38 闇の追跡者
ナイフを突き出すサイロスの薄ら笑いを見ながら、俺は思った。
――かかったなアホが!
勝ち確だと思っているんだろうが、俺はまだ切り札を出していない。
俺は足元――森の大地に魔力を叩き込んだ。
「【大地の呪縛】!」
瞬間、俺を囲むように地面が割れ、樹木とツタが爆発するように噴き上がる。まるで意思を持った触手のようにうねる無数の樹木とツタがサイロスへと殺到し――
「――なっ!?」
ニヤケ顔を張り付けていたサイロスの表情が初めて大きく歪んだ。ざまあみろ、そしてそのまま絡み取られろ!
しかし、サイロスは常軌を逸した反射速度で踏み込みを強制停止。ツタの先端がむなしく空を切る中、素早い動きで後方へと跳ね退き、いともたやすく攻撃圏内から脱出してしまった。
……クソ、反応が早すぎる。やっぱりナイフ使いキャラってのは素早さに特化してるものなんだな。ヴァルツ将軍なんかは一発で締め上げられたんだけど。
「リーフ、大丈夫か!?」
カナンが俺に向かって叫ぶ。
――が、なぜかカナンの腰から下は、地面から生えた太いツタにがっしりと絡み取られていた。
「……なんでお前が絡まってんだよ」
「わ、私だって分からない! リーフを助けようと咄嗟に飛び込んだらこうなっていたのだ……!」
俺はため息を吐きつつ、魔力をツタへと送る。
するとカナンに絡みついていたツタだけが、するすると地面に引き戻されていった。
「す、すまない。……さ、さあ来いっ、サイロス!」
ツタから自由になったカナンは、少し恥ずかしそうにサイロスに剣を構え直す。
だが、距離を取ったサイロスは追撃するでもなく、ただ驚いたように目を見開いたまま、俺たちのやり取りをじっと凝視していた。
「なんだよ、急に黙って。もしかしてビビっちゃったか?」
などと煽ってやるとサイロスは軽く頭を振り、すぐに表情を整えた。
「……いや、どちらかというと……驚いたよ」
落ち着きを取り戻した声でサイロスが静かにつぶやく。
「その魔法は……軍務院からの報告で聞いている。世界樹の森で帝国の軍勢をまとめて戦闘不能にしヴァルツを半殺しにした、森そのものが襲いかかってくるかのような恐るべき魔法……」
サイロスの視線が俺に突き刺さる。
「そうか……。お前が世界樹の種子を持って逃走したエルフなんだな」
サイロスは自嘲気味に口の端を吊り上げ、愉しげに言葉を続けた。
「はははっ! プライドだけは無駄に高いヴァルツのことだ。てっきり自分の失態を誤魔化すために、ありえない嘘を並べ立てたとばかり思っていたんだけどな。……まさか、こんな馬鹿げた魔法を使うエルフが実在するとはね!」
「……だったらどうする。今すぐ尻尾を巻いて帝国に報告しに帰るか?」
「冗談じゃない。ここでお前を殺しておけば、ヴァルツは妄言を吐いた脳筋のままだ。お前を殺さない理由はないよ。……それに、世界樹の種子も持っているんだろう? そいつは俺がいただこう。そうすれば皇帝の座だって夢じゃない……!」
欲望をたぎらせた目で俺を見つめるサイロス。どうやら正確な情報共有よりも、同僚が誤解されたままの方が都合がいいらしい。
きっと面倒な派閥争いみたいなのがあるのだろう。しかも種子を奪って皇帝になりたいだって? そんな出世競争をネチネチやってないで、もっと健全な趣味にでも打ち込めばいいのに。本当にろくでもない連中だな。
「クク……。ヴァルツを退けたからといって、その程度の魔法が俺に通用すると思わないことだ」
サイロスはゆっくりと後退しながら、木々の深い影の中にその身を滑り込ませた。
「――【闇の追跡者】」
目の前でサイロスの気配がすうっと希薄になっていく。そしてサイロスの姿が完全に消え去った。
「なっ……! サイロスが消えたぞ!?」
カナンが剣を突き出し、焦ったように周囲を見回す。
だが、森の中には風に揺れる葉擦れの音だけが存在し、サイロスの名残はどこにも見えない。
「くっ、リーフ、私の背中に隠れろ! どこから来るか――」
カナンが俺をかばうように一歩踏み出した――その直後。
カナンの真正面。まるで最初からそこに立っていたかのように、サイロスの姿が現れた。
「邪魔だよ、無能騎士」
「ぐあっ!」
ナイフが閃き、カナンの腕から鮮血が舞った。体勢を大きく崩すカナンを尻目に、サイロスは返り血を浴びることすらなく、再び溶けるように姿を消していく。
「これは……闇魔法か」
闇魔法の中には、姿を隠す高度な魔法があったはずだ。
居留守をしたいときに便利だなと思い、ぜひとも覚えたかったのだが、残念ながら俺には闇魔法の適性がなかった。『リーフって闇っぽいのにねw』とスーリヤに笑われたことは未だに根に持っている。
すると、どこからともなく得意げなサイロスの声が響いてきた。
「御名答。闇魔法【闇の追跡者】。この魔法を使うと獲物がまったく抵抗できずに殺せちゃうんでね。つまんないから、あまり好きじゃないんだけどさ」
楽しそうな声色が逆に気持ち悪い。
「でも、仕方ないだろう? こうでもしないとお前の魔法に絡め取られるかもしれないんだし。だからせめてここからは、俺が満足するまでお前らをいたぶらせてもらうよ。あははははっ!」
嘲笑が木々に反響し、どこから聞こえるのか判別を狂わせる。
「くっ、どこだ。どこにいる……!」
カナンがつぶやき必死に周囲を警戒する中、じわじわと見えない殺意が毒霧のように充満していくのを俺は感じていた。




