18 義務教育の敗北
野盗たちは鞘からボロい刃こぼれしまくった長剣を取り出すと、それを俺たちに突きつけた。切れ味よりも、まとわりついたサビから病気になりそうな方が心配になる長剣だ。
「おう、さっさと金目のモノをだしな。こちとら身ぐるみ剥ぐのも面倒なんだ。大人しく従えば命だけは助けてやっても……」
俺たちににじり寄る野盗たち。近づくにつれ、その顔がどんどんいやらしく歪んでいく。
「見ろよ。こいつら、どっちもとんでもねえ上玉だぜぇ……!」
「……ヒャハッ! マジじゃねえか! こいつぁ運がいい!」
「おい、お前ら、よかったなあ! 生かしておいてやるぞ! これからは俺らがたぁっぷり可愛がってやるからな!」
「可愛がりすぎて壊すんじゃねーぞ!」
「ギャハハハハ!」「何日もつか見ものだな!」
夜の草原に男たちの下品な笑い声が響き渡り、スーリヤが露骨に顔をしかめる。というか待ってくれ、俺も女扱いされてんのか。
まあエルフ基準だとフツメンの俺でも、人族基準だと美しすぎるからな。勘違いするのもわからんでもない。
それどころかこれまで顔で褒められることはなかったから、正直ちょっとだけ嬉しかったりもする。この百年――村には美男美女しかいなかったからな。
なのでこういうブサ……いや、愛嬌のあるおっさんの顔をまじまじと見るのは本当に久々だ。帝国軍に追われているときはそこまで余裕なかったし。
そうだよな、人の顔ってこう……顔の輪郭が整ってるばかりじゃなかったり、鼻筋もシュッとしてなかったり、目元も切れ長でキリっとしてなかったりするんだよな。なんだか懐かしいぜ。
そうしておっさんの顔に謎のノスタルジーを感じていると、くいくいとスーリヤが袖を引っ張ってきた。
「もうっ、なんなのこいつら。リーフ早くなんとかしてよ!」
「ひゃははは! なんとかってなんだあ? そんな細っこい連れに何ができるってんだ」
「そもそもこの人数に女二人で敵うと思ってるのか?」
「おとなしく泣いてお願いすれば、俺たちも少しは優しくなるかもしれねえぜ?」
「ちょっと躾けてやったほうがいいかもしれねえなあ! ガハハハ!」
楽しげに笑う野盗たち。スーリヤの言葉もこの連中には挑発にすらならないらしい。
とはいえ、この連中に懐かしさは感じるものの不快なのは俺も同じだ。さっさとご退場願おう。
「よし、まかせろ」
「ん? お? なんだ、お前は男か」
俺の声に野盗が心底がっかりした声を漏らす。野郎の趣味はなかったようでなによりだ。
「ああ、男だよ。それから、今なら見逃してやる。さっさと回れ右して帰るんだな」
「あぁん? なんだテメエぇ……!」
「ツラがいいからって調子こいてんじゃねえぞ!?」
「男なら殺すか……」
「そうだな、やっちおうぜ」
連中が一斉に気色ばむ。だがどうやら撤退の意思はなさそうだ。
まあそうなるとは思っていたけど、これからやることを思えば警告くらいはしてやりたかったのだ。これで俺の心が傷まないで済むね。俺なりのストレス回避策である。
俺は手をかざすと、そのまま大地に押し当てて、叫んだ。
「――喰らえっ! 【大地の呪縛】!!」
世界樹の力を使い、この連中を絡め取るように念じる。すると大地がひび割れ、太い樹木やツタが伸び、野盗たちに襲いかか――
――らない?
