21 ファルトスの町
「ほう、これが異世界の町か……」
自由都市連合の最北端に位置する町ファルトスは、とても高くて分厚い城壁にぐるりと囲まれた大きな町だった。これはもう町自体が引きこもっているといっても過言ではないのかもしれない。
そして城壁がある以上、当然ながら門があり、そこには門番がいる。交易が盛んな町らしく、人の出入りもかなり多くてずいぶん待たされてしまった。
俺たちの順番になり、じろりと訝しげにこちらを見つめる門番。どうやらフードを被っているのが怪しかったらしく取るように促されたのだが、素直に従って顔を見せるとあっさり門を通された。エルフだなんだと騒がれることもなかったよ。
町に住んでいるエルフもいるそうだし、これほど人が多い町ではエルフもそれほど珍しい存在ではないんだろう。
町の中に入るなり、何度か町に行ったことがあるスーリヤが妙に得意げな先輩ヅラをしながら俺を見る。
「どう、リーフ。これが町だよ、町」
「うん、町だな」
「……えっ、それだけ? さすがのリーフでも目を輝かせるとか、なんか初々しい反応があると思ったんだけど」
「そう言われてもなあ」
俺にとって重要なのは屋根と壁と鍵のかかる部屋であって、外の世界に積極的な興味があるわけじゃないからな。
とはいえ、引きこもり的には知らない建物の風景を安全圏から眺める分には嫌いじゃない。自分が歩き回らない前提なら、観察対象としてはそこそこ楽しいとは思う。
前世でも旅行なんてまったくしなかったが、ムームルマップで知らない土地を眺めるのは結構好きだった。でも実際にそこへ行ってみたいか? と聞かれたら、答えはノーなんだよな。
なにより壁に囲まれているとはいえ、外は外だ。それに人が多いのも落ち着かない。さっきから屋台の客引きの声がやたら大きく、頭がガンガンするのだ。景色を楽しむよりも一刻も早く宿に入って落ち着きたいよ。
ということで、町に入った俺たちはさっそく宿を探すことにした。
しばらく歩いたところで、良さそうな宿はあっさり見つかった。旅人向けのごく普通の宿だが、俺にとっては十分すぎるほどの安住の地だ。
――と思ったのもつかの間。俺が主張した『一人一部屋』という希望は、スーリヤにあっさり却下された。
大きな町だけあって宿賃もそれなりに高い。合流予定のスーリヤの両親がいつ頃やってくるかわからない以上、経費は切り詰めなければならないということだ。
いつの間にやらサイフをスーリヤに握られているのが悲しい。野盗を倒したのって俺だったよな……?
「それでも一人で住みたいなら、町でなにか金策するといいよ。冒険者ギルドに登録するとかどう? 実は私、少し興味あるんだー。一緒にやってみない?」
なんてスーリヤは言ったが、もちろん却下だ。外で仕事をするくらいなら、スーリヤと同じ部屋の方がまだ我慢できる。
とにかくそういうわけで、俺はついに部屋を確保した。部屋に入り、ひと息ついたところでスーリヤが振り返る。
「それじゃあ、まだ明るいうちに情報収集に行こっか。帝国がどうなったとか気になるし、この辺りの地理も調べたいしね」
「そうだな。行ってらっしゃい」
「え?」
「え?」
「え? ってなんだよ。リーフも来るんだよ!」
「ウッソだろ、お前。ようやく手に入れた部屋だぞ! イヤだイヤだ! 俺はここに引きこもるんだ!」
俺はベッドにしがみつき、徹底抗戦の構えを見せた。数日ぶりのまともな部屋なのだ。今日ばかりは絶対に折れないぞ……!
と思ったのだが、意外とあっさりスーリヤは諦めてくれた。
「はあ……仕方ないか。ここまでリーフにしてはよく頑張ってたしね」
「お、おう。分かってくれるのか?」
「まあね。よく考えたらこんなに長い間リーフが外に出ていたのって本当に子供の頃以来じゃない。それを考えるとねー」
子供の頃は両親に無理やり外に連れ出されることもあったからな。俺の引きこもりライフは両親が出ていってから本格的に始まったのだ。
「じゃあ行ってくるね。おやつは鞄の中にあるから一個だけなら食べていーよ」
「おう、いってらっしゃい」
スーリヤはひらひらと手を振りながら部屋を出ていった。
こういう時、なんだかんだで見逃してくれるのがスーリヤのいいところだよ。単に呆れられてるとも言えるし、おやつのくだりはお前は俺のカーチャンかよと思ったけど。
そうして久々の一人っきりの個室を堪能していると、種から念話が入った。
『あの娘に働かせておきながら、自らは部屋に引きこもるとは。お前はひどい男ですね』
「そういうお前はなにか働いているのか? じっとして水を貰ってるだけじゃねーか」
『私は存在自体が尊いですから。むしろお世話されることが仕事のようなものです』
おおう……俺より考え方がやべえヤツがいたよ。こいつはいつも敬えというが、むしろ話をするたびに敬いポイントがマイナス更新されていってることに気づいているのだろうか。
まあこんなヤツとの会話をしても仕方ない。俺はひとまず種の存在を忘れることにして、さっそく久しぶりのフィギュア作りを楽しむことにしたのだった。
◇◇◇
夜になり、スーリヤが帰ってきた。さっそくよく聞こえる耳で聞いた噂話や、俺よりずっとコミュ強な口で尋ねて回った情報を聞かせてもらう。
スーリヤ曰く、町は帝国が宣戦布告してからあっという間にルビネティンとかいう都市を攻め落とした話題でもちきりだったそうだ。その都市からこの町はさほど遠くない。次はここが攻められるのではと危機感を抱いてる人も多かったとか。
とはいえ、電話もネットもないこの異世界。それ以上の情報はまだ伝わっていないらしく、わかったことといえば、侵攻の先陣を指揮していたのが『猛将で知られるヴァルツ将軍』だったことくらいだ。有名人だったんだね、あの人。
そして肝心の新居候補の森だが、ファルトスの町からさほど離れていない北の地に、かなり大きな森があることがわかった。どうやらそこにはエルフが住んでいるらしいが、比較的町とも交流のある部族らしい。
「おお、ついに森の情報を掴んだか。でかしたぞスーリヤ!」
「なんかえらそー。まあ、褒められて悪い気はしないけどね」
『私からも褒めてさしあげましょう』
「種も『褒めて差し上げましょう』って言ってるぞ」
「こっちもえらそー……」
机に置かれた種をスーリヤがじっとりと見つめる。
『私は偉そうではなく、実際に偉いのです。もっと敬うといいですよ』
今の言葉がスーリヤに聞こえたなら、種にデコピンくらいはやったかもしれない。スーリヤよ、この種はお前が思ってる百倍は偉そうなんだぞ。
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