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2 森を焼かれた転生エルフ

 呆然と立ち尽くしていた俺の腕を、スーリヤがぐいぐいと引っ張る。


「なにボケっとしてんの! 早く逃げるよ!」


「え? なんで逃げるんだ? まずは消火活動をだな……」


「ただの火事じゃないの! 燃やされてるの! 帝国の兵士を見たってウチのパパが言ってたんだから!」


「は? 帝国? なんでこんな辺境に?」


 この森はどこに国にも属していないはずだ。それにここから近いのは王国で、帝国なんて王国を挟んだ向こう側じゃないか。


「帝国が王国に攻め入って、そのままこの森に踏み込んできたんだって!」


「いや、森なんか攻めても仕方ないだろ。王国の占領に専念してろよ」


「そんなの私に言っても知らないってば! って長話してるヒマはないの! ほら、さっさと逃げるよ! ウチのパパとママを待たせてるんだから早く!」


「いや、俺は行かない」


「へ? なに言ってんの!?」


「このウロに隠れてれば大丈夫だろ。俺はここに残る。スーリヤ、お前は早く逃げろ」


「なに言って――」


 と言いかけたスーリヤだったが、途中で言葉を飲み込むと、ガックリと肩を落として呆れ顔で俺を見つめた。


「……はあ、あんたには何言ったって無駄か。まっ、あんたなら……なんとかなるのかもね。わかった、それじゃあ生きてたらまた会おうね!」


「おう」


 スーリヤはあっさり踵を返し、急いで足場を渡って地上へと降りていった。


 兵士の姿はまだ見えないし、他の村人も完全に逃げに徹しているようだ。徹底抗戦するならともかく、この状況なら逃げ切れるだろう。


 俺はスーリヤを見送って扉を閉めた。後は火事が収まるまで待つだけだ。


 帝国兵もなにかの間違いでこんな森に来てしまったのだろう。なんにもない辺境のド田舎だと気づけば、すぐに帰るはずさ――


 ◇◇◇


 村が燃えて廃墟になったら、いよいよ畑を耕して自給自足か……などと今後の生活をぼんやり考え込んでいたら、いつの間にやら数時間が経過していた。


 そういえば火事の真っ只中だというのに、扉さえ閉めれば煙がまったく入ってこないし、空気も妙に清々しい。


 今まで気づかなかったけど、これってもしかして世界樹の持つ不思議パワーかなにかなのだろうか。


 そもそも世界樹とはなんなのか、あまり深く考えたこともなかった。生まれたときからそこにあったし、空気のように存在していたんだもんな。


 とはいえ、両親から聞いた話もある。それによると、この世界には世界樹と呼ばれる巨大な樹木がいくつか存在しており、その周辺は例外なく緑豊かな森になるのだそうだ。


 なので森が大好きなエルフとしては最高の居住区になりがちで、そんな世界樹のふもとに住めるのはとても誇らしいことなのだという。


 つまりエルフ的にはタワマン住みみたいなステータスなんだろう。両親もそんな高級住宅を捨てて旅に出るなよとは思うけど。


 ……さて。もう耳を澄ましても村人の声は聞こえない。だが代わりに――聞き慣れない怒鳴り声が耳に届いた。


「エルフを一人も捕まえられんとはどういうことだ!」


「で、ですが、ヤツらには魔法の熟練者が多く、そのうえ逃げ足も――」


「言い訳するな馬鹿者! 捕らえるのはついでだったとはいえ、ここまで無能揃いとはな。軍法会議では覚悟しておけ!」


 おお。やっぱり村の連中はうまく逃げ切ったらしい。エルフは他種族に比べて魔法が上手いと聞いたことがあるが、盛っていたんじゃなくて本当だったんだな。


 と、そこで俺の耳に疑うような言葉が飛び込んできた。


「――では、世界樹を燃やす準備をしろ!」


「はっ!」


 え? 世界樹を燃やす? なんで? ホワイ? エルフのタワマンだよ?


