29 アリスティア
扉の向こうに立っていたのは、どこか緊張した面持ちのアリスティアだった。
「はあ、姫様か……。俺は今、忙しいんだ。帰ってくれないか?」
「実は、その……折り入ってリーフ様にお話ししたいことがありまして……」
俺はアリスティアの立つ廊下の左右を覗き込む。近くにはカナンもセバスもいない。
「姫様が男の部屋にひとりで入るのって、王族的にダメなんじゃないの?」
王族は血筋が重要。不貞やスキャンダルはご法度だ。
隣の部屋では姫とカナンが寝泊まりしているようだが、セバスは不特定多数と一緒に寝る雑魚寝部屋をわざわざ借りてるらしいんだよな(スーリヤ談)。逃亡中で誰も見ていないってのに、そこまで気を使ってるらしい。
「今朝、スーリヤ様に教えていただきました。その……リーフ様は騒がしいのがお嫌いなので、用件があるのなら一人でいくべきだと」
どうやらスーリヤに根回し済みらしい。こういう抜け目のなさはまさしく王族だ。
とはいえ、部屋に入れてやるつもりはない。さっさと返そうと思っていた――のだが。
『リーフ、部屋に入って差し上げなさい。誠意を持って一人で来た相手を門前払いするのは、さすがに見ていられませんよ』
むっ……。種のくせに説教臭い正論を吐きやがって。
「あの、どうかしましたか?」
眉間にシワを寄せた俺を、アリスティアが心配そうに覗き込んでくる。
「いや、なんでもない。……わかった。それじゃあ入りな」
まあロクな話じゃないだろうが、どうせ追い返したところで、ずっと廊下に居座りそうだ。面倒事はさっさと終わらせてから、至福の時間を取り戻したほうがいいだろう。
「はい、それではお邪魔いたします。――まあ……!」
そうして部屋に入った瞬間。アリスティアは俺の作業机に置かれたフィギュアを見て、はっと息を呑んで目を輝かせた。
「これは……リーフ様がお作りになったのですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
「とても素晴らしいです。私はつい先日まで芸術の都と呼ばれるルビネティンにおりましたが……それに勝るとも劣らな――いえ、これほどまでに細かやで、かつ生命力を感じる彫像は初めて拝見しました。モチーフも実に独創的で目を奪われます!」
まあ独創的というか前世のアニメや漫画のパクりなんだけどね。けれど昨日の露天商もそうだが、褒められて悪い気はしない。審美眼を養っているであろう王族ならなおさらだ。
「あの、他にも作品があれば拝見したいのですが……」
「いいぞ。昨晩作ったのを向こうに置いてある」
「まあ! まあまあまあ! どれも素敵ですね……!」
ベッドの横に置いてあったフィギュアをひとつひとつ感激した様子で眺めるアリスティア。……ねえ、なにか俺に話があったんじゃないの? この人。
……まあいいか。フィギュアを眺めている間くらいは部屋に居させておいてやろう。俺は姫様を放置して再びフィギュア制作に戻ることにした。
それからしばらく。無言の時間が流れ、現在制作中のフィギュアも佳境に入ってきた、その時だった。首筋に生暖かい吐息がかかった。
「うあっ!?」
振り返ると、そこにアリスティアの顔面のドアップがあった。
「あっ、すみませんでした。ついつい作業に見入ってしまいまして……」
申し訳なさそうに居住まいを正すアリスティアに、俺はため息を吐きだした。
「はあ……驚かすなよ。まあフィギュアを見終わったのなら、そろそろ本題に入りたいんだけどさ」
俺はフィギュアを机に置き、アリスティアと向き直る。
「はっ……。そ、そうでした。すっかり忘れてしまっていましたね」
アリスティアは小さく咳払いをすると、背筋を正した。その表情から先ほどまでの無邪気な表情が消え、姫としての凛とした顔に戻っている。
「現在、セバスはこの町に潜んでいる王国の協力者と接触しております。そして近いうちに援助を受け、私たちはこの町を発ち王国の王都へ向かうことになるでしょう。……ですが、帝国からの追手を避けるため、正規の街道ではなく険しい道のりを選ぶ必要があります。そこで――」
「俺は同行しない」
食い気味に即答した。こんなことだと思ったよ。
「あの、どうしてでしょうか……?」
「どうしてって。逆に聞きたいんだけど、どうして俺が行くと思うんだ?」
「もちろん報酬はお渡しします。それにリーフ様ほどの実力者であれば、王都に帰還したあかつきには、宮廷魔術院の重役ポストをご用意することも――」
「要らない」
再び言葉を遮った。
「俺は金も地位も興味がない。そんなものより大事なものがあるからな」
「それがなにか教えていただいても……?」
「そうだな……。言うなれば、今のこの現状に近いな。部屋に引きこもって、好きなものを作って、静かに過ごせること。それが俺にとって一番重要なんだ」
俺の言葉に、アリスティアは理解できないものを見るように目をぱちくりとさせた。だがすぐに切羽詰まったように言葉を重ねる。
「……あの、どうしても駄目でしょうか?」
「ダメ」
「貴族の地位を約束しますと言ったら?」
「要らない」
「王国最高の芸術家に師事できるとしたら?」
「学ぶものはない」
「王自らが、感謝と名誉を授けると言っても?」
「めんどくさ」
「姫である私が、ここまでお願いしても?」
「無理」
「……でしたら」
アリスティアが一歩、距離を詰めた。その瞳にどこか妖しい光を帯びる。
「少しくらいなら、私のおっぱいに触れていいのよって言っても?」
「ぶっっっ!」
俺は盛大に吹き出した。だがアリスティアは妖艶な表情を浮かべながら、じりじりと距離を詰めてきたのだった。
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