光へと
暗く、陽がほとんどささない屋敷の二階、一番隅の部屋。
その部屋に近づくほど周りの空気の温度が低く感じた。
この骨を直接撫でるような寒さに、ロゼは覚えがあった。
「ここか‥‥」
部屋の扉にはいくつもの鎖と錠がかけられいて、中にいる者をださんとしていた。
「キエリ! キエリ、中にいるのか!?」
フェリクスの呼びかけに答えは返ってこなかった。
「アルス殿、頼む」
ロゼが錠に手をかけて、ひとつずつ鍵を外していく。
「もう! どんだけ鍵かけてるのよ!」
やっと最後の錠を外し、扉を開くとフェリクスたちの足元に部屋からの冷気がなだれ込んできた。
部屋の中は窓は二重のカーテンで光が遮られ、夜のように暗かった。
ようやく目が慣れてきて、部屋の中を見ると左奥に寝台があるだけだった。
そして寝台奥の脇側、壁と寝台の間に震えてうずくまっている影があった。
その影に気付くとフェリクスが兜を外し、その影に近づいた。
「やっと見つけた‥‥」
影の正体をみとめ、フェリクスに安堵の笑みがこぼれた。
「キエリ‥‥俺の大事な人‥‥こんなに遅くなってすまなかった」
寝台脇の、寝台と壁の隙間で震えていたのはキエリだった。
しかし、キエリはフェリクスたちを見て安心している様子はなく、浅く呼吸をし、恐ろしいものを見るかのようにフェリクスたちを見ている。
そして、震える両手で短剣を握りしめ、その刃はフェリクスに向けられていた。
「いやっ! あなたたち誰ですか!? お願いですから、出ていってください!」
「お父様、お父様助けて!!」
涙を流し、本気で助けを求める叫びをあげるキエリを見て、ロゼは驚きゼノは首を傾げた。
「で、殿下、本当にこの子がキエリなのですか? また偽物なのでは‥‥」
「いいや、もう間違えない。キエリだ」
フェリクスはゆっくりとキエリに近づき、膝を折って視線を合わせた。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離だ。
「キエリ」
「いやっ、近づかないでくださいっ! これ以上近づけばこれであなたを刺しますから!」
キエリは、ぼろぼろと涙を流しながらフェリクスを睨みつけるがフェリクスの眼差しは優しいままだった。
「キエリ、帰ろう」
「触らないでっ!」
フェリクスがキエリに手を伸ばすとキエリは目をつむりながらその手のひらに刃を突き立ててしまった。
その刃は運悪くフェリクスの手のひらの骨の間を抜け、深く刺さってしまった。
刃から血がつたい、床に落ちる。
目を開いたとき血を見たキエリは目が覚めたように後悔が顔に表れ、短剣を持つ手が緩んだ。
「あ‥‥あぁ、ち、がうんです。こんなこと」
「大丈夫だから」
フェリクスがキエリから短剣を取り上げ、左手でそれを引き抜いて部屋の隅にキエリが触れないように投げた。
(手が痺れる‥‥毒が塗ってあったのか。なんて危険なものをキエリに持たせるんだ)
「殿下! 血が‥‥」
ロゼが血が流れ続けるのを見かねてポケットからハンカチを取り出して、フェリクスの手のひらを包んだ。
白いハンカチに赤い血がにじむ。
「‥‥‥ありがとう」
キエリは怪我をさせてしまったことで狼狽えていて、その場から動けずに固まっていた。
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい。違うんです‥‥ごめんなさい」
「大丈夫だから、そんな顔をするな」
フェリクスが無事な左手でキエリの手を宝物に触れるように大事そうに握った。
キエリの肩がびくりと跳ねて驚いたが拒絶はしなかった。
「キエリ、ここから出よう」
「で、る‥‥?」
フェリクスは、傷の痛みと毒で痺れていて背にじわりと汗をかいていたが、心配させまいと優しく微笑んで頷いた。
キエリは、先ほどよりは落ち着いて、静かに泣きながらフェリクスの顔を見つめた。
「あなた達は‥‥あなたはいったい誰なのですか? どうして、怪我をさせたわたしに優しく微笑むのですか? どうして、優しく、変わった名前でわたしを呼ぶのですか? あなたの瞳をみているとこみ上げてくるこの感情はいったい何なのですか‥‥」
「‥‥俺が誰かわからなくてもいい。俺はただ、大事なお前が苦しんでいる姿は見たくないだけだ」
「苦しむ‥‥? わたしが?」
「あぁ、俺は知っているよ。お前は温かな陽の光が好きだ。大好きな友人と話すことも好きだ。歌うことも好きだ。食べることも好きになって、最近は甘い果物のプリンが好きだと言っていた」
「ここは冷たくて暗く、息苦しい‥‥まるでかつての俺の部屋のようだ‥‥ここにいるキエリが幸せそうにはみえないよ」
「‥‥そんなこと‥‥‥そんなはず‥‥知らないです。わたしは今までずっとお父様とここにいて、これからだって‥‥」
