108 湯上がり
ゴウマたちとの騒がしい入浴を終え、俺は静まり返った夜の村を一人うろついていた。
街灯なんてもちろんない。だが月明かりだけで十分に明るく、夜道を白く照らしている。その中でアリスティア一行にばったり出くわした。
いないのはユグとセバスか。おそらく、すでに地面に埋まっているユグのお守りとしてセバスが残っているのだろう。空き地にはすでに【森の隠れ家】も設置済みだ。
アリスティア一行は皆、ほんのり頬を上気させ、髪の毛もしっとりと湿っていた。
「もしかして、お前らも温泉に入ってきたのか?」
「ええ。スーリヤが村の女性たちと仲良くなってくれて、それでご一緒させてもらったの。とってもいいお湯だったわ」
アリスティアが満足そうに微笑む。どうやらコミュ強のスーリヤを皮切りに、オーガ娘たちともすっかり打ち解けたらしい。ゴウマにビビらない時点で、スーリヤに怖いものなどない。
するとそこでカナンが一歩前に出て、自信満々に胸を張った。
「どうだリーフ! 私はもうゴブリン臭くなどないぞっ!」
「ほう、どれどれ」
俺はそのまま首筋に顔を寄せ、くんくんと嗅いでやる。
……うん、たしかにあの鼻の曲がるような悪臭は完全に消えている。代わりに湯上がりのほのかな熱と石鹸の香り、カナン自身の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「どわあああああっ! わ、私の匂いを嗅ぐなっ!」
カナンが慌てて首筋を押さえて後ずさる。なぜか耳まで真っ赤だ。
「なんだよ。言われたから確認しただけだろ」
「どうして確認などするのだ!」
「はあ? なに言ってんだ。意味がわからん」
「私がお前がわからないのだっ!」
「まあまあカナン、落ち着きなさい。リーフがわからないのはいつものことよ」
呆れたようにため息をつきながら、アリスティアが割って入った。
「ところでリーフ、貴方はここでなにをしていたの?」
「ああ、明日ゴウマたちがゴブリン討伐に出るだろ? 俺はその間の留守番を任されたんだよ。それで今はその準備中だ」
「留守番に準備なんているのかしら」
「ゴウマが言うには、ゴブリンが男連中の留守を狙ってくる可能性があるらしい。まあ念のための備えってやつだ」
アリスティアの表情がすっと引き締まる。
「……なるほど。それで具体的には何をするつもり?」
「フフン。自宅警備に必要なものって……わかるか?」
「ここは自宅じゃないでしょ……。なによ、もったいぶらずに早く教えなさい」
教えてもらう立場なのに、アリスティアが偉そうに尋ねる。王族はこれだから困るぜ。
「いいだろう、教えてやる」
俺は指を三本立てた。
「一つ、誰が訪ねて来ても絶対に玄関を開けない鋼の心。二つ、中身パンパンの冷蔵庫。そして三つ、積みゲーと積み本。この三つだ」
「……? 貴方、なに言っているの?」
「ついに頭がおかしくなったのだ」
「リーフはいつもこんな感じだよ……」
三人が揃って首をかしげる。リムララだけは真剣な目で俺を見上げているが。
「フン、素人さんには難しかったか。要するに、鉄壁の防衛力と十分な食料、メンタル維持。この三つが自宅警備の必須事項ってことだ」
「最初からそう言いなさい。それならまだ理解できるわよ……」
アリスティアが小さくため息をつく。
「そのためにまずは村の散歩して地形を頭に入れてんだよ。――それから【森の巨人】を用意しておくつもりだ」
そう言いながら、試しに一体をその場で生成して動かしてみせる。
「おおっ……! 以前よりも生成が速い……! それに動きも滑らかですっ!」
目を輝かせるのはリムララだ。ゴウマとの戦いを経て、だいぶ扱いが上手くなったからな。それに瞬時に気づくとはなかなかやるじゃないか。
「これを量産できれば、なにも怖くありませんねっ!」
「それがな。こいつらは俺から離れすぎると止まるみたいなんだよ」
ゴウマもそこを残念がっていた。ゴウマを魅了したあの鬼娘ゴーレムも、俺から離れすぎるとただの彫像と化してしまうのだ。
「だから増産してもあまり意味ないんだよな」
同時に動かせる数にも限りがある。創るだけなら一瞬で作れるしな。
「そうなのですか。残念です……」
がっくり肩を落とすリムララ。こいつも結構なロボ好きだよな。
「それと食料なんだが、ゴウマたちが巣穴を攻めて戻ってくるまで数日かかる。それくらいなら村の備蓄で十分やれるらしい。その間は外への狩りは自粛してもらうよう、ゴウマに伝えている。後、メンタルに関しては、外に出ない以外は普段通りに過ごしてもらうつもりだ」
「ふうん。理にかなっていると思うわよ。籠城戦の教えでも似たような話を聞いたことがあるもの」
感心するようにアリスティアがうなずく。
「ふむ。だがそもそもゴブリンなど、警戒するまでもないのだっ! 姫様、私がおりますのでどうぞご安心ください! わはははは!」
バカ騎士が高笑いしているが、正直俺もさすがに村が攻められたりしないとは思う。それでも、こういった準備作業って妙に楽しいんだよな。
台風に備えて養生テープを窓に貼ったり、保存食を集めたり、懐中電灯を並べたり――とかそういうアレだよ。
そうして警備の話が一段落。すると突然、アリスティアが俺をじろりとにらんで詰め寄ってきた。
「……ところで。貴方、私にまだ言っていないことがあるわよね?」
は? なにかあったっけか。