辺りはシーンと静まり返り、焚き火の爆ぜるパチパチという音だけが妙に大きく聞こえる。草原の夜ってこんなに静かだったっけ。
静まり返った中で、盗賊たちが一斉に吹き出した。
「ぶふーっ!! なんだお前、土下座でもしてんのかあ!?」
「ちっとビビったじゃねーか!」
「えっ、が、がいあ? なんだって?」
「笑わすんじゃねえ――。……っておい!」
「あ? なんだよ、ゴンザ」
「見ろよコイツの耳……。エルフだぞ!」
屈んだ拍子にフードが外れ、俺の長耳がひょっこり飛び出ていた。すると男たちの目の色が変わる。
「おいおい! なんつー拾いもんだよ!」
「つーことは、こっちの女もか!?」
「だったら奴隷商人に売れば……」
「大儲けじゃねえか! 俺たちが遊んだあとでも高く売れるよな!?」
どうやら俺たちの市場価格はとても高いらしく、大盛りあがりする野盗たち。……というか――
「おいっ、どうなってんだよ! なんで【大地の呪縛】が出ないんだ? すっごい恥かいたじゃねーか!」
俺はしゃがみ込んだまま小声で種に尋ねた。正直かなり恥ずかしい。この百年でもベスト30には入る恥ずかしさだ……あれ? 結構、恥かいてんな?
それはともかく、原因はすべてこの種にあるのだ。
『お前が勝手に恥をかいただけでしょう、そんなの私は知りませんよ。……世界樹の力が借りられなかったのは、ここが森から遠いからです。このような場所では世界樹の加護がほとんど届きません』
「ほとんど? まったくの間違いじゃないのか?」
『よく見てみなさい、あの男たちの足元を』
未だ大興奮で皮算用に夢中の野盗たちの足元。その足元には、確かにいくつかの若葉が可愛らしくぴょこぴょこと顔を出していた。
「ええぇ……。森から離れると、こんなに感じになんの? 世界樹って大したことねーな……」
『言葉が過ぎますよ! とにかく! このままでは私の身も危ういです。なにかの拍子で私が奪われたら、土に埋めるどころか食べ物だと思って食べられそうです。早くなんとかしてください!』
「まあそうだな。俺も恥かいたままなのはイヤだし。――おい」
俺は立ち上がると、話に夢中の野盗たちに声をかける。
「あ? なんだ? 大丈夫、エルフなら男でも買ってくれる変態はいるそうだからな」
「そういう心配はしてないから。――【石弾】」
世界樹の力なんて関係ない。俺が石を生み出し風で加速させた弾丸が、野盗Aの太ももをバスンと撃ち抜く。
「ぎゃあああああああああ!!」
「なっ、お前なにしやがる!? ――ぐあっ!」
持っていた長剣を落とす野盗B。その手の甲にはスーリヤが果実採集で使っているナイフが突き刺さっていた。
「もうっ、リーフったら肝心なところで失敗するんだから。しっかりしてよね!」
「ごめんごめん。できればさっきのは忘れてもらえると助かる。【石弾】【石弾】【石弾】」
「「「ぎゃああああああああ!」」」
片足ずつふともとを貫かれ、地面に転がり悶絶する野盗たち。全弾、狙い通りに命中だ。やっぱり近いと当てやすい。
「ひっ、ひいっ!」
それを見てスーリヤに手の甲を刺された野盗が踵を返した。
「判断が遅いっ! 【石弾】!」
そいつのふともももしっかり【石弾】で貫いてやる。逃げるのなら、最初の一人がやられた直後に逃げるべきだったな。
「さてと……」
「ひ、ひいっ! い、命だけは、助けてくれ……!」「た、頼む!」「このとおりだ!」
ふとともを撃ち抜かれ、それだけで戦意を失った野盗たちは痛みで脂汗を垂らしながら、媚びるような目で俺たちを見上げる。
というか、エルフが高く売れるという以前に、エルフは魔法が得意だという知識はなかったのかな。帝国軍ですら小さな村に軍隊を派遣したんですけど?
これが義務教育の敗北というヤツなのか。義務教育があるのか知らんけど。
とにかく、こうなったからにはやることをやっておかねば。
「命を助けて欲しければ……わかるよな? 有り金ぜんぶ出してもらおうか」
俺の言葉に、野盗の連中はようやく自分たちが誰を狙ったのか思い知ったのだった。
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