業火
二階の部屋から、フェリクスは片腕にゼノを抱えもう片方にはキエリを抱えて飛び降りた。
「ちょっ殿下!?」
飛び降りたフェリクスたちを咄嗟にロゼが風の魔法で浮かせて、地面に無事に着地させた。
「殿下っなんて無茶をするのですか!?」
「下にはロゼがいたし、この鎧は風の魔法が使えるようにしてあるから問題ない」
「‥‥」
ロゼは気まずそうに俯いた。
「バレてしまいましたね‥‥」
「俺に呪いをかけたことはあいつと関係していたのか」
「はい‥‥ですが、あたしの心の弱さがまねいた結果でもあります‥‥」
「そうか‥‥‥城に帰ったら、それについて話をしてくれないか」
フェリクスに怒りや憎しみは見られず、ロゼは申し訳なさそうにはしていたがこくりと頷いた。
「ゼノ殿もキエリもこんな状態だ。無事に帰るまでどうかよろしく頼む」
「はい!」
ロゼが毒でフェリクスが大変なので、負担を減らそうとゼノを受け取り、背負った。
「ゼノ、大丈夫?」
「んー‥‥自己修復中」
ゼノは声は弱いが反応があり、口調はお茶らけてはいた。
「急ごう。あの男がこれで諦めるとは思えない」
キエリが悲しそうに屋敷の二階を見上げていた。
「‥‥」
「キエリ」
自分が呼ばれたことに気付き、キエリはフェリクス見る。
「大丈夫、行こう」
キエリは静かにこくりと頷くと、まっすぐ前を向いた。
フェリクスたちはお互いに支え合いながら、ディナディアラピスに出してもらった扉に向かった。
「っつ‥‥くっ‥‥‥」
「くそっくそっくそっくそっくそっ!!!」
男の眼球からはきれいな涙は出ることがなく、泥状のからだの一部がぼとぼとと、音をたてて落ちるだけであった。
「どうして‥‥僕のほうが愛しているのにっ、どうして僕の心の傍にいない! どうして僕を見てくれない!?」
「彼女は『僕の』! 僕のお人形のはずなのに‥‥僕のものなのに‥‥‥」
「あぁ‥‥惨めだ」
「どうして僕を愛してくれないんだ‥‥愛‥‥‥あいして‥‥アイ、シテ」
惨めな男の黒い泥のようなからだは大きく膨れ上がっていった。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あぁ‥‥扉を開けよう」
黒く重苦しい扉の前までたどり着き、ロゼは一旦ゼノを地面に寝かせた。
扉付近で「待て」をしていた犬がくーんと心配そうにゼノに鼻をすり寄せた。
ロゼが扉の取っ手に手をかける。
「っつ!? ちょ、重いっ、来た時はこんなに重くなかったのに!」
扉はここに来た時よりもずっと重くなっていて、フェリクスが一緒に引っ張ってもゆっくりとしか開かない。
キエリもどうにか手伝おうとフェリクスの腰に手をまわして引く。
三人が扉を開けるのに奮闘していると犬が何かに気付き、屋敷の方向に吠え出した。
三人が振り向くとキエリが居た部屋の部分から巨大な黒い塊が膨れ上がったからだを外に投げ出していた。
「うそ‥‥そんなお父様」
「あー‥‥ありゃもう駄目ね」
巨大な黒い塊はぐちゃりと音をたてて地面に落ち、ぐらぐらと揺れると塊の側面から足のようなものがいくつも生えてそれらを動かしてこちらに前進してきた。
「ア、ア、ア、アイジデ」
大きすぎる塊の歩みは遅いが表面には骸骨の顔が浮かび、酷く淀んだ醜い声は三人を焦らせるには十分だった。
「ぎゃっ! なにあれ気持ちわるっ! 殿下、キエリ早く開けましょう!」
三人はより力を込めて扉を開くが三人の焦りも知らないかのように扉はゆっくりとしか開かない。
すると、大怪我をしていたゼノがゆらりと立ち上がった。
「お姉さん! そんな大怪我で動いては駄目です!」
「大丈夫よ‥‥傷は塞いだから。でも、血が出すぎたわね」
「だがしかしっ! あのキモいクソストーカー野郎にやり返さないと気が済まないのよ!!」
ゼノが手のひらを目の前にかざし、大量の魔力を込めると魔力の光が集まり巨大な火球が生み出された。
ゆうにこの場の全員を飲み込めるほど大きな火球は、近くにいるだけで皮膚がじりじりとして焼けてしまいそうだった。
「ゼノちゃーーんファイアーーー!!」
ゼノが火球を黒い塊めがけて放ち、直撃した。
「グギャアアアアアア!!」
火球は黒い塊とさらに後ろの屋敷までをも燃やし、黒い塊は悲痛な叫びをあげてのたうち回っている。
「どうじゃ! これはさっきアタクシを刺した分にキエリを投げ飛ばした分よ‥‥」
ゼノはにやりと笑って言い放ったが、間もなくぐらりとからだが大きく揺れた。
「お姉さんっ大丈夫ですか!?」
キエリがゼノを背中を両手で支え、ゆっくりと座らせた。
「んふふ、キエリは記憶がなくても優しいのね‥‥はぁ、疲れちったから少し休むわ」
「‥‥」
キエリは未だに炎に焼かれてもだえ苦しむ父親を見つめていた。
「お姉さんたちをお父様の欲望に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
「別にアタクシに謝る必要はないし、そもそもアナタが謝ることではないわよ。アタクシはアタクシのしたいことしているだけだから」
「お姉さんのしたいこと?」
ゼノは優しくキエリに微笑みかけた。
「可愛い娘を守ることよん」
後ろの扉が大きくきしむ音が聞こえた。
「やった! 開いたわ。さ、ゼノ、キエリ、行くわよ」
キエリがゼノに肩を貸して、立ち上がった。
ロゼはキエリからゼノを受け取って背負い、フェリクスがキエリの手を握る。
「わんちゃんが帰り道を教えてくれるわ。ついて行って」
「わかった。行こう、キエリ」
「はい‥‥」
キエリが最後に振り返ると父親を苦しめていた炎はすでに収まっていて、巨大であった塊は半分ほどの大きさになってくすぶっていた。




