31 1/1スケール
「うわ、マジで来た」
鍵を破壊して現れたアリスティアに、俺は心底嫌そうな顔を隠さずに応対した。そんな俺にアリスティアは不満げに片眉を吊り上げる。
「貴方ねぇ、王国の姫が来たのだから、もう少し喜んだらどうなの? 行くところに行けば、それはもう国民総出で歓待される立場なのだけれど?」
「今はただのお尋ね者じゃん。歓待の代わりに帝国軍が槍を持って飛んでくるぞ」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれたのか、悔しそうに歯をくいしばるアリスティア。
昨日の今日ですっかり猫を被るのをやめたらしい。俺はどちらかといえば清楚お姫様の方が好みなんだがな……。まあ、その幻想は昨日できれいさっぱり粉砕されたわけだが。
「それで、今日は何しに来たんだ。昨日の件は断ったはずだけど」
「フン、あれくらいで諦めるわけないでしょ。それにあなた以外にも信用できる護衛を揃えなきゃいけないし、出立にはもう少し時間がかかりそうなのよね。だからその間にじっくりと貴方を陥とすことにしたの。粘り強い交渉も王族として必要不可欠な資質よ」
俺は扉の前で突っ立っているカナンに声をかける。ちなみにさっきまで宿の女将に修繕費を渡しに行っていたよ。
「おい、カナン。王国の姫様がオトコの部屋に入り浸るって宣言してるんだけど、王族的にマズいんじゃないか」
「私の忠誠は王国ではなく姫様に捧げている。ゆえに私にとって最優先されるのは姫様のご意思なのだ。それにリーフはムカつくけど腕は立つから、来てくれると普通に助かる」
「なあ姫様。行くつもりはない上で一応教えておいてやるけど、俺は体力もないし、外に出るのも大嫌いだ。だから連れて行ったところで足を引っ張るだけだぞ」
「そういう話はスーリヤ様から聞いたわ。でも、それを差し引いても余りある能力があると思うから、この私自ら勧誘しているんじゃない」
「買いかぶりすぎだ。……そもそもさあ、なんでそこまでして王都に戻りたいんだよ。帝国に追われてるのなら、わかりやすく王都を目指すより、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れていた方がよくね? 引きこもりのアドバイスならしてやってもいいぞ」
「それはできないわ。私が戻ることで奮い立つ者がいるのだから。帝国の脅威に晒されている今こそ、私が王都に戻り、民を勇気づける必要があるの。それが王族として生まれた私の義務よ」
「ふーん、なるほど。王族はご立派なこった。それでその皺寄せが俺に来てなければ文句ないんだけどな。……ところで、そろそろ作業を再開していいか? 俺にはお前の相手なんかよりフィギュア制作の方が大事なんだ」
「どうぞご自由に。私も貴方が作るものに興味があるし、ここで見ているわ」
「いやいや、出ていってくれない!?」
「さすがに不必要な外出は控えてるから、とてもヒマなのよ。だからヒマ潰しくらい許してくれたっていいでしょう? 私、貴方の作る彫像に負けず劣らずの美少女だと思うし、大きな彫像が部屋にひとつ増えたと考えれば気にならないんじゃないかしら」
そう言って自信満々に胸を張り、大きなおっぱいをたゆんと揺らすアリスティア。なにを食ったらこんなに胸と自尊心が膨張するんだよ。
それはともかく、力尽くで追い返すことは可能といえば可能だが……大騒ぎして宿から追い出されるのは困る。
それならマジで1/1スケールのフィギュアだと思い込んだほうがいいかもしれない。
「わかった。けど本当に一言も話すなよ」
「わかったわ」
軽くうなずくアリスティア。
一度でも邪魔されたら、大騒ぎ覚悟で追い返そう。そう心に誓い、俺はフィギュア制作に没頭することにした。
◇◇◇
「ふう……」
今日は俺がかつて作っていたフィギュアにアレンジを加えて再制作することにした。
俺のコレクションは帝国のクソ野郎どものせいでも燃えてしまったが、俺の技術は日々進歩している。今の技術なら制作当時以上のものが作れると思ったのだ。
今回作ったのは某五分割されたお嫁さんのフィギュアだ。五つ子だけに顔以外で特徴を出す必要があるのだが、それがまた楽しい。
各々の個性を髪型や服装はもちろん、表情、仕草、指先の角度にまで気をつけて表現する。この細部へのこだわりが、彼女たちに命を吹き込むカギとなるのだ。
ついつい飲み食いを忘れて没頭してしまった。俺は達成感に浸りつつ、椅子から立ち上がろうとして――
「うおあっ!?」
背後で正座したまま、じっと手元を覗き込んでいたアリスティアに驚いた。
「お前、いたのかよ!」
「いたけど? それにしても見事なものね。まるで貴方の指先から命が紡がれているように見えたわ。……でも、今回の彫像って全部お胸が大きいわね。やっぱり貴方、巨乳が好きなんじゃない」
「今回はたまたまそうなっただけだ。原作の作者が巨乳好きだからな」
「原作?」
「気にするな。ところでカナンが寝てるんだけど、護衛としてアレでいいのか?」
カナンは俺のベッドで熟睡していた。せめてスーリヤのベッドを使ってほしい。ヨダレを垂らしながら寝そべっている姿に、王国の騎士としての威厳は微塵も感じられない。
「いいのよ。貴方がいれば、なにかあっても大丈夫だと思うし」
「あのなあ……。いい加減、俺みたいな一般エルフを買いかぶるのは――」
「帝国の猛将、黒将軍ヴァルツ――彼を世界樹の森で撃退したエルフがいるって噂、知ってる?」
「……っ」
「昨日、セバスがこの町の支援者から仕入れた情報よ。我が王国を蹂躙し、その勢いで世界樹の森に攻め込んだ黒将軍ヴァルツ。彼とその軍勢はそこでたった一人のエルフに撃退され、瀕死の重傷を負ったそうよ。……これ、リーフなんでしょ」
「知らん。俺の村には他にも手練がいたからな」
「……ふーん。まあ、あくまで噂だし、いいけどね」
あっさりと話を切り上げるアリスティア。
「今日は楽しめたわ。また明日ねリーフ。……カナン、起きて」
「――ふぁっ!? 姫様、カナンは寝てませんよ!」
「そうね、寝てなかったわ。部屋に戻るわよ」
「はい、姫様!」
そうしてアリスティアは去っていった。
うーん……アレは噂を確信してるんだろうなあ。
まあいい、考えるだけ無駄だ。俺は今日も現実逃避に土を捏ねることにした。
◇◇◇
そんな日が三日ほど続き、ついに事態が動いた。
「いやーリーフ君、久しぶり。聞いたよ、スーリヤを助けてくれたんだって? ありがとね」
「気にしないでいいっすよ。俺もスーリヤには世話になってるんで」
「そうだよ。リーフったら本当になにもしないんだから」
「なにもしないとは心外だな。俺はいつも全力で引きこもりをしている」
「すぐそうやって屁理屈ばっかり!」
「あらあら、うふふ。二人って本当に仲がいいわね。ずっと部屋も一緒だったんでしょ? もしかして来年あたりには孫の顔を見ることができるのかしら?」
「もうっ、ママなに言ってるの!」
顔を真っ赤にして怒るスーリヤと、それを微笑ましく見つめるエルフの男女。
そう。ついにスーリヤの両親が町に到着したのである。




