28 護衛報酬
日が沈むギリギリくらいに、俺たちはファルトスの町に戻ってくることができた。
気絶してカナンに背負われていた執事も、途中で意識を取り戻し、今は何事もなかったかのように背筋をピンと伸ばして自分の足で歩いている。
ちなみに執事の爺さんの名前はセバス。
いかにもありきたりな名前だと思うんだけど、執事はこういう名前にしなきゃならない決まりでもあるのだろうか。まあ覚えやすくてなによりだけど。
門番のゆるい検問を終え、門をくぐり抜けたところでセバスが足を止め、こちらへと向き直った。
「リーフ様、スーリヤ様。ふがいない我々に代わり姫様をお守りいただき、誠にありがとうございました。これはわずかばかりの謝礼となります。どうかお納めください」
ずしりと重そうな革袋を差し出すセバス。それを受け取ったスーリヤが中を覗き込んだのだが――
「うえええっ!? こんなに貰っていいの!? 桁を間違ったりしてない!?」
「姫様のお命の価値を考えますれば、これでもいささか足りないかと存じますが……。我らも旅の途中ゆえ路銀が必要。これにてご容赦いただければと」
「いやいやいや、十分すぎるよおー!」
慌てふためくスーリヤの肩越しに、中身をちらりと盗み見る。革袋の中には黄金色に輝く金貨がいち、にい、さん……とにかくたんまり詰まっていた。
「こんなに貰っちゃって本当にいいのかなあ……」
つぶやくスーリヤにセバスが「もちろんです」とうなずき、そこで俺と肩越しに目が合った。そしてなにやら気遣わしげに話しかける。
「ところで、あの……リーフ様は大丈夫なのでしょうか? 私が意識を取り戻してから一度もお声を聞いていないのですけれど……。まさか、追手を撃退した際にどこか負傷を……?」
「あー、うん。リーフはいつもこんなんだから。気にしないで」
「は、はあ……。左様ですか」
セバスが困惑の表情をさらに深めていると、続いてアリスティアが静かに一歩前に出た。どうやらお別れの挨拶という段取りらしい。ちなみに今は身を隠すように馬車から持ってきた地味な色のローブを着込んでいる。
「それでは、私たちはここで失礼したします。リーフ様、スーリヤ様。この度は誠にありがとうございました」
「またなスーリヤ! ……ついでにリーフも!」
耳をつんざくカナンの大声が俺の鼓膜を蹂躙する中、三人はそのまま町の喧騒にまぎれていった。
それを見送りながら、俺は旅の疲れをすべて吐き出すように、長~いため息を吐いた。目の前のスーリヤがビクンと跳ねる。
「ひゃんっ! ……ちょっと、リーフ! 首筋にそういうのは止めてよね!」
「おお、悪い悪い。それにしてもようやく終わったな……。それで報酬はいくら貰ったんだ?」
「五十万Gくらいかな」
「へー。大金じゃないか。帰り道は何事もなかったし、それを考えるとかなり儲けたな」
「そうだね。こんな大金をポンと払っちゃえるなんて、やっぱり王族ってお金持ちなんだねー」
「そりゃそうだ。金を持ってるから王族がやれてるし、王族をやれてるから金が入ってくるんだ」
「そういうもんなのかな。というか、リーフってば、すっごいカナンちゃんに絡んでたよね? なんか王族に恨みでもあんの?」
「王族に限らず、権力をひけらかす連中が嫌いなだけだよ」
「ふーん。でも姫様はそんな感じじゃなかったね。おしとやかで上品で優しくて……なんか物語に出てくるお姫様そのままって感じ!」
「そんなのわかんないっての。案外ああいう女の方が腹黒なのかもしれないぞ。……といっても、もうあいつらに会うことはないし、どうでもいいよ。それよりとにかく腹が減った。肉を買って帰ろうぜ」
「そうだね。……あ、そうだ。宿の部屋、リーフ用にひと部屋余分に借りちゃう?」
「なにっ! いいのかスーリヤ!?」
「いいよー。だってリーフが頑張ったお陰で儲かったんだしね。たしか隣の部屋が空いてたはずだよ」
「それなら頼む! もう今日はいろいろあって疲れたけどさ、宿に引きこもれるなら、それだけですべてが報われるぞ……!」
「はいはい。それじゃあお肉を買って、宿に戻ったら女将さんに頼んでみよー」
「わーい」
俺は素直に喜んだ。そして肉を買い、ウキウキ気分で宿へと戻った。
のだが――
「――ごめんねえ。ちょうどさっき、満室になっちまってねえ」
宿屋の女将の申し訳なさそうな声に、俺はがっくりと肩を落とした。そして――
「おっ、リーフとスーリヤ! お前たちもこの宿なのか? 奇遇だな!」
宿の廊下でばったり出くわしたカナンに、俺は心の底からげんなりしたのだった。
◇◇◇
その夜はスーリヤが宿の厨房を借りてステーキを焼いてくれた。
たまたま売っていたらしい高級魔物肉に俺は舌鼓を打ちまくった。やはり肉はいい。最近ずっと果物とパンとスープだけだったからな。
引きこもりにとって、食事は日々のエンタメとしても重要だ。質素倹約なんて単純に幸福度が下がるだけの愚行だよ。
満足いく食事をいただいた後は、明日以降の予定を確認する。
スーリヤの見立てでは、そろそろ両親がやってくるんじゃなかろうかということだ。そのため明日からは、待ち合わせ場所に決めている役場に毎日向かうことになった。
スーリヤが出ていってる間、もちろん俺はひとりでお留守番をすることになる。久々に引きこもり生活を堪能できる最高の日々となりそうだ。
◇◇◇
そして翌日。スーリヤは朝早くから出ていくと、俺は部屋に鍵をかけ、さっそくフィギュア制作に打ち込むことにした。
【土創造】で土を作り、魔力を溶かし込みながら捏ね、形を作っていく。
ああ、やはりフィギュアはいい……。
創作とは自分の内面と向き合い、対話することだ聞いたことがある。たしかに俺しかいない空間で、俺の理想だけが形になっていくこの作業は最高に心地良い。この時間を永遠に続けていたい――
と思っていたのに、俺の至福の時間は突然響いたノックの音に中断された。
嫌な予感しかしない。もちろん無視である。
「コンコン」
「……」
「コンコン」
「……」
――五分後――
「コンコン」
「……」
「コン――」
「――ああああああああああ! 誰だ! クソッ!」
あまりにしつこいノックに俺は立ち上がり、荒々しく扉を開ける。
「突然の訪問、申し訳ありません。リーフ様」
扉の向こうに立っていたのは、どこか緊張した面持ちのアリスティアだった。




