101 ゴウマ3
「どうだゴウマ。お前の理想の女が等身大になった気分は?」
「ああ!? な、なにを言ってやがる。そんな土人形、どうってことねえよ……!」
後ずさりながら強がるゴウマ。――だが俺は知っている。
コイツの腰巻きに、例の鬼娘フィギュアがしっかり差し込まれているのを。
あれを見た瞬間から、俺の作戦は決まっていた。
フォレストゴーレムを増産しながら時間を稼ぎ、さらに魔法の練度を高める。
そして研ぎ澄まされた魔法技術を用いて、リアル等身のフィギュア――1/1スケール 鬼娘ゴーレムを作るのだ。
こんな脳筋オーガと真正面から戦って勝てるわけない。ならば、戦闘を俺の得意分野に引きずり込む。これこそが、俺に残された唯一無二の勝ち筋だった。
「ゴウマ様、どうしちゃったの……?」「どうした族長!」「なにぼーっとしてんだ!」「さっさと土人形を叩き潰せー!」
観衆から野次が飛び交う中、ゴウマが牙を剥いて吼える。
「う、うるせえっ! 今、どうやってぶっ壊してやろうか考えてんだよっ……!」
そうは言いつつも、ゴウマの視線は鬼娘ゴーレムに釘付けだ。
そして鬼娘ゴーレムがゆっくりと一歩前へと踏み出した。
ギシリ……と土と石が軋む音。だがその動きは驚くほどに滑らかだ。しなやかな腰の曲線が揺れ、草花のビキニがさらりと波打っている。
「ぐううっ……!」
その一挙手一投足を眺めながら、ゴウマの喉から悶えるような声が漏れた。
おそらく――コイツは本来、この鬼娘のようなスレンダーボディが好みの、オーガの中では特殊な性癖の持ち主だったのだろう。
けれど、周囲にいるのは逞しすぎる女オーガばかり。理想のスレンダーボディに出会う機会など、この集落では無かったはずだ。女オーガに比べれば細身のカナンに求婚したのも、その辺りが理由だろう。
それが突如、自分の理想とする造形と出会えてしまった。その衝撃は、まさに運命の出会いと言ってもいいのかもしれない。
理想の造形との出会い――フィギュア沼というものは大抵ここから始まる。まさにゴウマはフィギュア沼の入口に立ってしまったのだ。
後はそんなフィギュア初心者のゴウマを、このままフィギュア沼に引きずり込めば――俺の勝ちだ。
異様な静寂の中、観衆たちの困惑したヒソヒソ声が漏れ始めた。
「どうしたんだ族長」「わからねえ……」「あの小せえ土人形が実は強くて、警戒しているとか?」「睨み合ってるだけではつまらないのだ! 今すぐ戦え!」
困惑する観衆と普通に戦いを楽しんでるアホの声を聞き流しつつ、俺はゴウマに少し近づくと観衆に聞こえない小声で囁きかける。
「おい、ゴウマ。もういいだろう? 負けを認めろ」
「は? ふざけんじゃねえ、なにを言ってやがる! こんな土人形、今すぐぶっ壊し、ぶっ壊して……くっ!」
拳を振り上げたゴウマだが、その拳はぶるぶると震え、振り下ろすことができない。
俺はさらに一歩踏み込む。
「そもそもだ。お前……ここで俺を殺して、何のメリットがあるんだよ?」
「テメエは俺の秘密を知った! テメエをブチ殺して、その記憶ごとこの世から消し去ってやる!」
「はあ……。違うんだよなあ……」
俺はわざとらしいくらい深いため息をつくと、さらに続けた。
「むしろ逆だろ?」
「あぁ!?」
「俺だけが、この集落で俺だけが唯一、お前の理想を理解してやれるってことだ。……いいのか? こんな千載一遇のチャンスを逃してしまって」
「ど、どういう意味だ……?」
「お前が俺を見逃すなら――他の人形も作ってやる」
「なっ……!?」
ゴウマの顔が驚愕と、隠しきれない期待で歪んだ。
そう、フィギュア沼の真の恐怖はここから始まる。
運命の一体を手にしたフィギュア初心者が、次に落ちる深淵――それは『コレクション』への欲求だ。
一体あれば十分、などという慎ましい道理は通用しない。気づけば棚が増え、部屋が埋まり、生活が侵食されていく。オタクとは業の深い生き物なのだよ。
ゴウマがかすれた声を漏らす。
「ほ、本当か……?」
「ああ、本当だ。お前の望むものを作ってやる。俺にはそれだけの技術がある」
「――おい! 睨み合ってねえでさっさとやれー!」「そうだそうだー!」
観衆の野次が飛ぶ。ゴウマがハッと我に返った。
「だ、だが、俺は族長として、テメエに勝つことが求められているっ……!」
「まあまあ、そう固いこと言うなよ。とりあえず、コイツを近くでよく見てみろ。少しは考えが変わるかもだぜ?」
俺は鬼娘ゴーレムをゆっくりと歩み寄らせる。ゴウマの視線は完全にその造形に釘付けだった。
「……お、俺の考えは変わらねえ。だが、たしかにじっくりと眺めてから壊したって、遅くはねえよな……」
ゴクリと生唾を飲み込み、吸い寄せられるように鬼娘ゴーレムの目前まで近づくゴウマ。その巨体が前かがみとなる。
そこは――ちょうどゴウマの顎に、鬼娘ゴーレムの拳の届く位置だった。
「今だっ!」
俺は合図を送った。その直後――
鬼娘ゴーレムの右アッパーが最短距離で突き抜けた。
ボゴォォォォッ!!
鈍く、重い衝撃音が周囲に響き渡る。
――俺は確かに最高の造形を目指し、鬼娘ゴーレムを創り上げた。だが、そのために性能を犠牲にするような甘い真似はしていない。むしろ逆だ。
土や石にこれまで以上の高密度の魔力を注ぎ込み、圧縮に圧縮を重ねたミニマムなボディはこれまでで最硬。そしてその拳は間違いなく最強だった。
その強烈な一撃がゴウマの顎を完全に打ち抜き、脳を揺らす。巨体がぐらりと大きくよろめいた。
ゴウマはふらつきながらも鬼娘ゴーレムを見つめると、血の滲む口元を歪めながら、
「……ヘ、ヘヘ……。い、いい拳だったぜ……」
どこか満足そうにつぶやき――
バタン。
巨体が地面に崩れ落ちた。
辺りが一瞬、シンと静まり返る。
そして次の瞬間――
「族長ーーーっ!?」「土人形に負けちまった!」「無防備だったぞ!?」「どういうことだ!」「エルフの幻術か!?」
観衆の声が一気に爆発した。そんな大混乱の中、俺は喧騒を眺めながらひとり深く息を吐く。
こうして――ゴウマとの戦いは、一人の男を沼に沈めるという形で、俺の完全勝利で幕が下りたのだった。




