15 森の隠れ家
「待ってよ、リーフ!」
俺が先に歩き出すと、スーリヤが慌てて追いつき隣に並んだ。そして俺たちは扉代わりに暖簾のように吊るされた大きな葉を手でめくり上げ、二人でコテージの中へと足を踏み入れる。
「わあ……」
思わず漏れたスーリヤの感嘆の声が木造の室内に響く。
コテージの中には、玄関と同じ花の照明がいくつも備え付けられていて、真夜中の森とは思えないほどの柔らかな明るさに包まれていた。
そして床一面には太い根っこが張り巡らされているのだが、表面は丁寧に均されており、多少の凹凸こそあれど裸足で歩いてもトゲひとつ刺さらないほどなめらかだ。
そんなリビングの奥には部屋が二つあり、その入口にも大きな葉が垂れ下がっていた。さらにその二つの部屋の間には細い廊下があり、奥にもまだ何かありそうな気配がする。
「ねえねえ、ここが部屋だよね? 中を見てもいい?」
と言いながら、スーリヤは待ち切れない様子で葉の暖簾をくぐっていき、俺も続いて中へと入る。
そこは六畳ほどの広さで、左側に枝が複雑に絡み合って作られた机と椅子、奥に少し高く盛り上がったベッドらしきものが置かれただけの簡素な作りだった。
「……地味だね」
さっきまでのテンションはどこにやら。スーリヤがガックリと肩を落としたが、俺も同意見だよ。
余計なものは何もなく、寝るために最適化された空間という印象を受けるんだけど……なんだかレイアウトが、俺がウロで住んでいた部屋に似ている気がするんだよな。
隣の部屋もまったく同じ間取り。そして最後に廊下の奥へと進んでみる。
するとそこには手前の部屋より少しだけ狭い部屋があり、奥には太い木がぐるりと四角を描くようにして組まれた、子供用プールのような形のものがぽつんと据えられていた。
「これは……風呂だろうな」
俺がつぶやくと、背後からスーリヤがひょっこりと顔を出す。
「ここにもお風呂なんてあるんだ。そういやリーフって妙にキレイ好きだよね。外に出ないくせに毎日お風呂入ってたし」
「風呂はいいものだ。お前だって、たまに入りに来てただろ」
「まあね、えへへ……」
村の連中は井戸や川の水浴びするのが当たり前だったからな。俺だけが世界樹の別のウロに風呂専用の部屋を作り、水を貯め、わざわざ湯を沸かしていたのだ。
風呂というのは、自宅の中だけで完結する最高の娯楽のひとつだ。
つまり引きこもりと風呂は非常に相性がいいのである。引きこもってるのに風呂を楽しめないのは、人生の何割かを損してると思うよ、ほんと。
「あっ、そういえば、あの風呂部屋も燃えたんだよな。結構いろいろ手間をかけて作ったのに……」
良質の木材を譲ってもらい、檜風呂っぽく仕上げた自信作だった。耐用年数も長く、何十年も愛用していたのだ。
湯に浸かりながら眺める景色も最高で、気づけばふやけるまで入っていたこともあったんだよなあ……。
『くっ、そんな大事なものを燃やしてしまうなんて……! 帝国め、本当に許せませんよね……!』
「……なあ、毎回いちいち俺を扇動しようとするの、やめてくれない?」
『…………』
無言になるのもやめろって。
「さて、せっかくだから風呂に入るわ。俺が水を入れるから沸かしてくれ」
「いいよー」
俺はさっそく湯船に水魔法で水を貯めていくと、スーリヤが湯船に手を入れながら火魔法でじわじわと湯を沸かしていった。ちなみに俺も火魔法は得意なわけではないが一応使える。
「後で私も入っていいよねー?」
「おう、いいぞ」
やがて湯気が立ち昇り、木の香りと混じって部屋中に広がっていく。そうなるともう、俺の身体がウズウズしてきた。
「うっひょーたまらん! 我慢できん!」
「ちょっと! せめて私が出ていくまで脱ぐのやめてよ!」
バタバタと慌ただしく出ていくスーリヤの声を聞きながら俺は全裸になると、ツルで作られた桶で身体にお湯をかけ、湯船の中にザブンと入った。
「ふあぁ……! 生き返るうううううううう!!」
湯船に肩まで浸かり、思わず声を漏らす。これこれ、これだよ。今日はとにかくしんどかったからな。その疲れがお湯の熱でスーッと溶けていく感じがするよ。
そうしてしばらく湯船を楽しみながら、さっきから引っかかっていた疑問を口にする。
「なあ、ちょっと気になったんだが……」
『どうしたのですか、リーフ? あと私に水をください』
俺は湯船の横に鎮座させていた種に、ちろちろと水を与えながら尋ねる。
「この家を作るとき、俺はもっと小さな……漫画喫茶の個室みたいなのをイメージしていたはずなんだよ。でも、これはどうも俺が住んでいたウロの家がモデルになってるっぽいんだよな。これってやっぱり――」
『あなたのイメージしたものが、私の力では再現できなかったのでしょう。私はマンガキッサなんてものは知りませんし』
「つまり、お前の知らないものは形にしづらいわけだ」
『そういうことになります。家と聞いて、私が具体的に思い浮かぶのはお前のウロの家くらいですしね』
「ふむ、なるほどな」
どうやら世界樹の力といえど、万能というわけではなさそうだ。
だが逆に言えば、こいつにイロイロと教えてやるなり、入念に打ち合わせをすれば、もっと精度が高くて複雑なものも作れるのかも――って、いやいや違う。この種は最終的に人知れぬ辺境に埋める予定だったわ。
世界樹の力は便利ではあるが、そもそも俺は焼け野原になった世界樹でも自給自足で生きていく覚悟をしていたエルフだ。
俺は一人でも生きていけるし、なにより帝国軍が探し求めている世界樹の種子なんて、まさにトラブルの種にしかならない。
……まあいい。今日はさすがに疲れた。余計なことは考えず、風呂から出たらさっさと寝よう。
そうして俺は風呂から上がると、スーリヤに風呂部屋を譲って部屋に入った。
ベッドにはふわふわの綿毛が敷き詰められ、その上には葉っぱがシーツのように重ねられている。そこに身を投げ出すと、想像以上に深く沈み込み、思わず息が漏れた。
こうして、俺の激動の一夜がようやく終わったのだが――
◇◇◇
「リーフ、なにバカなこと言ってんの! そんなの無理に決まってるでしょ! ほら、早く出なさい!」
「イヤだイヤだイヤだ! 俺はここから出たくない!」
『いい加減にしなさい。そんなのだからお前は駄目なのです』
翌日の昼。俺はスーリヤにこっぴどく叱られながら、それでも繭の中に閉じこもっていた。




