105 オーガの温泉
村の外れにある岩山。その険しい坂道を俺とゴウマは登り続けていた。先頭を歩くゴウマが振り返りもせず声を上げる。
「それにしても、兄弟も別の森に住んでたんだろう? 温泉くらいなかったのかよ」
「それがマジでなかったんだよなあ。あの森の環境は最高だったけど、今思えばそれだけが唯一の欠点だったな。ゴウマ、今日ほどお前と知り合って嬉しかったことはないぞ」
「まだ会って二日ほどじゃねえか……」
「細かいことは気にするな。それにしても……温泉はまだか……? はあ、はあ」
俺は思わず膝に片手をつき、額に浮かんだ汗を拭った。岩山登山が普通にキツい。もう膝がブルブルと震えているんだが?
「もう少しだ、兄弟」
「それ、さっきも聞いたぞ……」
「本当にもうすぐだ――ほら、見えたぞ」
ゴウマが太い指で指差した先。岩肌の向こう側から、白い湯気がゆらゆらと立ち昇っているのが見えた。
「お、おお……! あれが温泉!」
「ああ、そうだ」
「やったー! 温泉だー!」
俺は最後の力を振り絞り、岩山を全力で駆け上がった。
ゴウマを抜いて先頭に躍り出る。――そしてこのとき、ゴウマがニヤニヤと笑っていることに、俺はまったく気づいていなかった。
「到着!」
坂を登りきった先には、簡素な木の柵で囲われた場所があった。そしてその向こうから湯気が上がっている。どうやらあそこが温泉のようだ。
俺はそのまま足を止めることなく、一直線に木の柵へと向かっていく。
柵で作られた入口を抜けると、そこにあったのは岩に囲まれた天然の湯だまりだ。透き通った湯がゆらゆらと揺れ、ほのかに硫黄の香りが鼻につく。
そして――
「おっ! リーフじゃないか。あんたも湯に浸かりに来たのかい」
湯の中には、角の生えたナイスバディのオーガ娘たちが気持ちよさそうに浸かっていたのだった。
「は? なんだここ、混浴だったのか……?」
オーガ娘たちはその身体を隠す気など微塵もなく、デカい乳も尻も、バキバキの腹筋も、すべてを堂々と晒している。これが混浴でなくてなんだというのか。
だが俺の言葉にオーガ娘たちは顔を見合わせると、次の瞬間豪快に笑い飛ばした。
「はははっ! 昔は混浴だったんだけど、その場でおっぱじめる馬鹿が多くてね。今はきっちり分けられてんだよ」「ってわけで、ここは女湯だ」
「なんだそうか。すまん、間違えた」
などと言いながらも、俺の視線はオーガ娘たちの裸体にロックオンである。向こうは気にしてないみたいだし、遠慮する必要はないよね?
「別に構いやしないよ。なんなら浸かっていきな」「アンタだったら大歓迎だ」「すっごい汗かいてるよ? 流していきなって」「だな、一緒に楽しもうぜ」「いいよ来いよ」
口々に俺を誘うオーガ娘たち。――だが。
「……いや、やめとく」
俺はくるりと半回転。その場から離れることにした。
だってこのまま湯に入ったら、間違いなくそのまま美味しくいただかれてしまうだろう。
あいつらからはアルラウネ以上の肉食系の気配がする。これ以上近づくのは危険過ぎるだろ。
「ああー逃げられた!」「気が変わったらいつでも来なよー!」「待ってるぜー!」
そんな明るい声を背中に浴びながら、俺は温泉を後にしたのだった。
すると案の定――
「ガハハハハ! 悪いな兄弟、うっかり間違えちまったぜ!」
岩陰から出てきたゴウマが腹を抱えて大爆笑していた。
「お前……わざとだな?」
「ガハハ! 兄弟が慌てふためく姿が見られるかと思ってな! けどさすがは兄弟。落ち着いたもんだな」
「まあな。俺のハニトラ耐性をナメるなよ。でもなあ、それはともかく――」
「なんだ? あれくらいで怒るなよ。ちょっとからかっただけじゃねーか」
「違う」
「ああ?」
「――ありがとう」
「は?」
俺は心の底からゴウマに感謝を伝えた。
「リアルオーガ娘の裸体には普通に興味があったんだよ。あの肉体美は素晴らしい。いろいろと参考になった。マジで感謝してる」
ゴウマは俺の鬼娘フィギュアに夢中だが、そのクオリティを高めるためにもリアルオーガ娘も観察したいと思っていたところなのだ。
俺は想像力だけを良しとはしない。現実を知ってこその表現は必ずある。これで俺の表現力はさらに広がることになるだろう。
そんな俺にゴウマが首をかしげた。
「兄弟の言うことはよくわからんが……村の女が気に入ったのなら、誰かを嫁にしたらどうだ? この俺に勝ったんだ、喜んで嫁になると思うぜ」
「はぁ……そういうのはいらないんだよなあ」
「?? やっぱり兄弟の考えはよくわからねえな。……まあいいか、男湯はこっちだ。今度はウソじゃねえぜ」
そう言ってゴウマが顎で示した岩山の向こう。そこにもまた、夕焼けに染まった湯気がゆらゆらと立ち昇っていた。
――今度こそ温泉に入れる。
そう思うと、俺の足は自然と速くなるのだった。




