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13 川を下る

 ほんのり明るい繭の中、口を半開きにしたスーリヤが壁をぼんやり眺めながら力の抜けたふにゃふにゃした声を漏らした。


「わあぁ……キレイ。そっかぁ……これが死後の世界かあ……」


「死んでないからな」


「……あっ、リーフだぁ。死ぬのは怖かったけど、死んだ後もリーフと一緒なら、まあ別にいいかなぁ……へへ」


「だから、死んでないって言ってるだろ」


 俺の二度目のツッコミに、ようやくスーリヤが目をパチクリとさせる。


「ふぇっ? ――リーフ、もしかして本物!? は? えっ、なにコレ、どういうコト? ていうか近い、近いって! 離れてよっ!!」


 ぐいぐいと俺を押しのけようとするスーリヤだが、そもそもこの狭さでは物理的に離れようがない。


「狭いんだから暴れるなって。それに、お泊まり会で何度も一緒のベッドで寝たこともある仲だろ? 今さらこれくらいくっついたって気にすんなよ」


「一緒に寝たって、それ何十年前の話をしてんのよ!?」


 スーリヤは顔を真っ赤にして抗議するが、俺の感覚では今も何十年前も大差ない。


 転生の影響で生まれてすぐ精神的に成熟してしまった俺にとって、スーリヤは子供の頃からスクスクと成長を見守ってきた近所の女の子だ。視点としては親戚のおじさんにかなり近い。決して光源氏ではないのだ。


 だからこそ、こういうスーリヤの反応を微笑ましく思うことはあっても、別にドキドキはしないんだよな。抱きかかえて崖から落ちたときもコイツの薄い胸と密着していたが、俺の心は凪のように穏やかだったし。


「まあまあ落ち着けよ。とりあえず、これまでのいきさつを説明するからさ」


「くううっ! リーフが落ち着いてるのも、なんかムカつくっ……!」


 俺はスーリヤをなだめつつ、かくかくじかじかと――


 世界樹の頂上で種を拾ったこと、その種が喋り出して世界樹の種子を名乗ったこと、なんやかんやで世界樹の力を扱えるようになったこと――などを手短に説明した。


「――ふうん。で、この子が世界樹の種子? しゃべるの? なんかフツーの種だね。つんつん」


 ようやく静かになったスーリヤが、俺が手のひらに乗せた種をツンツンとつつく。


『リーフ、娘につついてないで敬うように言いなさい。あの村の住人は、皆このように不敬な者ばかりなのですか?』


「――って言ってるけど、聞こえてるか?」


「ぜんっぜん。なんも聞こえてないよ? つんつん」


『私の声が聞こえるのは、先代の世界樹――母様に選ばれた証です。お前はもっとそのことを誇りに思うべきです。あと、つつくのを今すぐ止めさせなさい』


 種がなんか偉そうなことを言ってるが無視だ。ずっとつつかれてろ。


「なあ、スーリヤ。種の声が聞こえないなら、俺の話は信じられないか?」


「つんつん……えっ、別に? 帝国軍をやっつけたり、こんな船? 繭? まで作ってるの見せられたら、普通に信じるしかないでしょ」


 どうやらスーリヤはあっさりと受け入れたようだ。幼馴染特有の順応性の高さは助かる。


「それならいい。これで説明は終わりだ。……で、話が終わったなら一度外の様子を確認したいと思ってたんだけどさ」


「おっ、それはいいね! 大賛成! でも、これってどうやって出るの?」


 スーリヤがバシバシと繭の内側を叩くが、もちろんそれくらいじゃビクともしない。ちなみにこの壁は冷たくもなく温かくもない、なんとも不思議な材質となっている。元は土のはずなんだけどな。


「まあまあ、焦るな。それはこう、普通に――」


 妙にせわしいのスーリヤに、俺は繭の天井部分に手をかざしてみせる。するとその部分がするすると開いていき、天井から夜空が覗いた。


「おお、なんかすごいね? それじゃさっそく」


 スーリヤが身体をむくりと起こし、穴から顔を出して周囲をぐるりと見渡す。


「真っ暗だけど……岸が近いみたい。一旦降りよっか」


「ああ、別にいいぞ。行ってこい」


 俺はさっそく鞄を枕代わりに後頭部に敷くと、眠る体勢に入った。だが、俺を見下ろしながらスーリヤがムッと唇を尖らせる。


「いやいや、行ってこいじゃないよ! リーフも来るの!」


「俺はここに残る。お前が外に出てくれれば、ここはちょうどいい引きこもりスペースになるだろ? 実はずっと、この揺りかごのような包容感を一人でたっぷり味わいたいと思っていたんだ。もちろんここに停泊させるから、置いていかれる心配はしなくていいぞ」


「まだ森の中だよ!? 私が魔物に襲われるかもしれないじゃん!」


「じゃあやっぱり上陸しないで、このまま繭に乗って川を下るとするか」


「……ねえリーフ。お願いだから岸に付けてよ。すごく、すごーく切実な問題なの」


「なんでだよ。外の様子は把握できたし、別に上陸する必要は――」


 すると、ぷるぷる震えながらスーリヤが声を上げた。


「トイレ! さっきからもう限界なの! 乙女にこれ以上言わせんなバカ!」


「おう……。それはすまんかった」


 スーリヤに涙目で睨まれ、俺は素直に頭を下げる。


 さすがにこれは俺が悪い。俺としても幼馴染に密室で放尿プレイをさせたいわけではないのだ。


 そういうわけで、俺たちは流木をオール代わりにして岸まで漕ぎ着けた。


 到着するなりスーリヤは木陰へと猛ダッシュし、しばらくしてスッキリした顔で戻ってきたのだった。

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