことだが、実は森の中にいることで俺の気配察知能力はめっちゃ強化されていたのだ。おそらく世界樹の力が森とリンクしている影響なのだろう。
魔法で姿や気配を消していようが俺の脳内地図にマーカーがピンと立っているレベルで丸わかりなのだ。つまり森の中で俺にかくれんぼは一切通用しない。
とはいえ、そんな俺でも真剣に意識を集中させ、世界樹の加護を意識して使いこなそうとしないことには、そこまでの能力を発揮することはできなかった。
つまり俺にとって一番の邪魔は、ぎゃあぎゃあとうるさく叫ぶバカ騎士だったわけだ。
「さて、そろそろ終わりだな。その足じゃあもう逃げられねーだろ」
俺は人差し指を突き出し、いつでも【石弾】が撃てる体勢を整えた。
だがサイロスが顔を歪め、後ずさりながら嗤う。
「はっ、はは……。なにを言っている。最初から最後まで俺の有利は変わらない」
震える声でそう言ったサイロスは、その視線をアリスティアを抱えている黒装束の男に向けたのだった。




