34 地の利を得たぞ
「はあ? 姫様がさらわれた!?」
突然現れたカナンに俺は反射的に声を荒げた。
「そうなのだっ! お願いだリーフ、姫様を助けてくれ! お前に助けを求めるためにセバスさんは私を守って……ううっ……!」
ボロボロと涙を流しながら訴えるカナン。
普段のバカ騎士とは思えない必死さに、思わず言葉が詰まる。だが、それでも俺には俺の事情があるのだ。
「ちょっと待て。いきなりそんな大事に巻き込まないでくれ。俺は帝国と王国のゴタゴタに無関係な一般人だぞ!?」
「でもっ!」
『は? 無関係とはなんですか。お前にとっても帝国は明らかに敵ですよ。悪の軍団です!』
「うるさい、お前は黙ってろ」
「あっ……」
カナンが俺を見つめ、心底傷ついたような顔をした。
「違う。お前に言ったんじゃない。って、それはともかくだな……」
俺はガリガリと頭をかいた。自分でも驚くほど落ち着かない。まあ知ってる人間がさらわれたって聞いて、冷静でいられるやつなんていないか。
けど、なんで俺を頼ろうとするんだよ。状況的に考えて、姫様が出かけた密談の現場が襲撃されたってことだろ?
本腰を入れて姫様をさらったってことじゃん。完全にプロの犯行じゃん。どう考えても、俺みたいな素人が首を突っ込む案件じゃない。
「それならさ、冒険者ギルドで救出を依頼するってのはどうだ。俺なんかよりよっぽど信用できるぞ」
「今から依頼をして人を集めるには、時間がかかりすぎるのだ。たぶんもう、姫様は連れさらわれて帝国に向かってる」
そう言って、カナンは腰のポーチから妙な代物を取り出した。
それは人差し指ほどの長さの苗木で、その根っこ部分が手のひらサイズの水晶玉に埋まっている。
「え、なにそれ?」
「ん……」
カナンが水晶玉に魔力を込める。
するとポウ……と水晶玉が淡い緑色に光り、苗木が意思を持つかのようにググッと動き、とある方角を指し示した。
「これは……詳しい説明は省くけど、とにかく姫様がどこにいるかを指し示す魔道具だ。苗木が指し示しているのは北だから……やっぱりもう町の外に出てる。この先にあるのは北の森か……」
「へえ、便利な魔道具じゃん。でも場所がわかるなら後からでも追いかけられるだろ? なおさら冒険者ギルドに行きなよ」
「相手は手練だった。冒険者ギルドで雑魚を集めても仕方ないのだ。でも、それなりの実力者を揃えるにはどうしても時間がかかる。それに姫様はリーフを――」
そのとき突然、階段をダダダダッと激しく駆け上がる音が響く。
直後、扉が蹴破られ、顔を黒い布で隠した男が部屋の中に飛び込んできた。
「お前、後をつけられてんのかよ! くそっ!」
「くっ、しつこいのだ!」
襲いかかってきた男をカナンが剣で迎え撃つ。
二合、三合と打ち合う隙を突き、俺は男の土手っ腹に【石弾】を叩き込んだ。
「ぐあっ!」
男が勢いよく吹き飛び、俺が数日かけて作ったフィギュアコレクションの棚に――
ドガッシャーーーン!
激突してしまった。凄まじい破壊音が響き、フィギュアたちが雪崩のように崩れ落ちる。
そして俺が呆然としている間に、すぐさまカナンが男にトドメを刺したのだった。……こいつ本当にこんなのばっかだな。
というか、俺の部屋がいきなり凄惨な殺人現場になってしまったじゃねーか。最悪すぎる。
しかも視線を落とすと、手足がボキリと折れたフィギュアたちが転がっている。制作時間を早めるため、耐久度を低めに見積もったのが仇になったらしい。
こうして、俺が魂を込めた作品はあっけなく土くれの残骸と化したのだった。
「おいカナン、お前がここに来たせいだぞ。どうしてくれるんだ……」
「す、すまない。これは必ず弁償するのだ! それにもちろん姫様を救ってくれれば謝礼金だって、この前以上に払うことを約束する。でも――」
「謝礼金?」
俺が問い返すが、カナンは構わず言葉を続ける。
「頭のおかしいお前のことだ。金だけじゃ動かないのもわかってる。だから、姫様を助けてくれたら私はなんでもする。一生奴隷になれっていうならなる。死ねっていうなら死ぬ。だからどうかお願いだ、姫様を――」
「そうか、金か……」
ごちゃごちゃ言ってるカナンは放置して、俺はぽつりとつぶやいた。俺は今、とても、すごく、非常に金がほしいのだ。
金がないと気ままに森を探す旅ができない。スーリヤにそう教えられたばかりだからな。それに――
「カナン、姫様は北の森に連れ去られたんだよな?」
「あ、ああ。たぶん北の森を抜けたほうが王国の――今は帝国領になったが、そこへ行く最短距離なんだと思う。それに森なら街道より目立たず姫様を連れていける」
やっぱり森か。森かよ。森なら――
『地の利を得たぞ!!』
種が高らかに宣言した。
こいつと話が合うのは癪に触るが、俺も同意見だ。森というフィールドなら、プロ相手でもなんとかなりそうな気がする。
「それなら姫様を助けに行くか。カナン、報酬の件は忘れんなよ」
「行ってくれるのか、リーフ! ああ、もちろん約束は必ず守るぞ!」
これまでと一転、ここに来て初めて表情を明るくしたカナン。バカには真剣な顔よりこっちの方が似合うな。
「よし。……でも、北の森までけっこう距離があるよな。俺の足と体力じゃ、それだけでもかなり時間がかかりそうなんだが……」
「それなら私に任せろ!」
カナンは俺を引っ張り上げると、いきなり抱きかかえた。お姫様だっこである。
「おい! いきなりなにすんだ!」
「私は力と体力には自信があるのだ! いくぞリーフ、しっかり掴まれ! うおおおおおおおおおおおお!」
「ま、待て! この格好は恥ずかしい。せめて背負ってくれ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺の静止を聞かずカナンが爆走し、宿の階段を駆け下りていく。恥ずかしいし、コイツの胸元の鎧がゴツゴツと当たって痛い。
こうして俺はなし崩し的に、そして不本意極まりない格好で、姫様救出に向かうことになった。




