107 オーガの温泉3
「リーフ! お前、村の女よりも細っこいな!」「メシ食ってんのか~!?」「肉を食え、肉を!」
野太い笑い声とともに、角の生えたマッチョなオーガたちがドカドカと温泉に押し寄せてきた。
だが間近で見たその顔は――なぜか全員妙に腫れ上がっている。
「なんでお前ら、顔を腫らしてるんだ? ケンカでもしたのかよ」
さっさと風呂から上がるつもりが、好奇心が勝ってしまった。そしてオーガたちは揃って肩を落とす。
「……いや、明日は大事な戦いだろ? だからよ、景気づけに女湯に突撃したんだが……」「中に入った瞬間、女にボコボコにされちまった」「あいつら容赦ねえんだよ……」
それを聞いて隣のゴウマが豪快に笑う。
「ガハハハ! テメエらにはまだまだ女が惚れるほどの魅力がねえってことだな!」
「そりゃあ族長にはかなわねえけどよお……」「でもリーフなら、俺たちの気持ちもわかるだろ?」「そんなにヒョロいんだし」
などと、すがるような目で見てくる連中をゴウマが一蹴する。
「ハッ、なに言ってやがる。兄弟もさっき女湯にうっかり入っちまったがな、普通に歓迎されてたぞ」
「なっ……!? そうなのか、リーフ!?」
「あ、ああ。まあ……ボコられはしなかったな」
というか、ヘタすりゃ俺もああなっていたのかよ。ゴウマの野郎、とんでもないところに俺を放り込みやがって……。
俺はゴウマをじろりとにらむが、本人は知らん顔だ。そしてオーガたちがひそひそとつぶやく。
「やっぱ顔か?」「いや、強さだろ」「なんだかんだいって強いみてえだしな……」「くそっ、嫁が欲しい……」
どうやら今ここにいる連中は揃いも揃って非モテらしい。なんとも不憫である。
そんな連中の悲しいトークを聞き流していると、ふと数人、様子が違うオーガが目に入った。
そいつらは腕や胸などに包帯を巻き、湯船には入らず、少し離れたところで足だけを浸けている。
「おい、ゴウマ。あいつらはどうしたんだ?」
「……ああ。あいつらはゴブリンに結構な深手をもらっちまってな」
「へえ……」
言われて周りを見渡せば、他の連中も程度の差はあれ、どこかしら傷を負っているようだ。顔の腫れが目立ちすぎて気づかなかった。
よくもこんな状態で温泉なんかに来るよな。普通は安静にするもんだろ。
「けどアイツも明日は手柄を立てるって張り切ってやがる。惚れさせたい女がいるんだと」
「は? もしかして、あんな怪我でも明日は戦うのか?」
「当然だ。俺たちは戦士だからな。角や腕の一本や二本切れたところで、戦わないという選択肢はありえねえ」
「マジか……」
そんな戦闘民族的なマインドに俺はドン引きだよ。
けれどまあ、それがこいつらにとっての当たり前なんだとしたら、よそ者の俺がそれを否定したりはしない。
――だが。
ゴブリンが手強い可能性を考えると、体調くらいは万全にしてやったほうがいいだろう。
「なあ、ゴウマ。こいつらを俺が治しても問題ないよな?」
「それはむしろありがてえが……もしかして、まだあの薬草があるのか?」
「まあな。それと、この温泉を使わせてもらうぞ」
「?」
眉をひそめるゴウマだが、説明するより見てもらったほうが早い。
「【癒やしの花】」
俺は世界樹の力を引き出した。温泉の周囲に水色の花が次々と芽吹いていき、透き通る花弁が湯気の近くでふわりと揺れた。
「おーい、お前ら。その花を引き抜いて湯の中にいれてくれ」
突然生えだした草花に騒ぎ始めたオーガたちに声をかける。
「急に花が生えてきたと思ったら、どういうことだよ!?」
「俺らもたまに果物を湯に入れたりするけど、これがエルフの風習か?」
「そんなところだ。いいからやってみろ」
俺の声にオーガたちは首をかしげながらも素直に【癒やしの花】を引き抜き、湯の中へと放り込んでいく。
すると――
温泉がほんのり淡く光を放った。同時にオーガたちが驚愕の声を上げる。
「お、おお? なんだこりゃあ!?」「傷が……塞がっていくぞ!」「痛みが消えた!」「おい、お前ら! 足だけ浸かってないで肩まで浸かってみろ!」
そうして続々とオーガたちが湯に浸かると、青あざが消え、切り傷も刺し傷もみるみるうちに塞がっていく。まるでゲームによくある回復の泉みたいだ。
包帯を巻いていたオーガも、その下の傷が消えたらしく大喜びしている。
やはり【癒やしの花】は湯の中に入れても効果があるらしい。本当に万能だな、【癒やしの花】さんは。
温泉の風情は台無しになってしまった気がするが、そのうち源泉にかけ流されて元に戻るだろう。
だが、これだけ傷だらけの連中と同じ風呂に入るのは気持ち悪すぎる。今すぐ出よう――
「兄弟、ありがとな。助かるぜ」
背中を向けた俺に、ゴウマが声をかけてきた。
「気にするな。お前らが負けたら俺だって困るんだ」
不安要素は潰しておくに限る。それだけの話だ。
するとゴウマが少しだけ真面目な声で続けた。
「……兄弟。それなら一つ、頼みがある」
「なんだ? いちおう聞くだけ聞いといてやる」
「この村を守ってほしい」
「どういうことだよ?」
「明日、男どもは全員出る。村に残るのは女だけだ」
「そうなのか」
「兄弟もゴブリンの習性を知っているよな?」
「一応はな。ゴブリンは女を狙って……あー、そういうことか」
それ以上は言葉にするまでもないだろう。
「ゴブリンが俺たちの留守を狙ってくる可能性もある。誰か守りについてくれれば、俺たちも安心して戦えると思っていたんだが……それが兄弟なら、こんなに心強いことはねえ」
……うーむ。実質、お留守番係みたいなものか。
それでこいつらが心置きなくゴブリンを攻められるのなら、それくらい約束してやってもいいだろう。
「おう、わかった。俺に任せろ。なんといっても俺はお留守番が得意中の得意だからな。自宅警備員の名に恥じぬ活躍を見せてやるぜ」
「自宅警備員ってのはよくわかんねえが……とにかくすごい自信だけは伝わってきやがるな。任せたぞ、兄弟!」
そう言ってゴウマは笑い、俺の背中をパアンと叩いた。
「――ぐえっ!?」
その衝撃で俺は湯船から吹っ飛び、地面をゴロゴロと転げ回る。
危うくそのまま俺VSゴウマの第二ラウンドが始まりそうになったのだが――まあ、それはともかく。
こうして俺は、村のお留守番を任されることになったのだった。




