110 異変の前触れ
オーガ村での留守番。三日目――
この日も俺はマイホーム牢屋で、ゴウマのためのフィギュアを制作していた。
ゴウマの好みは『スレンダー体型で長髪』『露出はなくてもよい』とのこと。
某鬼娘が好みなのだから、てっきりビキニのような薄着が好きなのかと思ったが、話を聞く限りそうでもないらしい。そういや女オーガたちも、結構きわどい服装だしな。
「……ってことは、竹筒を咥えた和風鬼娘もアリか?」
手元の土をこねくり回しながらつぶやく。……でもあれはたしか巨乳だったよな。だとすればゴウマの好みから外れるか?
いや、あいつならなんだかんだで喜びそうな気もする。フィギュア初心者のあいつには無限の可能性があるからな。いろいろと試して性癖を開発してやるのも一興よ……。
そんなことを考えながら、ひたすらコネコネしていると――
「リーフ。もうお昼だよ~」
階段を降りてくる足音とともに、スーリヤの声が響いた。
「おお、もうそんな時間か。……そういや腹減ったな」
「はい、今日もお昼ご飯持ってきてあげたよ」
と、俺の前にトレイを差し出してくるスーリヤ。
「バナナと交換で、食料とか調味料もいっぱいもらえたからね。今回はそれを使って、久々に世界樹の森にいたころのメニューを再現してみたんだよ」
「おおー、いいねえ。でかしたぞスーリヤ」
「でしょー。……ふふっ、なんだか世界樹の森にいたころを思い出すねー」
「だな」
差し出されたトレイを受け取りながらうなずく。あの頃は毎日こうやって、スーリヤに食事を運んできてもらっていたもんだ。
――と、そのとき。スーリヤの背後から、ひょっこりと何かが顔を出した。
「しかし、その世界樹の森は今はもう存在しません。リーフ、それにスーリヤ。あなたたちは世界樹を燃やした帝国への恨みを忘れてはいませんか?」
じっとりとした目を俺たちに向けるユグである。
「いたのかよ。……つーか、魔の森に入ってからは帝国も音沙汰ないしな。もう会うこともないんじゃね?」
「うんうん。関わり合いにならずに済むなら、そのほうがいいよねー」
と、スーリヤもうなずく。リムララの話では、サイラスを樹木化した魔法に興味を持ち、魔術院とやらが俺を追ってきたとのことだった。
だが副官のギリクは返り討ちにしてやったし、そもそもこの辺りに来ることは越境行為になるらしい。そう簡単には軍を動かせないそうだ。
俺としては、もう二度と連中の顔を見ずに済むのならそれでいいのだが、相変わらずユグの恨みは深いようだ。
俺たちの言い分にユグが大きなため息をつく。
「はあ~……。世界樹の森のエルフともあろう者が実に嘆かわしい。そのような甘い考えではいけませんよ。もっとこう、内なる怒りを燃やし続けるのです。めらめらと、あのときの火災のように……!!」
「こわっ……」
普段は神聖ぶっているくせに、こういうところは妙に俗っぽいんだよなコイツ。
しかしまあ、恨みを忘れろとは言うまい。俺だってムカついてるが、わざわざ仕掛けないというだけである。引きこもれればそれでいいのだ。
俺はユグをスルーすると、トレイをテーブルの上に置き、さっそく昼食に手をつけることにした。
トレイの中央にあるのは、オーガの主食――モチとパンの中間みたいなもっちりとした白い塊だ。名前は知らない。
表面はしっとり柔らかく、ひと口かじればもちもちとした弾力が楽しめる。主食としては悪くない。
それから肉。今日はワイルドボアのヒレ肉だ。少し臭みがあるのだが、スーリヤが香草をたっぷり使って丁寧に下処理してくれている。さっぱりしていて食べやすい。
そういや、ワイルドボアの上位個体であるアーマードボアを倒したことを言ったら、オーガの連中が目を丸くしていたな。さすがにアレはオーガでも骨が折れるらしい。
そして最後はスープ。これが今回の目玉である。
野菜をくたくたになるまで煮込んだスープに、干しキノコと根菜の甘みが溶け込んでいる。表面には黄金色の油が薄く浮かび、湯気とともに懐かしい芳香がふわりと立ち上った。
「これこれ、このスープだよ。ズズズ……はあー。世界樹の森を思い出す~」
一口飲み、思わずため息が漏れる。
俺が生まれた頃、世界樹の森の食事はどれもこれも薄味で食えたもんじゃなかった。それを俺が百年かけて少しずつ改良していったのだ。そりゃもう俺ごのみの味に仕上がっているのである。
「――ごちそうさん」
そうして食事を綺麗に平らげ、ふうと息をつく。
結局、最後までスーリヤが部屋の中に残っていた。こういうとき、ヤツはいつも決まって言うのだ。
「リーフ、たまには外にも出たらどう? 今日はいい天気だよ?」
「出ないぞ」
「はあ~。言うと思った。それじゃあまた夕食のときに――」
「いや、待て」
「どしたの?」
「やっぱ外に出る」
「ええっ!?」
自分から誘っておいて驚くスーリヤ。しかし気になることがあるのだ。
「なんだか森が静かすぎると思わないか?」
「んー。そっかな……?」
長い耳をピコピコさせながら首をかしげるスーリヤ。
まあコイツには俺のように百年間引きこもり、研鑽を続けた察知能力は備わってないからな。わからないのも当然かもしれない。
だが、静かすぎるのは間違いない。虫の、鳥の、獣の鳴き声が妙に静まり返っているんだよ。なにかおかしい。
「まあゴウマから頼まれてるし、ちょっと気になるから森を見てくることにするわ」
「それじゃ私も行くー」
「では私も。たまには森の散歩もいいでしょう」
そうして俺たちは地下の牢屋から地上へと上がっていった。




