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20 帝国の円卓

 レストリア王国、第三の都市ルビネティン。


 かつては芸術の都として知られ、そこには王国の繁栄を象徴する白亜の城がそびえていた。


 だが帝国に占領された今となっては、かつての華やかさは見る影もない。すすに汚れた城壁が、砕け散った彫刻が、ここが戦場であったことを無言で物語っている。


 ――その城内。重厚な扉に閉ざされた会議室では帝国の中枢を担う重鎮が円卓を囲み、互いの顔色をうかがっていた。


 すでに報告を聞き及び、しばらく口を閉ざしていた白髪の老人――帝国宰相ラーグルフが重々しく口を開く。


「ではヴァルツ将軍。貴殿は世界樹の種子を奪い去ったエルフを取り逃がし、その結果……エルフは種子ともども川へ身を投げた――そう申すのですか」


「はっ。……そのとおりです」


「ふむ……。黒将軍と謳われ、此度(こたび)の侵攻では先陣を切り、瞬く間にこのルビネティンを陥落させた貴殿がそのような失態を犯すとは……。にわかに信じられないことです」


「報告にもあったように、グイレン男爵が先走ったのです。男爵は私の命令に背き、包囲が完了する前に世界樹を燃やした。それがすべての原因です」


「んー? 本当にそうなのかなー?」


 会議室の一角。短髪の若い男が(あざけ)るように口角を吊り上げると、ヴァルツは即座に殺気を含んだ視線を向けた。


「……どういう意味だ? サイロス」


「いやいや、深い意味はないよ。たださ――」


 サイロスは肩をすくめ、わざとらしく首をかしげる。


「グイレン男爵はエルフの反撃に遭って死んだんでしょ? 死人に口なしって言うじゃない。責任を押し付ける相手としては、これ以上ないほど都合がいいと思ってね」


「口が過ぎるぞ。諜報院ごときが……!」


「おお、怖い怖い。気に触ったならごめんね~」


 ヴァルツの怒声にもサイロスは軽薄な謝罪を返す。だが、それを咎める者は誰もいない。この場にいる誰もが同じ疑念を抱いていたからだ。


 ヴァルツは内心で歯噛みする。


 無能を斬り捨てることに躊躇(ちゅうちょ)はなかった。失敗するなど微塵も考えていなかった。その判断が、今こうして己の首を締めているのだ。


 諜報院の長サイロスは、椅子を後ろに揺らしながらさらに言葉を重ねる。


「それにさあ、ヴァルツ将軍を手こずらせたって言うエルフ? そいつは燃え盛る世界樹から逃げ延びたあげく、兵の包囲網を得体の知れない魔法で突破して、さらにはヴァルツ将軍にこれだけの傷を負わせたって? ちょっと話が出来すぎじゃない?」


 今のヴァルツは鎧も身体も傷だらけで満身創痍だった。崖で気絶しているところを兵に救助され、急遽(きゅうきょ)ルビネティンへと搬送されたのだ。


 骨折と内臓の損傷は回復魔法で最低限癒やされているが、今なお痛みと疲労は隠しきれない。


 サイロスの目には、それが正体不明のエルフによるものではなく、ヴァルツが功を焦り兵を疲弊させた結果、森で想定外の魔物の群れに襲われた末の傷に見えていた。


 だとするならば、これはヴァルツの将器を疑う失態となる。


 屈辱に肩を震わせながらも、ヴァルツは必死に言葉を紡ぐ。


「確かにエルフは存在したのだ! 脆弱(ぜいじゃく)で、何の力もないように見せながら、あのような――まるで森そのものが襲いかかってくるかのような恐ろしい魔法を繰り出したのだ!」


「ほう、エルフ独自の魔法とでも言うつもりかな?」


 ヴァルツの言葉に背の小さな老人が興味を示した。魔術院の長官ロスターザだ。


「だがね、ヴァルツ君。そのような魔法をワシは見たことも聞いたこともないよ。仮にそのエルフが世界樹の種子の力を借りたのだとしても、種子は魔力を生み出す道具にすぎん。術者本人の器を超えた魔法など、魔導の理論上ありえんのだよ」


