10 世界樹の種子
世界樹の種子――そこから流れ込んでくる魔力は、ただただ、気持ち悪い。それしかなかった。
身体の奥底まで潜り込み、俺を思い通りに染め上げようと迫ってくる圧力。
それはまるで俺の引きこもり部屋に知らないやつが土足で踏み込み、勝手に冷蔵庫を開けて中のプリンにまで手をつけるような不快さと、さらにそのまま爽やかに笑いながら俺の腕を引っ張って、無理やりバーベキューパーティにでも連れ出そうとするような独善的で迷惑極まりない自己満足の塊が合わさったような――とにかく酷い気分だ。
『……リーフ、なにを抵抗しているのですか。心のままに魔力を受け入れればいいのです。そうすればこの魔力はお前の助けになります。お前なら簡単にできるでしょう? それにあまり抵抗すると効率が――」
「すまん、やっぱ無理だわ。気持ち悪いから止めてくれ!」
俺は反射的に声を上げた。
『はあ? これほど清らかな魔力を気持ち悪いってなんですか!? 不敬にもほどがありますよ!』
俺の拒否などお構いなしに、種の魔力はどんどん流れ込んでくる。
俺が息をするたびに、上質の魔力が俺の血肉に混じっていく感覚。それはたしかに全能の力のように思えるが、このまま受け入れれば俺が俺じゃなくなる、そんな生理的な嫌悪感しかなかった。
『何を嫌がることがありますか。力を得られるのですよ!?』
「そうかもしれないけどな。でも俺は自分の外から干渉されるのが……一番イヤなんだよ!」
百年間の引きこもり生活。
趣味を楽しみ、思うがまま、誰にも踏み込まれず、自由に生きてきた。そんな引きこもりの矜持として、自分の気に入らないものを受け入れるなんてのはまっぴら御免だ。
これはダメだ。無理すぎ。キツい。拒否する。断固反対だ。それでも押し付けようとしてくるのなら――押し返してやる!
『ふぁっ!? ちょっとコラ! 何をしてるんですか! 無駄な抵抗は止めなさい!』
俺は意識を極限まで集中させると、自分の魔力を練り、束ね、ひとまとまりに圧縮し、それを流れ込んでくる魔力に向かって放出した。
川を遡上するサケのように、逆に俺の魔力を世界樹の魔力の中心に向けてねじ込むのだ。
ちょっとした意趣返しだ。やられる方の身になってみろ。そして今すぐ魔力を垂れ流すのを止めやがれ。
世界樹の魔力は膨大だ。まともにぶつかれば弾き飛ばされる。
だが、束ねて細く長い一本の糸と化した俺の魔力は世界樹の魔力の僅かな隙間を縫って駆け上っていき、その中枢へと入り込んでいく。
もうすぐだ。もうすぐ魔力の根本に到達する――
あと少し――
あと――
到達した!
その瞬間、俺の脳内に淡い緑の光が一気に溢れ出した。
種の内部の魔力構造が、脈動する生命の根源が、悠久の大地に刻まれた鼓動が、幾何学模様の光の層となって俺の感覚に入り込んでくる。
『ぎゃあああああ! どこを覗いてるのですか! 止めなさい! このスケベ! えっち! 痴漢! 変態!』
種が悲鳴を上げる。
やかましい、そっちが先に俺の中に入ってきたんだろうが。俺はさらに世界樹の魔力の中を潜っていき――
「――おい、貴様」
外から低い声が響く。
俺と種の目に見えない脳内魔力バトルにしびれを切らしたらしいヴァルツが、スーリヤを繋ぐ縄を乱暴に引いた。スーリヤがつんのめり、短い悲鳴を漏らす。
「やはり信仰する世界樹の種子を傷つける度胸はないらしいな。動けず固まるとは……ククッ、愚かなヤツめ。ならば――俺に逆らった報いを与えてやろう」
信仰なんかしてないっての。だが俺が怯んだと勘違いしたまま、ヴァルツが剣に手をかける――
――その刹那。俺の魔力と世界樹の魔力が絡み合い、火花のような衝撃が脳髄に走った。
「っ……!」
できると思った。身体が勝手に動いた。
俺は地面に手を叩きつけると、ありったけの魔力を地面に流し込む。
「喰らえよ――【大地の呪縛】!!」
ズウウウウウウウウウウウウウウンンッッ!!
森全体が怒りだしたかのように大地が唸り、激しく震えた。
「なっ……!?」
ヴァルツが驚愕に顔を歪める。
――次の瞬間、地中を破って大量の樹木とツタが噴き上がり、驚く兵士たち、そしてヴァルツに向かって一斉に襲いかかったのだった。
ついに10話です!ここまでお読みくださりありがとうございます。
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