102 戦いの後
「リーフッ! 勝つと信じていたぞ!」
観衆の輪を割って、カナンが駆け寄ってくる。
――ビシィッ!
俺はまず、その悲劇のヒロイン顔をしたアホの額に迷いなくチョップを叩き込んでやった。
「むううっ、痛いっ! な、なにをするのだ!」
「お前……エルフイヤーで全部聞こえてたんだからな。好き放題言いやがって……」
「なにぃっ!? だ、だがアレはお前を激励するための愛のムチでだな……! というか、結局どうやって倒したのだ? 私には無防備に殴られたようにしか見えなかったのだが」
額を押さえながら、カナンは大の字に転がるゴウマに視線を向けた。
「まあ、いろいろあるんだよ。あんまり気にするな――っと」
「ぐっ、ぐうっ……」
そのとき、低いうめき声とともに、ゴウマの身体がぴくりと動いた。
えっ、回復が早すぎない? 半日は寝かせてやるつもりでアッパーをブチかましたんだけど!?
戦闘終了のどさくさに紛れて逃げるのも手かと思っていたのだが、どうやらその時間はなさそうだ。
ゴウマが頭を振りながら、ゆっくりと上体を起こしていく。
俺は心臓バクバクを必死に押し殺し、極めて冷静に勝者の余裕を装って声をかけた。
「おう、ゴウマ。見てのとおり――俺の勝ちだ。……で、なにか文句はあるか?」
ゴウマは腫れ上がった顎をさすりながら、俺と、そして傍らに立つ鬼娘ゴーレムを交互に見つめて口を開く。
「……文句だと? そんなもん、あるわけねえだろ。勝ち方にケチをつけるような軟弱者はこの村にはいねえ。なにより――テメエは強え。俺の完敗だ」
どうやらあの勝ち方でも文句はないらしい。
敗者側が『勝てばよかろうなのだ』の精神なのは驚きだが、その潔さに俺が胸を撫で下ろす中、ゴウマはよろりと立ち上がると大きく声を張り上げた。
「お前らぁ! 勝負はこのエルフの勝利だ! 文句のあるやつはいるか!? いるなら今すぐ出てこい! 俺が相手になってやる!」
「勝者にケチつけるヤツがこの村にいるわけねーだろ!」「そうだそうだー!」「貧弱っつって悪かったな、エルフ!」
観衆からやいやいと歓声が飛ぶ。そのどれもが敵意はなく、結果を受け入れている様子だった。ゴウマは満足げにうなずくと、拳を振り上げる。
「おーしっ! それじゃあ――俺らの新たな仲間に乾杯だぁ! 盛大に宴をやるぞーー!」
「「「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」」」
観衆の雄叫びが一気に爆発した。
村人たちが一斉に動き出し、酒樽や肉の山をこの場に運び始め、たちまち賑やかな宴の準備が始まった。
笑い声と歓声が飛び交い、慌ただしく辺りが動き出す。なぜだかバカ騎士も一緒になって準備している。
――って、いやいやいや。
ちょっと待て。俺は仲間になったつもりはないし、宴ってなんだ!? 俺はさっさとここから去りたいんだが?
そんな俺の心情などお構い無しに、あれよあれよと宴の準備が進んでいく。
「はあ……」
オーガって、話聞かなさすぎじゃね?
俺は大きく息を吐いてすべてを諦めると、ひとまずユグに念話を送ってみることにした。
◇◇◇
早朝の川辺――アリスティアたちの野営地では、静けさの中にまだ張り詰めた空気が残っていた。
セバスとスーリヤは周辺の警戒。リムララは近くで薪集め。
そして残されたアリスティアは、地面に埋まるユグをほとんど瞬きもせずにじいっと見つめていた。
脳裏に焼き付いて離れないのは、あのオーガの異様な巨躯。大地を踏み鳴らすたびに伝わってきた震動、耳をつんざく咆哮。ゴブリンたちを蹂躙していく、あまりにも一方的な暴力――
すべてが恐怖の記憶として残り、今思い出してもブルッと背筋が震える。
「リーフ……。無事でいて……」
祈るように呟いた、そのとき。
「ん……」
ぴくりと眉を動かしたユグに、アリスティアが身を乗り出す。
「ユグ様! いかがなさいましたか!?」
「リーフから念話が届きました」
その言葉にアリスティアは目を見開き、地面に埋まるユグに這うように詰め寄った。
「リーフは、カナンは、無事なのでしょうか!?」
ユグからリーフに届いた念話は皆に共有されている。二度目の念話で、牢屋の中のカナンとも合流し、一緒に脱出する手筈だと伝えられていた。
だが、自ら『森の中では負ける気がしない』と豪語していたあのリーフが、一度はやすやすと捕らえられてしまったのだ。簡単に逃げられるとは到底思えない。
アリスティアは心労のあまり、あれから一睡もできていなかった。
「静かになさい。今、聞いている最中です」
「も、申し訳ございません……」
慌てて身を引くアリスティア。それでも落ち着かず、ユグの周りをぐるぐると回り続ける。
そうしてしばらく時間が経ち――
ユグはおもむろに、地面からもぞもぞと這い出しながら言った。
「アリスティア、ここを出ますよ。皆を呼びなさい。……うんしょ、っと」
「そ、それでリーフたちは……?」
震える声で尋ねるアリスティアに、ユグはいつも通りの調子で答える。
「どうやら……リーフがあのオーガとの戦いに勝ったようですね」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「逃げたのではなく……あのオーガに勝ったと言うのですか……?」
声がわずかに震えた。だが、ユグは事も無げにうなずく。
「はい。……まあ当然ですけどね。あれには世界樹の力がついているのですから」
「そ、そうですか……」
――あの怪物に勝った。信じがたい現実だったが、安堵が一気にアリスティアの胸を満たしていく。
「……っ」
不意に膝から力が抜けそうになる。だが、アリスティアはぐっと腹に力を込めて気丈に立ち上がった。
「では、私は皆を呼んでまいります!」
わたわたと駆け出していくアリスティア。
その背中を見送りながら、ユグはふわあと大きなあくびをしたのだった。