「ですが、実際に私や兵士たちは……!」


「一種の集団幻覚に遭ったのではないかな? 世界樹の森にも幻覚作用を及ぼす草花が生えているだろうし、認知を惑わす魔物がいるのかも知れない。それならまだ説明がつくよ。それに肝心のエルフは崖から落ちて死に、種子も一緒に流されたのだろう? 今さら確かめようのない話だね」


「たしかにエルフの死体は上がっておりません。ですが現在も兵に周辺を捜索させております。いずれ死体が見つかれば、種子も――」


「愚かにも貴様が追い詰めた結果、エルフは崖から身を投げだしたのであろう」


 口を挟んだのは金色の長髪をなびかせた男。近衛院のトップ、グライアスだった。


「激しい濁流が流れる川だと報告を受けている。そのような川で死体が上がる見込みは薄い。まして種子の捜索など、砂漠で一粒の宝石を見つけ出すようなものではないか。兵は等しく陛下の財産である。それを貴様の尻拭いのために使い潰せと申すのか?」


「ぐっ、しかし……!」


「まあまあ、グライアス殿。その辺で」


 宰相がやんわりと場を収める。彼にとって重要なのは事実の真偽ではなく、帝国としての次の一手だった。


此度(こたび)の作戦では、王国の一部を電撃的に切り崩し、その勢いのまま森へと侵攻――世界樹の種子を手に入れて、その力でさらなる版図の拡大を狙う算段でした。しかし……結果としてそれは失敗に終わりました。これは揺るぎない事実です」


 身を固くするヴァルツに、宰相は視線を向けたまま静かに続ける。


「ですが幸いなことにルビネティンは陥落し、王国の切り崩しには成功しています。これは紛れもなくヴァルツ将軍の功績であり、作戦全体が無意味であったとは言えません」


 円卓の面々が顔を見合わせる中、ヴァルツの顔にわずかな安堵が広がる。この場で切り捨てられなかったことが、宰相なりの配慮であると誰もが察していた。


「ならばヴァルツ将軍には、引き続き王国への侵攻に尽力していただきます。軍務院の長たるヴァルツ将軍が汚名を返上する場所は、戦場以外にありますまい。これ以上わかりやすい贖罪はありません。死に物狂いで働いていただきましょう」


「はっ……! 戦場での勝利をもって、この失態を必ずや挽回いたします」


 ――そうしてヴァルツは退席を命じられた。重い扉が閉まる音が会議室に響く。


 それを冷ややかに見つめていた円卓の面々は、扉が閉まった瞬間に口々に言い放つ。


「まったく……帝国随一の武勇を誇るヴァルツ将軍ともあろう者が、たかが森の侵攻に失敗するとはな」


「所詮は脳筋だよ。力で押せない事態に直面すると、すぐにこれだ」


「まあよいではないか。あまりヴァルツ将軍にばかり手柄を立てられても面白くあるまい」


「フン。それぞれが陛下のために尽力すればよいのだ。さて、宰相殿。他に議題がなければ私は今すぐにでも帝国へ戻りたいのだが――」


「それでは最後にひとつ。懸念材料があります」


「聞かせてもらおうか」


「実はこのルビネティンには、王国の第一王女アリスティア姫が視察に訪れていたとのことです。本来であれば確保したかったのですが……残念ながら逃げられてしまいましてね」


「ほう。どこに逃げたのでしょう」


「王国方面は封鎖しておりましたので、自由都市連合と見ています。王国とは友好関係を築いていましたし、可能性は高いかと」


「ならば今すぐにでも、自由都市連合に兵を派遣すべきでは?」


「冗談ではない。今は王国との戦の最中。我ら屈強なる帝国軍といえど二正面作戦など愚の骨頂だ」


「そのとおりです。そこで――」


「俺の出番というわけだね」


 諜報院の長、サイロスが椅子から立ち上がる。


「はい。サイロス殿にはアリスティア姫の捜索、ならびに身柄の確保をお願いしたいのです。軍は動かさず、静かに、確実に。彼女を手中に収めれば王国を崩すためのさらなる材料となりますから」


「了解。表に出ない仕事の方が俺の性には合ってるからね。そういうの大好きだよ。それじゃあ……まずは自由都市連合の最北端、ファルトスの町辺りから探りを入れてみようかな」


 そう言い残すとサイロスは音もなく席を離れ、次の瞬間にはそこにいた痕跡すら残さず、闇へと溶け込んでいった。

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