104 オーガの宴
俺たちは再び、オーガ村へとやってきた。村の入口では、オーガたちが大歓声で俺たちを出迎える。
「族長とリーフが戻ってきたぞー!」「あれがリーフの仲間か!」「おいリーフ! もう宴は始まってんぞ!」「早くこいよリーフ!」
戻ってきた俺やゴウマに声を上げ、やんややんやと大騒ぎだ。
「うわ、すっご……。リーフ、いったい何をしたの……?」
周りの過剰な歓迎っぷりに、スーリヤが若干引き気味で尋ねてくる。
「いやまあ、ちょっとゴウマと決闘みたいなことをして……それに勝ったらこんな感じになった」
「決闘って……。リーフ、本当にこの人に勝ったの?」
こーんなに大きいんだよ? と、スーリヤが手を伸ばしながらゴウマの隣でぴょんぴょんと飛び跳ね、身長差を示す。
三メートルのゴウマに届くわけがないのだが、それはともかくさすがにスーリヤは物怖じしないな。他の連中はまだゴウマにビビっているのに。
そしてそんなスーリヤに、ゴウマが顎をさすりながらニヤリと笑った。
「おうっ、兄弟のあの拳は効いたぜ」
「ふ~む……」
スーリヤが唸りながらゴウマの顔を眺め、それから俺の方にジトッとした目を向ける。
「……どんな手を使ったのか、後でちゃんと教えてよね」
ボソッと耳打ちするスーリヤ。どうやら俺がよからぬ手を使ったと察したらしい。勘のいいヤツめ。ところで――
「おい、ゴウマ。まだ顎が痛むようなら、こういう薬草があるけど使っておくか?」
俺はポケットの中からくしゃくしゃになった【癒やしの花】を取り出した。いざというときに使おうと隠し持っていたヤツだ。効果は問題ないはず。
「ふむ……。傷は戦士の勲章なんだが、今はそうも言ってられねえか。もらうぜ」
ゴウマは【癒やしの花】を受け取ると指で雑にすりつぶし、それを顎に擦り付けた。そしてすぐに目を見開き、感心したように声を上げる。
「おお……もう痛くねえ。兄弟すげえな、薬草にも詳しいのか!」
「まあそんなところだ」
説明は面倒なので適当に流しておくことにしよう。
それから俺たちは広場に連れていかれ、そのまま雪崩込むように宴に放り込まれていた。
「よーし! 今日は飲むぞォ!!」「肉持ってこい肉ぅ!!」
焚き火の上では巨大なイノシシのような獣が丸焼きにされ、そのそばでは酒の入った樽が次々と開けられていき、オーガたちが椀ごと中に突っ込んで豪快に飲み干していった。
火の周りではオーガたちが肩を組み、地面を揺らしながら暴れるように踊っている。
ちなみにこんなテンションだが今はまだ真っ昼間である。俺にはついていけない。
なので当然アルラウネ村での宴と同じく、今回も離れたところで眺めたかったのだが――俺たちは宴のよく見える特等席に強引に座らされていた。こいつらは押しが強すぎて、俺とはとても相性が悪い。
「オーガは戦に明け暮れるだけの野蛮な種族だと聞いていたのだけれど、このような文化や風習もあったのね……」
俺の隣で宴を眺めながら、アリスティアが目を丸くする。
「いえ、それは少し違いますよ」
すると俺の前に埋まっているユグが口を挟んだ。
ちなみにユグはさっきから、俺の作った魔力たっぷりの水を頭から垂れ流しにされているのでびしょびしょだ。
時折オーガたちが変な顔をしてこちらを見ているが、ユグ本人は気にした様子はない。
「この森は特別、魔素が濃厚なのです。そのような場にいるオーガを普通のオーガと同様に捉えるべきではありません。むしろ種全体がひとつ上の格――ハイオーガと呼称すべきでしょう。……やはり、実に興味深い森です」
「ハイオーガ、ですか……」
アリスティアのつぶやきが宴の喧騒の中に消える。やはりこの森はいろいろと普通じゃないらしい。まあそれくらいのほうが引きこもり甲斐があるんだけどな。
それからしばらくすると、酒で顔をさらに赤くさせたゴウマがやってきた。
「兄弟! 食ってるか! 酒も――いや、酒は呑まねえんだったな?」
「ああ、お前との約束があるからな。夜はフィギュアを作るつもりだ」
「おうっ! 楽しみにしてるぜ!」
「それよりさ、ゴブリンを警戒してるって話だったろ? こんな宴を開いて大丈夫なのかよ」
「ああ。村周辺の巡回は順番にやらせているし、むしろ一度は休ませねえといけねえと思っていたからな。兄弟との決闘とこの宴がいい息抜きになってるぜ」
「そうか。ならいいんだけど」
「ねえ、リーフ。ゴブリンって……」
不安げに尋ねるアリスティアに、俺はゴウマから聞いていた事情を簡単に説明する。
「最近この辺りでゴブリンが大量発生してるそうなんだよ。俺らが巻き込まれたのも掃討作戦中だったそうだ」
「あのゴブリンの群れが……」
昨日の凄まじいゴブリンの群れを思い出したのか、深刻そうに眉間にシワを寄せるアリスティア。
「それでさ、姫様。俺たちは少しここで足止めを食らうことになりそうだぞ」
「えっ、どういうこと?」
「俺たちは森を北に抜けるんだろ? ここからしばらく北に行った丘にデカいゴブリンの巣があるそうだ。……で、明日はいよいよゴウマたちが巣に総攻撃をかけるつもりらしい。昨日のアレはその前の露払いだったんだと」
俺の言葉にゴウマが継ぎ足す。
「あいつらやたらめったら増えやがって、俺たちもかなり手を焼いてたんだがよ、ようやく巣を残すだけになった。だから北に向かうなら、俺たちがゴブリンを絶滅させてからにするんだな。それまでここに泊まっていいからよ」
どうやらアリスティア一行を客人扱いとして村に泊めてくれるらしい。ユグの魔物避けが発動しない今、村に滞在していられるのは正直ありがたい。
それに偶然ながら、俺たちの旅路の露払いまでしてくれるわけだ。まさにVIP待遇である。
「ゴウマ様。お気遣い感謝いたします」
「おうよ、気にすんな。ガハハ!」
丁寧に頭を下げるアリスティアに、ゴウマはひらひらと手を振って豪快に笑った。
◇◇◇
そして時間が流れ――気がつけばもう夕方だ。今だに宴は続いている。
さすがに人疲れというか鬼疲れした俺は、少し離れた場所で風に当たっていたのだが、
「おう、兄弟」
それを目ざとくゴウマに見つけられた。ふらりと近づいてきたゴウマが腹をさすりながら言う。
「ふう……食った食った。どうだ、兄弟。ここらへんで一発、風呂にでも行かねえか」
「風呂……だと? ……いや、まさか」
いろいろと大雑把なオーガの連中が、ちまちまと風呂を作っているとはとても思えない。実際、この村の建物も木と藁で作られた粗末なもんばかりだし。
ということは――
「もしかして……ここには温泉があるのか?」
「あったりめえだろ! 戦いの汚れと疲れを落とすには最高の代物だぜ!」
「マジか……!」
温泉。それは風呂好きの俺にとって、夢のようなレジャーだ。いくら自前で風呂が作れたところでこの百年、温泉への憧れが消えることはなかった。
「よし。ゴウマ、温泉にいくぞ!」
「おうよ兄弟!」
こうして俺はゴウマを引き連れて、温泉のあるという村のはずれへと向かったのだった。




