12 繭の中で
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
耳元でスーリヤが絶叫している。フン、うるさい口だな。俺の唇で塞いでやろうか?
――なんて冗談が浮かぶくらいには、俺は冷静だった。
崖から飛び降り、濁流に突っ込むまでほんの数秒。けれど、その数秒があれば十分に間に合うと確信していた。
「【静かなる繭】」
俺の意思に反応し、世界樹の魔力がぶわっと広がる。
土の膜が俺とスーリヤを包むように形成され、それは瞬く間に完全密閉された長球状のカプセルへと変わっていき――卵の殻が閉じるように、俺たちはその内部にすっぽりと収められた。
――ドボンッッッッッッ
繭ごと濁流に叩きつけられたようだが、伝わってくるのはクッションに沈み込むような柔らかな振動だけ。
濁流の轟音も遠くなり、わずかな振動となって繭の壁を震わせる程度。そして壁はかすかに発光し、内部はぼんやりと明るい。これも世界樹の力なんだろう。
そしていつの間にやらスーリヤは、俺の胸にしがみついていたまま気絶していた。
……まあ、この狭い空間で騒がれるよりは百倍マシだ。このまま寝かせておいてやろう。
俺は抱きかかえていたスーリヤをずらして真横に寝かした。狭いので密着状態なのは変わらないけど、普通に重くて苦しいからね。
「さてと……。おい、種」
『はあ、なんですか……? はあ……』
「なんでにそんなにテンション低いんだよ。助かったんだぞ?」
『……助かったのは結構なことですが、あんなところやこんなところを無理やり覗かれて、それでも平気でいられるほど私の神経は図太くはありませんので……はあぁぁ……』
種はいじけたようにボソボソとつぶやく。
「言っておくけど、最初に仕掛けてきたのはお前の方だからな。やめろと言ってもやめなかったし、アレは正当防衛だ」
『そんなこと言われたって、一度は繋がったものを簡単に止められるわけないでしょう? それに私は世界樹の力を授けようとしただけで、なにも見ていませんから!』
「あっ、そうだったの?」
『そうです! それをあんな無茶苦茶な方法で……魔力の流れに逆らって押し入ってくるとか、非常識にもほどがあります!』
種からぷんすかと怒っている雰囲気が伝わってくる。とはいえ、俺も引きこもりとしてのプライドを守るために戦ったのだ。それは理解していただきたいところだよ。
「まあまあ、落ち着け。お前の言い分は分かったけど、俺だって必死だったんだよ。……あんなことになるとは思わなかったし」
あの瞬間、俺は世界樹の根源に近づき、なにかとんでもないモノを視てしまった。今は霞んで思い出せないけれど、それでもあの瞬間に視た光景は今も心のどこかに焼き付いている。
『むむむ……。まあ、最悪の事態が避けられましたし、文句ばかり言っても仕方ないのは確かです』
「じゃあこの件に関しては、とりあえず手打ちってことで」
『よいでしょう。……ではリーフ。一応確認しますが、体調に変化などは?』
「いや特には。むしろ妙にスッキリしてるくらいだ」
『そうですか。それでは先程の魔法や、この繭。これらは私の魔力を使っただけではなく、世界樹の加護そのものが作用しているように思えます。それをお前自身はどのように理解してますか?』
「ああ、それは俺が思うに――」
本来なら世界樹から魔力を分けてもらい、それを俺というフィルターを通して魔法を発現させるつもりだったはずだ。
だが今は、俺が世界樹に直接働きかけて魔法を発現させている。
世界樹→魔力→俺→魔法 だったはずが、俺→世界樹→魔法になっているのだ。
しかも俺の魔力はほぼ使わず、世界樹側の膨大な魔力を勝手に使って、世界樹の加護を利用した魔法を行使している。――のだと思う。そんな考えを種に説明した。
『私の見解とほぼ一致していますね。……ですが、人が万物の母たる世界樹に直接干渉するなど、本来ありえません』
「そんなこと言われてもなあ」
実際そうなってるんだからとしか言えない。まあ他人に干渉されるのは死ぬほどイヤだが、自分が干渉する分には別にどうでもいい。俺としては何の問題もないのだ。
『ところで、なぜあの追手は殺さず、お前たちが死んだように見せかけたのです? 今のお前の力であれば、殺すことだって簡単だったでしょうに』
「お前って時々すごい物騒だよな……。いいか? あの将軍サマだって上からの命令で動いてたんだ。あそこで殺したって、次のやつが来るだけじゃねーか」
『ふむ』
「それなら種と一緒に川に落ちて死んだと思わせたほうが、向こうも捜索を打ち切るし、こっちは平和に暮らせる。この方が絶対いいだろ」
『なるほど。理屈としては正しいです。お前は本当に小賢しいヤツですね』
「さっきから言ってる小賢しいって、マジで褒め言葉じゃないからな?」
『しかしこれで合点がいきました。お前が幼馴染を救出した後、すぐに体力を失って情けなくも幼馴染にズルズルと引っ張られていましたが……あれは追手が追いつくように時間を調整していたのですね』
「いや、普通にバテただけだぞ? あやうく崖にたどり着けないところだったな」
『はあ…………』
ため息つくなよ。せめてなんか言えよ。
◇◇◇
――そんな話を交わしつつ、川の流れに身を任せること数時間。
狭くて、薄暗くて、静かな、誰にも邪魔されない空間。正直ここってかなり落ち着くな。隣で寝ているスーリヤがちょっと暑苦しいけど。
繭に伝わる振動がだいぶ弱まってきた気がする。そろそろ外の様子を確認するべきか――と思ったそのとき。
「ん……うーん……」
隣で身動ぎがあり、スーリヤがゆっくりと目を覚ました。




