30 ロイヤルな誘惑
アリスティアは自分の胸元にそっと手を当て、口の端をわずかに吊り上げた。
「貴方の視線がたまに私の胸に目が向いているの、わかっているんだからね? ……どう? まだ誰にも触られたことのない私のロイヤルおっぱい。触ってみたいでしょう?」
「それだけデカけりゃ、目が向くのは仕方ないだろ! 人は目立つものに視線が引っ張られるようにできてんだよ! 見られるのが嫌ならサラシでも巻いておくんだな!」
実際は巨乳に感動していたわけだが、ここで引いたら負けだ。勢いで押し切るしかない。というか王族がハニトラ仕掛けてくるなよ。
「別に見られるのは嫌じゃないわ。私が魅力的だって証明だもの。それに……貴方が触りたいって気持ちは否定しないのね?」
「触りたくない! そんなもんよりフィギュアの土を捏ねてたいんだよ、俺は!」
これは俺の本心である。無料のおっぱいならまだしも、触った後に苦役が待ち構えているのに、誰が触りたいもんかよ。
だが、よっぽど自信があったのか、アリスティアは端正な顔をくしゃりと歪めた。
「ぐっ……! 私のおっぱいが土未満だっていうの……!?」
「ああ、そうだよ。わかったらさっさと出ていってくれ!」
「……あっ、もしかしてカナンの方が好みなのかしら? あの子も私が言えばもしかしたら――」
「あんなバカが好みなワケないだろ!」
「は? カナンは素直でとてもいい子なんだけど!?」
「知るか! つーかさっきから口調が全然違うじゃねーか。お前、猫被ってやがったんだな? まあ王族の腹芸なんて、こっちは最初からお見通しだけどな! どうせ大して興味もないくせに、俺のフィギュアを褒めてたんだろ! これだから王族は信用ならねーんだ!」
「それは本当に素晴らしいと思っていたのに心外だわ! それに私だって、あんな彫像を作る人なら、さぞ誠実で困った人を見過ごせない方だと思ったのに……! どうして助けてくれないの! こんなにかわいい王女様が自らを犠牲にして頼んでいるのよ!」
「だから最初から言ってるだろ! なんのメリットもないからだよ! なにを差し出されようが無理なもんは無理!」
「ぐうううっ……! 私のおねだりで陥落しない男なんて、あなたが初めてよ!」
「ああ、そうかよ。わかったらさっさと離れろ! こんなところ誰かに見られたら――」
バタン!
「姫様! どうかしたのですか!?」
勢いよく扉が開き、カナンが部屋に入り込んできた。
「――って、リーフ! お前、姫様になにをしてるんだっ!」
「バカよく見ろ! 俺が襲われてんだ!」
いつの間にか俺はじりじりと部屋の壁にまで追い詰められていた。
「うわっ、本当だ! 姫様ってリーフみたいなのが好みだったのですね。でも少しはしたないと思います!」
えっ、マジか。絶対に誤解してこじれるパターンだと思ったのに! さすがバカは一味違うぜ。そしてアリスティアが吐き捨てるように声を上げる。
「好みなわけないでしょ! こんな引きこもりの男、こっちから願い下げよ!」
「じゃあさっさとどいてくれ! さっきからご自慢のロイヤルおっぱいのせいで何も見えないんだよ!」
あと数センチの距離に巨乳があって身動きがとれないのだ。そして自分から迫ってきたくせに、アリスティアは真っ赤になって叫んだ。
「きゃーっ! このスケベ! 変態! ダークエルフ! もういいっ! 今日は帰る!」
一気にまくしたてると、姫様が顔を真っ赤にしたまま踵を返す。その様子をぽかんと眺めていたカナンが口を開いた。
「あっ、姫様。もうお淑やかにするのやめたんですか?」
「くうっ……。覚えてらっしゃい、リーフ! 行くわよカナン!」
「私はそっちの姫様の方が好きですよ。だからもう普段どおりにしたらどうかなってずっと――」
バタンと扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
覚えてらっしゃいもなにも、忘れられるわけがない。というか……今の流れだと――
「明日も来る気だよな。いやだなあ……」
俺は現実逃避するように、再びフィギュア用の土へと手を伸ばしたのだった。
◇◇◇
「へー。そんなことがあったんだ。ずいぶん熱心な勧誘だね」
「ああ。俺もうここから引っ越したい」
夕方戻ってきたスーリヤに、俺は今日の出来事を話す。もちろん俺が必死に抵抗したことも付け加えてだ。だが――
「……スーリヤ、なんか怒ってない?」
「別にー? リーフって姫様みたいなお胸が好きなんだなーって思っただけ」
「いやまあ、たしかに嫌いじゃないけどな? 世界樹の森には貧乳ばっかりだったし――あっ」
マズい。これは完全に失言だ。貧乳のスーリヤにする話じゃなかったわ。案の定、目だけは笑ってないスーリヤが俺に笑いかける。
「あはは、やっぱりそうなんだ。だったら姫様についてって王国に行ったら? お胸を触らせてくれるんでしょ?」
「バッ、バカ。そんなもんのために引きこもりをやめるわけないだろ。それに――」
一度言葉を切り、はっきりと言ってやる。
「あんな連中よりも、お前やお前の両親の方が大事だからな。それを放り出して王国に行ったりするわけない」
「……そ、そっか。それならまあ、いいんだけど……」
目を泳がせながら口元をニヨニヨさせるスーリヤ。チョロいぜ。どうやらスーリヤの機嫌はギリギリのところで持ち直したようだ。
「それで、今日はどうだったんだ。両親はまだ来てなかったんだよな?」
「うん。って言っても、のんびり屋の二人だし、寄り道してる可能性が高そう。帝国軍に捕まってなければ――だけどね」
「エルフがあんな連中に捕まるわけないだろ」
「……私は捕まったんだけど?」
「お前はたまたま偉い将軍さん相手だし、運が悪かっただけだろ。……まあ金なら余裕があるんだ。ここで気長に待とうぜ。それとできれば他の森についても情報ないか探しておいてくれると助かる」
やっぱり町の中では引きこもっても気分がだいぶ削がれる。それに隣のロイヤル御一行のストレスもヤバい。俺は静かな森で土を捏ねていたいだけなのに、ままならないもんだよ。
「うん、もちろん。いろいろ探してみるよ」
「頼んだ」
こうして、この日は終わった――のだが。
「リーフ! 今日も来てあげたわ!」
翌日も、姫様は遠慮なく俺の部屋に乱入してくるのだった。
ちなみに部屋の鍵はカナンにぶっ壊された。修繕費はロイヤルマネーでどうとでもなるとのことだよ。




