26 姫様と女騎士
「姫様っ! ご無事でしょうか!?」
馬車の傍らに立つお姫様のもとへ女騎士が駆け寄っていく。その様子を俺たちが距離を置いたまま見守っていると、お姫様が凛とした声を上げた。
「私は無事です。ですがカナン、まずは助けてくださったお二人に感謝を述べるべきでしょう?」
「むっ、そうだったんですね! おーい、ありがとうー! 助けてくれたんだなー? お陰で助かったぞー! おーい!」
遠くからブンブンとちぎれんばかりに手を振る女騎士。……すごくバカっぽい。
というか、今の今まで俺たちが加勢してたことに気づいてなかったのかよ。まあこれ以上関わり合いたくないし、どうでもいいけど。
「いえいえ、お気にならさず。それでは俺たちはこのへんで。……いくぞ、スーリヤ」
「えっ、いいのかなぁ……?」
俺は強引にスーリヤの腕を引っぱり、この場から足早に立ち去ろうとしたのだが――
「待ってくださいっ! その、私たちのお話を聞いてはいただけないでしょうか……!」
お姫様の切実な声が背中に届く。その声にスーリヤがピタリと立ち止まった。
「……なんか困ってるみたいだし。ね? リーフ」
「うぐっ……」
正直行きたくはない。だって絶対に面倒事だもんな。
けれど、お人好しのスーリヤに今の事態は見過ごせないだろうし、コイツがお人好しだったから、俺は引きこもりエンジョイ中もいろいろと世話してもらいQOLが向上したという自覚がある。
なのでお人好し発動中のスーリヤに、俺は放っておけとは言えないんだよなあ……。
「わかった。じゃあいくか……。はあ……」
俺は深くため息をつき、横転している馬車の前までしぶしぶ歩いていった。
「――まずはご助力に感謝を。お二人が加勢してくださらなければ、私はあの者たちに連れさらわれていたことでしょう」
美しい金髪をなびかせ、姫様が丁寧に頭を下げる。それに対してスーリヤが慌ててパタパタと手を振った。
「いえいえ、たまたま居合わせただけですから。ねっ、リーフ?」
「そういうことだ」
「でしたら、その幸運にも感謝を」
そう言って微笑む姫様。なんというか……育ちの良さがにじみ出ている素直な笑顔だなあ。顔立ちも整っていて、エルフで見慣れた俺から見ても顔面偏差値が高い。
それと……その上品でゆったりした衣服の上からはっきりと分かるほど胸がデカイ。まな板だらけの世界樹の森ではまずお目にかかれなかったド迫力に、俺は少し感動していた。
「申し遅れましたが、私はレストリア王国の第一王女アリスティアと申します。そしてこちらが私の護衛を務めるカナンです」
「カナンだ! さっきはてっきり新手の敵かと思ったぞ! でも助けてくれてありがとなー!」
赤髪を揺らしながら大声を上げる女騎士。こっちは一点の曇りもないバカの笑顔だ。
……って、バカはどうでもいい。それより、やっぱりこのお姫様っぽい人はホンモノのお姫様だったことが判明した。
ちょうど帝国に攻められた町にいたとか、それで帝国の追手に追われていたとか……そんな感じなんだろうな。
「わ、わぁ。本当にお姫様なんだ……。私はスーリヤです。エ、エルフです!」
フードを外し、ぺこりと挨拶をするスーリヤ。相手が王族と聞いて少し緊張しているようだな。さて、次は俺の番か。
「リーフだ。礼はたしかに受け取った。それじゃそろそろ帰っていいか? 暗くなる前に町に戻りたいんだよ」
「いえ、それが……」
アリスティアが困り顔で馬車に視線を向ける。その陰で、執事らしき老人がうつ伏せになって倒れていた。
「おそらく気を失っているだけだと思うのですが、この場に置いてはいけません。見たところお二人は相当な腕をお持ちのようです。そこで……近くの町、ファルトスまで私たちを護衛していただけませんでしょうか? もちろん謝礼はお支払いいたします」
「……んー」
やっぱりこうなったか。トラブルの匂いしかしないし、ご遠慮願いたい。
でも、聞いてしまった以上、せっかく助けたヤツを見捨てたみたいになるのは後味が悪いんだよなあ……。
エルフは寿命が長いせいか、それともイヤなことばかり覚えている俺の性格のせいか、後々まで引きずりそうな後悔はしたくないという気持ちが強い。
「リーフ。困ってるみたいだし、助けてあげよ?」
『リーフ。王国の姫を助けるということは、つまり帝国が困るということ。是非やりましょう』
お人好し一名と復讐者一種から逃げ場のない同時攻撃がきた。俺は小さく肩をすくめる。
「わかった。でも、町までだからな。それ以上は一切関知しないから」
「リーフ様……! ありがとうございます!」
花がほころぶような笑顔を見せる姫様。正直ほだされてしまいそうになるんだけど、こうやって下々の者をたらしこむのかな、王族って。
「気にすんな。それじゃあさっそくだけど、そこの爺さんを――」
「待ていっ! リーフ!」
「ん?」
女騎士カナンがいきなり俺の名を呼び、ずいっと指を突きつけてきた。




