111 見回り
俺たちは牢屋から階段を上がり地上へと上がった。
「うおっ、まぶしっ」
実に三日ぶりの太陽だ。まぶしすぎて目が痛い。引きこもりにとって直射日光はもはや自然からの攻撃に等しい。
手をかざして日差しをさえぎる俺に、スーリヤがピンと人差し指を立てる。
「リーフ、もっと日に当たらないとだめだよ~? ただですら私たちエルフは色白なんだし」
「そもそも俺たちって日に焼けないから変わらんだろ。ダークエルフが白くならないのと同じだ」
「それはなんか違うんじゃない?」
不服そうに唇を尖らせるスーリヤ。ちなみにダークエルフはこの世界に存在するらしい。
俺の両親曰く、肌が褐色で俺たちよりもやや魔法では劣る分、身体能力に優れている種族なのだとか。巨乳かどうかはさすがに聞けなかった。
「……で、どうなのリーフ? 外も特に変わんない気がするけど」
道を歩きながら、スーリヤが辺りをきょろきょろと見回す。
たしかに、景色はなにも変わっていない。
ゴブリン遠征に出ているので男の姿は見当たらないが、女オーガたちが洗濯物を干したり、井戸端で世間話をしたり、俺に気づいた連中が気さくに手を振ってきたり――気づかない振りをした俺の手をスーリヤが無理やり振らせたり。
まさに日常そのものだ。
……なのに胸の奥にひっかかる違和感が消えない。
「とりあえず歩くぞ。こんな村のはずれにいたって、さすがに何もわからないからな」
俺たちはそのまま村の正門を目指して進み、途中で【森の隠れ家】に立ち寄ることにした。
コテージの前では、カナンがブンブンと剣の素振りを繰り返し、リムララが薪割り作業に精を出していた。
外に置かれたテーブルの傍にセバスが直立し、そこではアリスティアが優雅にお茶を飲んでいる。キャンプ中に何度も見た馴染みの光景だ。
「よう、お前ら。変わりないみたいだな」
「むむっ、リーフ! 三日ぶりなのだ!」
「貴方、全然外に出てこなかったけれど平気なの? しかも地下牢だなんて……。スーリヤが放っておいたほうがいいって言うから、何もしなかったけれど……」
カナンとアリスティアが俺を見て口々に言う。やれやれ、素人はすぐに引きこもりを異常行動扱いするので困る。
「ああ、旅に出てからいろいろと溜まっていたストレスが、引きこもったおかげでずいぶん解消できたぞ。ここ最近で今が一番体調がいい」
「意味がわからないのだ。ヘンなヤツめ」
「カナン、お前にだけは言われたくないけどな……。まあいい、それより今からちょっと森に様子を見にいく。お前らも心の準備だけはしておけよ」
俺の言葉に真っ先に反応したのはリムララ。
「ひえぇぇっ! もしかして、ゴ、ゴブリンが襲ってくるのですかぁ!?」
「いや、そうと決まったわけじゃないけどな……。なんだか森の様子が気になるんだよ。静かすぎるというか……気配も感じないし」
俺はそう言いながら目を細め、森の彼方をじっと見つめた。すると呆れたようなアリスティアの声が耳に届く。
「貴方もそうやって森を憂いている姿を見ると、普通のエルフに見えるわね……」
「は? 俺はもともと一般的なエルフだが?」
「果たしてそうかしら……」
しらっとした目を向けるアリスティアだが、ここで無駄話しても仕方ない。そろそろ行こう。
「まあなんにせよ、異変が起こっている可能性がある。ちょっと見てくるからな」
「お気をつけくださいませ、リーフ様」
セバスが深々と頭を下げる。ここはセバスに任せておこう。ジジイというのは経験が豊富だ。いざというとき、姫様を避難させるくらいはできるだろう。
「よしっ、リーフ。それなら私もついていくのだ! 姫様に害をなす輩は私が直々に叩きのめしてやる!」
「姫様を守らないでいいのか?」
「いいのよ。どうせ私はコテージに閉じこもるしかできないのだし。気をつけて行ってきなさい、カナン」
「はっ、姫様!」
こうしてカナンも加わり、俺たちは村の入口へと向かった。
しばらくすると村の入口に構える門が見えてきた。そこは木の柵で閉じているのだが、ちょうどそれを開けようとしている二人が見える。
弓と矢筒を背負った女オーガだ。二人は俺を見てあからさまに気まずい顔をする。
「おい、お前ら、どこに行くつもりだよ。ゴウマからも森の外に出るなって言われているはずだよな?」
「いやー、ははは。旦那が帰ってきたときに豪勢な食事にもてなしてやりたくてさ」
「それにもうすぐゴウマ様は戻ってくるんだろ。外に出たって平気じゃないかい?」
「バカめ。そうやって危機意識が低くなったときが一番危ないんだよ。いいからほら、戻れ戻れ」
俺はしっしっと手を払う。けれど女オーガたちの表情はなんだかぎこちない。
「なんだよ、どうした?」
「実は……もう先に一人、狩りにいっちまった人がいてさ……」
「は? そのバカはどこの誰だよ」
「ゴウマ様の妹のユズハ様だよ」
「えっ、あいつ妹なんかいたの!?」
「えっ、リーフあんた、紹介されてないのかい? 兄弟なんて言われてんのに……」
驚く俺に、女オーガが気の毒そうな顔を向けてくる。
「俺だって微妙にショックだよ。……まあいい、とにかく俺たちは森の見回りに行ってくる。お前らは念のため、何かがあったときに備えとけ。わかったな?」
「わかったよ。それじゃあユズハ様のことはあんたに任せたからね」
そうして二人は去っていき、スーリヤが俺の肩をポンと叩いた。
「ええと、気を落とさないでね?」
「あの野郎、性癖を把握するためにすべてをさらけ出せと言ったのに……」
戻ってきたらネチネチと問い詰めよう。そう決意して俺たちは村を出て、森へと足を踏み入れた。
◇◇◇
――やはり、おかしい。
生き物の気配がまるでない。鳥の鳴き声も獣の足音も聞こえない。そのせいで風に揺れる葉擦れの音だけがやたら大きく聞こえる。
「リーフ、これはヘンだね……」
さすがにスーリヤも薄々気づき始めたらしい。
ユグも眉間にシワを寄せ不快感を露わにし、カナンだけは相変わらずのバカ面でキョロキョロとしていた。
そしてさらに一歩足を踏み出した、その瞬間――
「――臭いな」
「なっ!? たしかにさっきまで鍛錬して汗を流したが、それは――」
「そういうことじゃない。なんだこの臭いは」
俺はその臭いが漂ってきた方向へと視線を向ける。木々が密集した藪のさらに奥だ。
「おい、なにかいるぞ」
ぐちゃり。
泥水に足を踏み入れたような鈍い音が辺りに響く。
その湿った音とともに這い出てきたのは――肉だった。
腐敗した肉片を寄せ集めて、無理やり人型にしたような赤黒い塊が、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてきていた。




