36 カナン号
しばらくカナンの背中で揺られていると、とてもよく視える俺のエルフアイが視界の端でなにかを捉えた。
「おい、カナン。待て、止まれ。……止まれって!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
ダメだ、やっぱりこいつ聞いてない。
仕方がないので、俺は目の前でぴょんぴょん揺れる赤髪のポニーテールを掴んで引っ張ってやることにした。ぎゅっ。
「痛いっ! こらリーフ! 髪を引っ張るんじゃあないっ!」
ようやく止まったカナンに俺は悪びれず言う。
「悪い。でもそのまま止まってろ。なにか見つけた」
「むう……。どこだ?」
「こっちだ」
俺は背後からカナンの両頬をむにっと手で挟み込み、強制的に視線を右へと動かす。
「ふもっ。……むっ、ふぁしかにふぁにかふぁるな!」
すぐさまカナンが進路を変えて、木陰の方へと向かっていく。
……なんだか乗馬してる気分になって楽しいぞ。ハミを自作して、カナンの口に取り付けたらさすがに怒るだろうか。
そうしてカナンがパカパカと駆け寄ると、木にもたれかかったエルフを発見した。肩から血を流し、苦悶の表情を浮かべている。
「おい、大丈夫か!?」
俺が声をかけるとエルフが顔を上げた。どうやら先日、この森で出会ったエルフのようだ。
男は一瞬、カナン号に騎乗している俺に怪訝な視線を向けたが、すぐに気を取り直して口を開く。
「むっ、なんだお前か……。実はいきなりやってきた黒装束の集団に、問答無用で切りかかられたのだ。あいつらは一体何者なんだ。この森の掟を知らぬ不届き者どもめ……」
「王国のお偉いさんをさらって逃走中の帝国軍だよ。あいつらと鉢合わせるなんて、あんたも運が悪かったな」
「帝国だと? 森の外にはあんな連中がいるのか、やはり森の外は恐ろしい……。集落とは別方向に向かったのが不幸中の幸いだったな」
「エルフ殿! そいつらとはいつ頃会ったのだ!?」
「ほんのつい先程だ」
「むっ、そろそろ追いつきそうだな!」
そわそわと足踏みを始め、今にも走り出しそうなカナンを「どうどう」と抑えつつ、俺はエルフ男にさっき生やした水色の花を差し出した。
「俺たちはそいつらを追っている。悪いが先に行かせてもらうよ。それと、よかったらこれを使ってくれ。花弁に当てれば傷が治る。それじゃあな」
「……助かる。恩に着るぞ、同胞よ」
短くそう言って、エルフは花を受け取った。
そうして俺たちは再び森を奥へと進む。
進みながら改めて地面を眺めると、踏み荒らされた無数の足跡や無造作に折られた枝が広範囲に広がっており、連中はかなりの規模だと今さらながらに実感する。
カナンに運ばれながらもいろいろと戦いの備えはしたが、果たしてこれで準備は足りるのかと少し不安になってきた。とはいえ、準備に時間をかけすぎて森を抜けられるのはもっとマズいんだよな……。
などと色々考えているうちに――俺たちはついに黒装束の一団を捉えた。
こちらはカナンが猛ダッシュしている。隠密もクソもない。当然、向こうも俺たちに気づき、足を止めて待ち構えていた。
相手の人数は見える範囲で二、三十人。馬車襲撃よりも断然多い。そして黒装束の一人が大きなズタ袋のようなものを担ぎ上げているのが見える。
「姫様!」
カナンが叫ぶとズタ袋が突然もぞもぞと動き、にゅっと中から顔が出てきた。
「カナン! リーフを連れてきてくれたのね!」
姫様だ。髪の毛はボサボサだが顔色は悪くない。少なくとも乱暴には扱われていないようだ。
そのとき、姫様の傍らにいた一人だけ黒装束ではない普通の町人風の男が、ゆっくりと前へ歩み出てきた。
「あーあ、追いかけてきたんだ? せっかく助かった命なのにバカなことしたね」
男はそこで足を止め、カナンの背から降りた俺へと視線を向ける。
「……もしかして、お前が馬車の襲撃を邪魔してくれたヤツなのかな。あれで終わってれば俺の仕事も楽だったんだけど。やれやれ、無能の尻拭いは本当に嫌になってくるよ」
「同感だよ。こいつがしっかり姫様を守っていれば、俺がここまで引っ張り出されずに済んだんだからな」
「ははっ、思ったよりお前とは気が合いそうだ。でも残念。帝国に逆らう連中はまとめて始末するって決めてるんだよ」
そうして男はナイフを弄びながら、獲物を値踏みするような薄笑いを浮かべたのだった。




