1 森に引きこもる転生エルフ
「おーい、リーフ。朝食持ってきてあげたよ~」
玄関の方から俺を呼ぶ声がする。作業の手を止めて扉を十センチほど開けると、そこには耳の長い女が食事の載ったトレイを抱えて立っていた。
幼馴染のスーリヤだ。俺の前世の基準ではものすごい美少女だが、今世の、この場所においては見慣れたスペック、平均的なエルフ顔の女である。
「……なに? 今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「考えてない」
やたらとカンのいいヤツだ。俺は質問を適当に流し、うまそうなスープの匂いが漂うトレイに手を伸ばした――が、トレイをひょいと上に持ち上げられた。
「忘れてんの~? 今日はアレと交換の日!」
「あー……。そういや今日だったな」
「そゆこと。ほら、ちゃっちゃと動く!」
「はいはい」
俺は渋々ながら部屋の片隅に向かうと、そこに積んである麻袋のひとつを引きずり出しスーリヤの前に置いた。
この中身は畑の肥料。俺が丹精こめて作り上げた、村で最高品質の特製品だ。
これを使うと植物の育ちが異様に良くなり、畑の収穫量が倍増するとかなんとか。俺は農業しないからよく知らないけど、そういうことらしい。
ともあれ、俺が外に出ずとも悠々自適の引きこもりライフを満喫できているのは、この肥料のお陰なのだ。
「うん、たしかに受け取ったよ。でもさリーフ、たまには外にも出なよ? 今日とか天気もすごくいいし、光の精霊も風の精霊も大はしゃぎしてるんだから~」
「雨の日なら水の精霊が喜ぶだろ。特定の精霊が喜ぶからって天気を評価をするのはエコヒイキにならないか」
「はー……まったくヒネくれてるよねぇ。ま、気が向いたら出てきなよ? あんまり引きこもってばかりいると、こないだ死んだ長老みたいにボケちゃうからね?」
言いたいことを言い切ったスーリヤは、麻袋をずるずると引きずりながら去っていった。長い付き合いだし、俺が絶対に外に出ないことを一番理解しているのはこいつだろうに。
「……ふう」
俺は受け取ったトレイを机に置き、パンをかじりながらスープをすすった。
……うん、今日も味は悪くない。俺がこれまでの人生をかけて、この村の料理を改善をしてきただけのことはある。
そうして朝食を食べ終わり、さて作業を再開するか――と思ったのだが、スーリヤの残した「ボケる」の一言が気になった。
ボケる……ねえ? やっぱり引きこもっているとボケやすいのかな。まあ確かに、あまり外界との刺激がないと認知機能は落ちるのかもしれない。
仕方ない。それならいっちょ頭の体操代わりに、自分の過去でも振り返ってみるか。
ええと……まず、俺の名前はリーフ。エルフで転生者。ここは異世界――エルフの住まう世界樹の森。
前世での俺はブラック企業でこき使われ、三十代で身体を壊して退職。退職金を頼りにしばらく引きこもっていたのだが、そこで引きこもることの素晴らしさに気がついた。
朝は目覚まし時計に叩き起こされることがない。通勤ラッシュという拷問を味わわなくていい。理不尽な上司の暴言は存在せず、飲み会の強制参加という謎の慣習とは完全に縁が切れる。顔も名前も覚える気にならない連中とは二度と関わらなくていい。
部屋という聖域で、誰に気を遣うこともなく、自分の好きなことだけをやっていられるのだ。
そんな生活に幸せを感じていたある日。入金のためにしかたなくコンビニに行った帰り道。そこで俺は交通事故に遭い――――気づけば異世界でエルフの赤ちゃんに生まれ変わっていたワケだ。
転生して俺はすぐに決意した。『今度の人生こそ徹底的に引きこもる』と。エルフといえば森に引きこもってるイメージがあったので、これはもう天啓だとすら思ったね。
実際、エルフは引きこもり体質で他種族とはほとんど交流を持たない。積極的に村の外に出るやつなんて変人扱いだ。