 俺はこそっと扉を開け、眼下に広がる世界樹の根っこの部分に目を向ける。するとうじゃうじゃと集まっていた兵士たちが大量の油を撒き、火のついた松明を投げ込んだところだった。


「ちょっ、マジでやんのかあいつら……」


 思わずボヤいたそのとき、勘がいいのか偶然か、兵士の一人が顔を上げる。そして俺とバッチリ目が合った。


「エッ、エルフ発見! ウロの中にいます!」


「よし! 絶対に逃がすな!」


「「「「はっ!」」」」


 ヤバい、完全に見つかった。


 エルフって人族基準で美男美女らしいし、エルフ基準ではフツメンの俺も捕まったらどんな目に遭うか考えたくもない。こうなってはウロに隠れてる場合じゃないだろう。


 俺は大急ぎで彫刻刀セットやナイフをカバンに詰め込み、外に出る準備をする。自作フィギュアはもったいないが、泣く泣く諦めるしかない。悲しすぎる。


 さて、荷物を持ったら後は逃げるだけだが――


 誰だって中学生くらいの頃に、学校にテロリストがやってきたら――なんて妄想をしたことがあると思う。


 もちろん俺だってある、なんなら転生してからもやった。この村に兵隊が攻めてきたら――って妄想だ。


 まさかそのシチュが現実のものになるとは思わなかったが、ここは俺の妄想力を褒めてやりたい。


 俺は部屋の奥に吊るしてあった布をめくり、そこにある隠し扉を開ける。


 何十年か前に『こんなこともあろうかと』と言いたくて作った扉だ。


 この扉は玄関からは見えない位置に作られており、存在は俺しか知らない。こんなものが本当に役立つのだから人生はわからんもんだよ。


「うわ、煙すご」


 隠し扉から外に出ると、もう世界樹そのものが燃え始め、辺りには濃い煙が噴き出していた。


 兵士たちは俺が煙に耐えきれずに降りてきたところを捕まえるつもりなのだろう。ご苦労なこった。


 俺は口元を手で覆いながら、幹に沿ってかつて自分が作った螺旋状の足場を一段ずつ駆け上がっていく。


 煙で視界は悪いが、その代わり兵士たちからも身を隠せている。風魔法で吹き飛ばすのは我慢しよう。


 しばらく登ると作っていた足場が終わり、世界樹の中腹あたりに到達した。ここなら十分な高さがある。あとは妄想プラン通りに逃げるだけだ。


『もっと上へお上がりなさい』


「ん?」


 声が聞こえた。まあ気のせいか。俺は土魔法を念じ――


『聞こえていますよね? もっと上です』


 なんだコレ、頭の中に響いてるんだが……もしかして念話ってヤツか? 初体験なんだけど。


 それはともかく、俺の他に世界樹に人が住んでいるなんて話は聞いたことがない。けれど、もしかしたら住民のエルフにすら忘れられた完全自給自足の引きこもりがいないとは限らないよな……?


 同好の士を見捨てるのはさすがに気が引ける。


「わかったわかった。行ってやるよ、待っとけ」


 俺は土魔法で階段を作り、枝からさらに高い枝へとひっかけて登っていくことにした。いまさらだが、高所に住んでいたせいか、高い場所に対する恐怖心はあまりない。


 上へ。さらに上へ。ドンドンと上昇していく俺だが、いつまで経っても人の姿は見えない。


「おーい、どこにいるんだよ」


『もうすぐです。上がってください』


「もう頂上だぞ? ……って、なんだこれ」


 俺は世界樹の頂上に到着した。のだが、そこは普通に大木とは全く違う様相だった。


 幹がさらにひょろりと上に伸び、その先では枝が絡み合い、鳥の巣のような形を作っている。


 その巣の中を覗き込むと――


「なんだこれ、種か?」


 そこには小ぶりなミカンくらいの大きさの種がぽつんと鎮座していた。俺がそれをむんずと掴むと、


『ちょっと! 乱暴に扱わないでください!』


「うわああああああ! シャベッタアアアアアアアアアアアア!!」


『さっきから話しかけているでしょう。これが私です』


「あ、念話か。って、これがお前? どういうこと?」


『言い忘れていましたが、私は世界樹の種子。この世界樹のいわば娘のようなものです。敬意を払いなさい、敬意を』


 その偉そうな口ぶりに、俺は種がドヤ顔でふんぞり返っている姿を幻視したのだった。種のくせに。

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キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
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