27 おバカな騎士の躾け方
女騎士カナンがいきなり俺の名を呼び、ずいっと指を突きつけてきた。
「貴様っ、姫様に対する態度がよろしくないんじゃあないか!? さっきから聞いていればタメ口など……不敬極まりないと思うぞ!」
「カナン、私たちはリーフ様とスーリヤ様に助けていただくのです。そのようなことを言ってはいけません。失礼ですよ」
「ですけど姫様! こいつの態度はよくないと思いますっ! 目に余りますっ!」
変わらずビシビシと指をさしながら、やいやいわめくカナンだが――それなら俺も言いたいことを言わせてもらおう。
「あー。カナンと言ったな」
「ああ、カナンだぞ! 王国近衛隊所属のエリートだ!」
こいつがエリート? 信じられないんだが。まあそれは置いといて。
「なんで俺がお前の国のお姫様に下手に出る必要があんの?」
「それは当然だ! 我が国で一番偉い王様の姫君なんだぞ!」
「俺は王国に住んでないけど? ただの通りすがりのエルフだけど? なら関係なくない?」
「でも! 王族というのは民を守り導く重い使命を背負ってるんだ。だから尊ばれるのは当たり前だろ!」
「知らんがな。生まれたときから偉いのか? 勝手に身内で崇める分には好きにすればいいけどさあ、それを押し付けるのはやめてくれよ」
「ぐっ……けれど、姫様は我が国にとって欠かせないお方なんだ。そのようなお方を軽んじるような態度は許せない!」
「そうか。価値観を押しつけていいってことか。だったらさ、エルフの俺はお前よりずっと歳上なんだけど、まずは『年長者を敬う』という当たり前の道徳から始めてみないか? ほら、俺に敬意を払いなさい」
『私のセリフをパクらないでください』
むすっとした声が脳内に響くが放っておく。
とにかく前世で組織の歯車として擦り減った俺は、理不尽な上下関係というやつが大嫌いなんだ。だから今世では絶対に権力には屈しないと心に決めている。自由のために引きこもったエルフを甘く見るなよ。
「おい、カナン。歳上の俺に人生の先輩として敬語で挨拶をしてみろよ」
「うぎぎぎぎ……リーフ殿、よろしくお願いいたします……」
「よし、やればできるじゃないか。偉いぞ」
「ぐっ……! なら次はお前が姫様に敬意を払う番だ!」
「えっ、そんな約束してないし。というか、今、お前は嫌な思いをしただろう? 価値観の押しつけがよくないことはくらいは理解できたんじゃないのか?」
するとカナンはわなわなと震えだし、ぶわっと目から大粒の涙を流した。
「うおおおおおおおおんっ! 姫様ぁ! あいつが私をいじめるんですうっ!」
姫様に泣きつくカナン。姫様は眉尻を下げながら、言いにくそうに俺を見る。
「あ、あのリーフ様、カナンはとても素直な性格でして……。本当に悪気はないのです。どうか、お手やわらかにしていただけると……」
「そうだよ、リーフ。相手はまだまだ二十歳かそこらなんだ。大人気ないよ?」
「フン、俺が優しくなれるかどうかは、そいつの今後の行い次第だな。――それじゃあバカ騎士を躾けたところで、そろそろここから離れるか。姫様、馬車は置いていくけどいいよな?」
馬は横転したはずみでどこかに逃げたみたいだし、馬車も大破して使い物にならない。
「はい、構いません」
しずしずと頷く姫様。
「おい、カナン。お前がその爺さんを背負っていけ」
「ずびっ。……承知したぞ! これくらいお安い御用だ!」
目元をごしごし拭いながらカナンが答える。バカは立ち直るのも早い。
「それと――」
俺は目をつぶってじっとすると、意識を集中させる。
「リーフ、何をしてるんだ?」
「黙ってろバカ。口を開くなバカ」
「むううっ、バカバカ言うな!」
俺はカナンを黙らせると、エルフイヤー、そして長年の引きこもりで培った変態的な察知能力を全開させた。
「……あそこだな」
俺は狙いを定めると、風を纏わせて命中精度を高めた【石弾】を遠くの岩陰に向けて撃ち込んだ。
――バゴンッ!
岩が砕け散る。そしてその陰から黒装束がひとり転がり出てきた。
「っ!? 帝国のっ! まだ潜んでいたのですか……!」
アリスティアが驚愕に息を呑む。だがこれはむしろ想定通りだ。王女を狙うような連中が完全に引き上げるほどマヌケなわけがない。
俺はさらにもう一発、逃げようと身を翻した黒装束に【石弾】を叩き込んだ。狙い通りに足を撃ち抜かれた男は呻き声を上げて地面に転がり、完全に機動力を失った。
「よし、ポチ。やってこい!」
「誰がポチだ! けど手柄は私の物だ! うおおおおおお!」
カナンが剣を抜き、全速力で獲物へと駆け出していく。
「――姫様、やりましたー!」
十数秒後。血の付いた剣を掲げ、誇らしげにカナンが戻ってきた。
アリスティアはそんなカナンにねぎらいの笑みを送ると、静かに俺へと向き直る。
「……リーフ様。此度の出会いに心より感謝いたします。どうか町までの間、私どもをお守りください」
改めて頭を下げるアリスティア。
どうやら俺の評価が一段階上がったようだ。とはいえ、あまり期待されても困るし、調子に乗らないようにしておこう。
「とにかくそろそろ行くぞ」
「はい、リーフ様」
アリスティアがうなずくのを見届けた俺は、そのまますーっと流れるようにスーリヤの背後にぴったりと隠れた。広々としたところに長居しすぎて正直しんどい。
「あの、リーフ様? それは一体……?」
「リーフ、なにやってるんだ?」
困惑するアリスティアとカナンの声が聞こえるが無視だ。もう何もしゃべりたくないし、そもそも口を開くと吐きそうなんだよ。代わりにスーリヤが慣れた様子で答えてくれる。
「あっ、リーフのコレは気にしないでくださいね。それじゃあ行きましょー」
「は、はい……」
「なあなあリーフ。どうしたんだ?」
こうして俺はスーリヤの背中を盾にしつつ、ファルトスの町に向かって歩き始めたのだった。