そして――俺の両親は変人だった。両親は俺が十五歳で成人を迎えると、さっさと別の森へと旅立っていったのだ。
ちなみに俺も付いてくるかと聞かれたが、もちろん断った。それ以来両親には会っていない。
そして残された俺には食い扶持が必要だ。そこで俺は土魔法で肥料を作り、物々交換することで生計を立てている。
ちなみに異世界転生の定番であるリバーシ等のおもちゃを作って稼ぐことも考えたのだが、誰もが勝手にパクるので商売にならなかったよ。著作権って偉大だよなあ……。
そうして村で引きこもりを続け、百歳になった。今は両親と住んでいた家を離れ、村の中央にそびえる世界樹の高さ十メートルほどの場所にある、大きなウロの中に住み着いている。
わざわざ足場を作って地上から行き来できるようにしたのだ。まあ俺は外に出ないから、利用するのはスーリヤくらいだけど。
そんな辺鄙な場所だけあって、ここにはめったに人が寄り付かないし静かで快適なのだ。『世界樹』なんて大層な名前がついているが、お参りに訪れる人がいるわけでもないし、ここに住み着くことに難色を示す連中もいなかったしな。
まあ昔のエルフも世界樹のウロに住んでいたって話だし、日本の現代人が今どき竪穴式住居に住んでるような感覚なんだろう。
そうして俺は悠々自適な世界樹引きこもり生活を続けているというわけだ。
――よし、回想終わり。
俺はコキコキと首を慣らし、いつもの作業台へ戻る。
エルフは土・水・風・などの属性魔法が得意な傾向にあるのだが、俺はそのなかでも土、その次に水が得意だ。
魔力を操作することに関しては特に得意で、細かい作業に関しては村で一番。特製肥料もこの技術のおかげだ。
これってもしかしたら転生モノのラノベでよくある転生特典なのかもと思ったことはあるけれど、神様に会ったことも土下座させたこともないので詳しいことはわからない。
とにかくそんな魔力を活かして――
「――【土創造】」
手のひらから土を創造する。肥料を作るときにも使っている魔法だが、今は用途が違う。小さな山のようになった土にさらに魔力を込め、粘度をもたせて形を作っていく。
ある程度の形になったらさらに硬くして、細部は彫刻刀やナイフで削っていき、自分の記憶の中にある漫画やアニメのフィギュアを作るのだ。
百年も経てば記憶は薄れると思ったが、オタク知識だけは鮮明に残っている。
こうして作った自作の土フィギュアが俺の棚にはズラリ。たまにスーリヤが欲しがるのであげることもあるが、基本は俺が愛でる用だ。
これが俺の趣味のひとつ。前世ではフィギュアもプラモデルも興味がなかったというのに、とにかくこれが楽しいのだ。前世への郷愁みたいなものかもしれない。
そうして馬が女体化した作品の某アイドルホースを彫っていたそのとき――
バンッ!
扉が乱暴に開かれた。
「おい、ドアを開けるときはノックしろって――」
「それどころじゃないって!」
スーリヤが蒼白な顔で部屋に飛び込んできた。
「は? どうしたんだよ、昼食のリクエストか? 別に俺はなんでも――」
「違うって! ……ああもうっ! 外を見てよ! 森が燃えてるの!」
「はあ?」
俺を外に連れ出すための冗談かと思ったが、スーリヤの剣幕は普通じゃない。俺は訝しみながらも玄関へ向かった。
――その瞬間。
鼻をつく焦げた匂いが飛び込んできた。耳に届くのはパチパチという木の爆ぜる音と村人の怒鳴り声と悲鳴。
そして視界を埋め尽くすように、赤い炎と白い煙が立ち込めていた。
「森が燃えてるじゃん……」
「だからさっきから言ってるでしょ!」
スーリヤの必死の叫びが、俺の部屋の中に響き渡ったのだった。
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