罪
フェリクスたちは、ディナディアラピスの前まで戻って来ることができた。
全員が扉をくぐり抜けると、扉は消えてなくなってしまった。
ロゼが安堵の深いため息をついた。
「はぁ~‥‥やっとここまで戻れたぁ、もう、死ぬかと思った」
キエリは、不安そうに辺りを見渡し、そして、巨大な光輝く結晶に目が釘付けになった。
「‥‥きれい」
『おかえりなさい』
「え? 結晶さん、あなたが話したのですか?」
キエリは驚きで目を瞬かせた。
ディナディアラピスの光がゆっくり弱弱しくなる。
『キエリ、ごめんなさい。あなたには本当に負担をかけたわ‥‥あの人の欲望をあなたに背負わせてしまった』
『けれど、もう安心して‥‥彼の好きにはもうさせないわ‥‥それがわたしのできる罪滅ぼし』
キエリはディナディアラピスの言っていることがわからず、困ったように首を傾げた。
『まだ油断しないで、あの人の気配は完全に消えていない。はやくあなたたちの場所に帰った方がいい』
「‥‥そうだな、犬、案内してくれ」
フェリクスが犬に視線を向けると犬はうわん!と、任せろと言ったように吠えて先頭を歩き出した。
「ちょっと待って」
ロゼに背負われているゼノがディナディアラピスを見上げた。
「アナタを連れて行かないと‥‥いけないじゃない」
ロゼがむっとしてゼノを見る。
「ぼろぼろなのに何言ってんの。そんな状態じゃまともに魔法も使えないのだから、どうやったってこんな大きな結晶運べないでしょ」
「やだやだ、運ぶ~」
ゼノが足をばたばたさせ子どものように駄々をこねだし、それをディナディアラピスが優しく宥める。
『‥‥ありがとう。でも、やっぱり一度帰って‥‥しばらくしたらあの人は消えてなくなる。その後にまた迎えに来て』
『待ってるわ。ゼノ‥‥』
「ほら、ディナディアラピスもそう言ってるんだから、行くわよ!」
ロゼは駄々をこねるゼノを無視して、ディナディアラピスに背を向け歩みを進めた。
「‥‥嘘つき」
ゼノの呟きがディナディアラピスに届いたかは、わからなかった。
フェリクスたちがディナディアラピスの前から立ち去った後、空間が酷く歪み、歪みの中から黒い泥状の液体が湧いて出てきた。
『カペル‥‥』
「アァ‥‥ボクノ、オニンギョウハ‥‥」
『もう、やめましょう。あなたはわたしを受け入れてくれた。それが嬉しかった‥‥あなたがどれだけ狂っていても、あなたの望みを全て叶えてあげたかった』
『あの子を作ることも、この世に留まり続けることも‥‥』
『けれど、その結果わたしたちは多くの人を不幸にしてしまった』
ディナディアラピスはもはや人とは程遠くなったカペルに話しかけるが、カペルは這いずってキエリを追いかけようとしている。
『もう、いきましょう‥‥わたしと一緒に‥‥それが、最後にあなたにしてあげられること』
ディナディアラピスが一段と強い光を放つと、結晶から水色が抜け落ちて、抜け落ちた水色は空中に浮かぶ光となった。
光のない結晶は黒ずんでただの石となってしまった。
その水色の光がカペルの周辺に集まり、カペルを包み込もうとする。
「イヤダ! シニタクナイ! シニタクナイ!」
『っつ! 駄目よカペル! お願いだから大人しくしてっ』
「シヌノナラ、カノジョトイッショダ!!」
カペルは光を振り払い、泥状のからだに手足を作り出してものすごい勢いでキエリを追って走って行った。
『カペル!!』
「っ? なんだ、ディナディアラピスの方から光が‥‥嫌な予感がする。急ごう」
フェリクスたちは犬を先頭にしばらく歩いている途中、後方から光が差し込んだ。
犬が空気の匂いを一生懸命に嗅いで、何かを見つけたらしく、そこに座り込んでうわん!と吠えた。
「見つけたのね! で、ゼノどうしたらいいの?」
「穴ぽこ空けて~」
「それはわかるけど方法よ!」
「ロゼなら‥‥できるわ」
「‥‥‥」
ロゼは犬の座り込んでいる場所をしっかりと目をこらし、魔力の流れを見る。
(ゼノは魔力切れ、あたしに任せる気だったのね‥‥あぁ! ちょームズイ、こんなわずかな魔力の流れを頼りに道を作れって!?)
