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16 森を抜けたら

 ――話は早朝まで(さかのぼ)る。


 早朝。葉っぱのベッドから目覚めると、いつの間にやら外に出ていたスーリヤが、食べられそうな果物をいくつも採ってきてくれていた。


 どうやら宿代のつもりらしい。ありがたく受け取ってシャクシャクとかじる。


 それはこの辺りでは珍しくもない果実だったが、昨夜は干し肉を食べたきりの空きっ腹だったこともあり、腹いっぱいになるまで食べた。俺の食欲を見越した量を用意してくれたスーリヤに感謝である。


 この一帯は俺が住んでいた世界樹の森の端っこの方にあたる。中心部ほどでなくても、それでもなお果物が豊かに実る土地のようだ。


 だが、それもやはり世界樹あってのこと。世界樹が焼かれたことで、いずれこうした恩恵も失われるだろう――と、種がしょんぼりした声で言っていたよ。


 それ自体は俺も残念に思う。思うんだが、その流れで帝国への復讐に話に繋げようとするのは本当にやめてほしい。


 そうして腹が満たされたところで、昨夜に続いて繭に入って川を下ることになった。


 繭に一緒に入るのを恥ずかしがるスーリヤに押し切られ、繭を一回り大きく拡張することになったのだが、おかげで手足を自由に伸ばせるようになり居住性はかなり上がったので満足だ。そして俺たちは川の流れに身を任せて流れていったのだった。


 どんぶらこ、どんぶらこ。


 揺れはとても穏やかで、微かに聞こえる川の音が心地いい。正直、このまま一生流され続けてもいいんじゃないかと思ったのだが、楽しい時間はあっという間に終わる。


 昼頃になると川は次第に浅瀬となり、繭は底に引っかかって進まなくなってしまった。こうして快適な川下りの旅は呆気なく終了したのである。


 辺りを見渡すと、いつの間にか森は完全に抜けていた。視界の先にはなだらかな草地が広がり、さらに遠くには険しい山並みが見える。遮る木々がなくなったせいで、やけに世界が広く感じられて落ち着かない。


 ここからさらに南に進めば自由都市連合。その最北端に、スーリヤが両親と待ち合わせをしているファルトスという町があるらしい。


「それじゃあここまでだな。スーリヤ、生きてたらまた会おうな」


 そう言って繭の中でごろりと横になった俺を、外に出たスーリヤがぽかんとした顔で見下ろした。


「えっ、どういうこと?」


「どういうこと、とは……?」


「いや、リーフも行くんでしょ、ファルトスの町」


「いや、行かないけど?」


「はあああああああ!? あ、あんたこの後どうするつもりなの!?」


「とりあえず、当初の目的だった森からの脱出ミッションはクリアしたからな。しばらくはこのまま繭の中でゆっくり過ごすつもりだ」


 我ながら完璧な計画である。昨日はずいぶん頑張ったせいで、俺の心と身体はすでにボロボロなのだ。しばらくは繭の中に引きこもり、心身の回復につとめなければならない。


 だが俺の宣言に、スーリヤの眉と耳がくわっと吊り上がった。


「リーフ、なにバカなこと言ってんの! そんなの無理に決まってるでしょ! ほら、早く出なさい!」


「イヤだイヤだイヤだ! 俺はここから出たくない!」


『いい加減にしなさい。そんなのだからお前は駄目なのです』


 ――と、なったわけである。


 そうしてひとしきり俺が抵抗したところで、スーリヤは大きく息を吐き、呆れたように言った。


「というかさ、この後どこに行くにしたって情報は必要でしょ。リーフもずっと繭に浮かんで、そのうち飽きたとして、行く宛もないんでしょ?」


「そ、それは、まあたしかに。どこか静かな森に行きたいなあとは思ってるけど」


 森。新居はとにかく森だ。エルフだからか引きこもりだからかはわからないが、俺は森を求め、森は俺を求めているのだ。


 とにかく森以外は認めない。絶対にだ。穏やかで、豊かで、誰にも邪魔されない静かな森がいい。


「森にしてもさ、どこにあるのかわかんないでしょ。他のエルフ族が縄張りにしてるような森もあるらしいし、そんなところに私らが勝手に入るといろいろモメたりするらしいよ?」


「そうなのか? ウチはたまにヨソ者エルフが来ても問題なかったじゃん」


「ウチの村はわりと緩かったらしいからねー」


 スーリヤは腰に手を当てて、さとすように続ける。


「まあとにかく、そんなんだからさ。まずはウチのパパとママと合流して、町でいろいろと情報を集めたほうがいいと思わない?」


『リーフ、この娘についていくのです。私としても、この辺りで適当に埋められては困ります。私がふさわしい土地に埋まるには、それなりに情報が必要でしょう』


 ……まあ、たしかに。コイツを誰もこなさそうな僻地に埋めるとしても、最低限の情報は必要か。


 少し歩けばいずれ森に当たるだろうと思っていたのだけれど、このだだっ広い平原のどこにも森らしきものは見えないし。土地勘ゼロの状態で放浪するのは、さすがに引きこもりにはハードルが高い。


「ところでお前って、どういう場所に埋まりたいんだ?」


 ふと種に尋ねると、種は当然といった口調でつらつらと語る。


『はい。それはもちろん美しく、緑豊かで、澄んだ空気と清らかな水があり、害獣や俗人の侵入がなく、魔素に満ちあふれる、俗世から隔絶された聖域のような森です』


「なんか面倒そうだから、もうここに埋めていいか?」


『それをしたら、私はお前を一生恨んで生きていきます』


「こわ……。さすがに冗談だよ」


 ちょっと本気だったけど。


「まあ……とにかくわかった。たしかにスーリヤの言うとおり情報は必要だな。やっぱり俺もついて行くよ。……でもさあ、ここら辺って人族ばっかりじゃないのか? 俺たち目立つんじゃない? 人(さら)いに追われるとか面倒はイヤだぞ」


 俺も子供の頃、教育の一環として両親から『一人で森を出歩くと人攫いに連れていかれるぞ~』なんて脅しを受けたりしたものだ。言われるまでもなく外には出なかったけど。


「帝国だとエルフは下に見られてるみたいだけど、王国や自由都市連合じゃあそこまででもないらしいし、エルフだけ連れ去るような人攫いなんていないと思うよ。でもさ、もちろん悪いヤツがいないとは限らないから――ほら、これ」


 スーリヤは小さなリュックから、ぎゅっと折り畳まれた布を取り出した。


「村から逃げるとき、もともとリーフも連れていくつもりだったし、どーせ外に出るための服なんて持ってないだろうから、リュックに入れっぱだったんだよね。これを被れば大丈夫」


 渡されたのはフード付きのローブだった。


 スーリヤが自分のフードを被る。すると長い耳まですっぽりきれいに隠れ、たしかにこれならただの美少女(人族比)にしか見えない。これなら問題なさそうだ。


「スーリヤは準備万端だなあ」


「逃げるなら普通これくらいは準備するって。時間はたっぷりあったのに、着の身着のままで逃げてるリーフがおかしいだけだよ」


「逃げるつもりなかったし」


「はあ……まあリーフだからね、しょうがないね。それよりそろそろ歩くよ。ファルトスの町はここからならそんなに遠くないはずだから」


「ハイ、ツイテイキマス」


 なんだか普通に呆れられた俺はローブをかぶりながら素直にうなずき、ファルトスの町を目指して歩き始めたのだった。

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