17 草原を歩く
俺たちは草原の真ん中を歩き出し、一時間ほど経過した。辺りは未だ草原が続いており、似たような地形ばかりで正直どこを歩いているのかさっぱりわからない。
「なあ……これ本当に道は合ってるのか? なにも目印がないんだけど」
「……んー。太陽がこっちでしょ? で、影がこうなってて――。……うん、方向は合ってるし、問題ないと思うよ」
きっぱりと答えるスーリヤ。頼もしいぜ。さすが両親に連れられて何度か森の外に旅行しただけのことがある。
俺なんかはこんな何もないだだっ広い草原なんて、転生してからどころか前世ですら初めての経験だ。
今ここに立っているだけで、なんとも言えない不安に襲われて足元がふわふわするよ。遮る木も壁も、天井もない。この空間にいるだけで精神がゴリゴリと削られていく。
なので精神が削られぬようになんとか耐えていると、急にスーリヤが後ろを向いて目が合った。
「ところでさ、なんでリーフはずっと私の後ろにいるの? なんかしゃべりにくいし隣にきなよ」
「俺はお前の背中を見続けることで、『これは壁、ここは家の中だ』と自己暗示をかけているんだ。そうでもしないと俺は十分も経たないうちにゲロを吐く自信がある」
そんな俺の言葉に、スーリヤはじっとりとした目を向けてため息を吐く。
「はあ……。あのおじさんをやっつけたときはちょっと見直したのに。そういえばあんたって、元々こんなんだったよね……」
「そうだぞ。俺は最初からこんなんだし、なにも変わってないぞ」
「はいはい、そうだね。とりあえず絶対に私に吐かないでよ? さすがに吐かれたらあんたを置いてっちゃうかもしれないからね?」
『ここで見捨てられたら私も終わります。絶対に吐かないでください!』
「善処します……」
一人と一種に詰められながら、俺はさらに足を進めた。
それからしばらく経ち――結局は俺の体力的な問題で一時間ごとに休憩が必要だったが、それでもゲロを吐くことなく進む。これは俺にとっては快挙であった。やればできるエルフなのだ。
そしてさらに時は経ち――日が沈み夜になった。
――えっ、夜!?
「な、なあ? 夜になったんだけど!? 町はそんなに遠くないって話じゃなかったか?」
「うん、そんなに遠くないよー。たぶん明日には着くんじゃない?」
「うおっ……。『遠くない』で二日かかるのか。異世界の距離感覚をナメてたぜ……」
「イセカイ? リーフってたまに言うよね、なんなのソレ?」
「いつも言ってるがタダの口癖だ、気にするな。ところでさ、昼も夜も果物だし、さすがに飽きてきたな」
俺は焚き火の前で森の果物をかじりながら言う。柔らかくて甘い。でも肉が恋しいんだよ。俺たちエルフは草食というわけではなく、肉だってガツガツ食べるのだ。
「まあねー。それじゃあ明日は道中で魔物とか動物でも狩っちゃう? よく考えたらお金も持ってないし、町で換金とかしたいしさー」
「それもいいかもしれないな。でもまあ、その辺りは明日移動しながら話そうぜ。それよりそろそろ【森の隠れ家】作るぞ? 明日に備えてさっさと風呂入って寝たい――ん?」
「どうしたの? リーフ」
きょとんと首を傾げるスーリヤ。どうやらコイツはまだ気づいていないみたいだが――
俺は引きこもりゆえ、人の気配には敏感だ。家に引きこもっていると、足音や気配にやたらと鋭くなるのだ。これもまた引きこもりの利点のひとつである。
そして俺の超感覚は――遠くに見える藪の方から複数の足音と呼吸音が近づいてくるのを感じていた。
「誰かが近づいてきてる」
厄介事の予感しかしない。なんなら今からでも隠れたいところだけれど、すでに見つかっているのだろうし無駄だろう。それに逃げたところで俺の足ならすぐに捕まるだろうしな。
「あっ、本当だ……」
スーリヤのエルフイヤーにも足音が聞こえたらしく、フードを被って立ち上がった。俺も遅ればせながらフードを被り立ち上がる。
そうして現れたのは五人組の男たち。
ボロい衣服を身にまとった五人は俺たちを見るなり、にたりといやらしい笑みを浮かべる。夜の焚き火に照らされたその顔は、正直あまり見たい類の人相ではなかった。
「へへっ、たった二人で焚き火とはいい度胸じゃねえか」
「ここいらがグァルダ団のナワバリだってことも知らねえみたいだな」
「そういうバカは痛い目に遭っても仕方ねえよな。それじゃあ、とりあえず金目のもんを全部よこしな?」
どうやらコイツらは野盗らしい。さすがは森の外。思っていたとおり治安が悪いぜ。