「ふぅー‥‥」
ロゼはゆっくりと息を細く吐き、集中する。
「ゼノは、言うことやること無茶苦茶だけど、できることをやらせるのよね‥‥」
ロゼは手に魔力を込めて、ゆっくりと空中に漂う魔力に触れた。
空中が蜃気楼のように揺らぎ、そして人がくぐれるほどの大きな穴がぽっかりと開いた。
「で、できた‥‥やった!」
ロゼに明るい笑みが現れた。
「さぁ殿下、ここから帰りましょう!」
「ありがとう、ロゼ」
犬が通り、ロゼとゼノが通り、フェリクスと手をひかれているキエリが穴をくぐった。
くぐり抜けた先は、真っ白な真綿のような靄が広がる道で、ここに来たのは数時間前のはずなのに昔の場所のように感じた。
フェリクスは毒が回っていて、手がわずかに痙攣しており、額から汗がつたっている。
キエリが心配そうに見上げていて、ぎゅっとフェリクスの手を握りしめた。
気付いたフェリクスが優しくキエリに微笑みかける。
「大丈夫だ。もうすぐ帰れる」
「あ、の‥‥帰る場所って、どこなのですか?」
フェリクスは少し寂しそうに微笑んだ。
「‥‥城だよ。そこで、キエリのことを大事に想う人たちが待っている」
「大事に、想う‥‥?」
「そうよ! あたしだってその一人なんだから! あっちに帰ったらまた一緒に美味しいもの食べに行きましょ‥‥それで‥‥そう、またあたしと友達になってよ‥‥記憶がなくなっても、またなれると思うし」
ロゼがにこりと微笑むと、キエリは少しだけ微笑んでこくりと頷いた。
「じゃあ、速く帰りましょう。あっ、しまった! 穴を閉じないと!」
ロゼはうかれてすっかり忘れていて、穴を閉じようと近づいた。
しかし、穴を閉じようとしたとき、ぽっかりと空いた暗い穴から黒く太いヘビのような泥状のひもが飛び出して、キエリの腹にばくりと噛みつき、穴の中に引きずり込んだ。
「うっ!」
「くそっ! キエリ!」
フェリクスはキエリの手を離さずに一緒に穴に飛び込んで行ってしまった。
フェリクスを飲み込むと穴はひとりでに消えてしまい、真っ白な道に犬とロゼ、ゼノだけが残された。
「う、うそ‥‥なんで、なんで、なんで!? いやっ! キエリ! フェリクス様!」
ロゼが穴を開こうと空中の魔力を必死に探るがまったく痕跡がなくなってしまい、開くことができなくなってしまった。
ゼノがロゼの背中から滑り落ち、地面と空中を唇を噛みしめながら探っていく。
「‥‥‥」
「ゼノ‥‥ゼノ、どうしよう‥‥あたしが早く穴を閉じなかったから‥‥あたしのせいで‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ロゼのローズピンクの瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
ゼノは黙って、魔力を探り続けていた。
「カペル‥‥またなの? またアタクシから可愛い娘を奪うつもりなの?」
「ゼ、ゼノ?」
放心しながら変なことを口走るゼノをロゼ不安そうにゼノを見る。
「あ、ら? アタクシ今何を‥‥」
ゼノは正気を取り戻したようだったが頭を抱えてふらふらとしている。
「と、とにかく、アタクシたちにできることはないわ‥‥一旦帰るわよ」
「でもっ」
「帰るの! ここに長時間いられないのはわかるでしょう? 諦めるわけじゃないわ、ここでは何もできないの」
強い口調で言われ、ロゼ自身もどうすることもできないと理解はしているので、悔しさで握るこぶしが痛いほどだったが頷いた。