キエリが俯き、フェリクスから手を離した。
後ろでじっと観察していたゼノが眉をひそめる。
「ふーむ‥‥キエリは記憶をいじられちゃったのね。時間をかけて治療するか、それともきっかけがあれば‥‥というかまず王子様の傷みせて、治して‥‥」
「あら?」
ゼノが前に歩みを進めようとしたが動かず、しかも腹部に激しい痛みが現れた。
視線を下に向けると、腹部からぎらりと残酷に光る刃が突きだしていて、それは自身の血で濡れていた。
「失敗、しちゃったかしら?」
「ゼノ!」
「お姉さん!」
いつのまにかゼノの後ろには先ほどまでいなかった人物が不気味に佇んでいた。
背中を足で押されて剣の刃が引き抜かれたゼノは前に力なく倒れた。
「お、とうさま‥‥どうして?」
骸骨のマスクを被ったキエリの生みの親は、ため息をつきながら剣についた血を振り払っていた。
「まさか、あなたがいるなんて驚きましたよ。あなたも存外しぶとい人だ‥‥でも、からだは人間に近い。脆いですね」
骸骨のマスクの男はゼノに向かって話しかけているようで、ゼノはうつぶせになったまま首だけを動かして、父親を見るとにんまりと笑った。
「はぁ‥‥アナタみたいな肉っけのない人知らなくってよ。好みじゃないし」
「あなたはずっと僕のことを嫌っていましたね。僕も嫌いでしたが‥‥」
「あなたのしようとしたことは想像に難くない。代償は記憶とそのからだ、といったところですか‥‥哀れですね」
「さて‥‥」
まるで死神のような男が一歩踏み出す。
ゼノの髪を踏んでいたがまったく気にしていない。
「僕の可愛いお人形。さぁ、おいで‥‥そいつらは君を惑わし、僕たちの穏やかな日々を脅かす悪い奴らだ」
フェリクスはキエリを背に隠し、引き抜いた剣を両手で握る。
ロゼが鞄から小さな袋を取り出して身構えつつ、憎しみを宿した目で骸骨のマスクの男を睨みつける。
「ねぇ、あんた‥‥ロゼって魔女覚えてない?」
骸骨の顔がロゼの方を向く。
「あんたが唆した魔女よ! 覚えてるでしょ! 覚えてないって言ってもあたしはあんたの声覚えてるんだから!!」
「あぁ‥‥お前はあの女か、ふふふ、お前は実に愚かで、心も脆くて操りやすかったよ‥‥この男ともども哀れな姿になったのは滑稽だったな」
ロゼはぶちぎれて、ローズピンクの瞳に殺意が宿った。
持っていた袋から取り出した種に魔力を込めると大きな茨が現れて、骸骨のマスクの男を飲み込んだ。
あまりの勢いに茨は部屋の壁も突き破り大穴を空け、この部屋は二階に位置していたので外の景色が遠くまで見えた。
フェリクスはキエリをかばっていたが茨はフェリクスたちやゼノを避けていた。
「お、お父様!」
キエリが父親を心配してフェリクスの腕の間からのぞく。
「殿下! このまま外にでましょう! キエリを‥‥っつ!」
骸骨のマスクの男を包んでいた茨が突然枯れて、灰になり消え去ってしまった。
「部屋も汚れたし、壊されるなんて‥‥実に不愉快だ」
ロゼの足元の影が揺れ動きそこからどろどろとしたヘビが現れ鞭のようにしなり、ロゼの腹を打って外に吹き飛ばした。
「ロゼ!!」
フェリクスが叫んだが幸い意識は飛んでいなかったようで、風の魔法で下に無事に着地していた。
「まったく‥‥僕のお人形、はやくおいで。その男も処分するから‥‥」
フェリクスは、骸骨のマスクの男を睨み、痛みと毒で息が荒かったが剣を握る手に力を込める。
「あの毒はからだの自由を奪うはずなのに、どうしてまだ動くかな‥‥百足のようにしぶとい奴だ。そのおぞましい欲望まみれの手で僕のお人形に触れたのだから、気色が悪い‥‥」
「そうだ、処分する前にその両腕を切り落とそう」
なんとも恐ろしいことをさもいい案が浮かんだかのように軽く呟いた。
「キエリ、俺の後ろにいてくれ‥‥必ず守るから」
後ろからキエリの息をのむ音が聞こえたと思ったら、キエリは立ち上がって父親のもとへと歩みでた。
そして、フェリクスをかばうように立つ。
「お父様、どうかこれ以上この人たちを傷つけないでください‥‥このまま、この人たちを帰してあげてください」
キエリの声は震えていたが、まっすぐ父親を見つめていた。
父親は、深く、深くため息をついた。
「どうしてだ‥‥どうして短時間でこんなにも悪影響がでているんだ‥‥会わせてしまったのが良くなかったね」
「どきなさい」
「で、できません。お父様これ以上他の人を傷つけるのを見たくないです」
父親はキエリの腕を掴むと投げ飛ばし、キエリは床に倒れた。
「キエリっ!」
フェリクスに殺意を持った刃が近づいていく。
「だめっ」
「なっ!?」
キエリが父親の腰に後ろからしがみつき思いきり引っ張ると、父親は後ろにバランスを崩した。
フェリクスがすかさず踏み込み、剣を骸骨のマスクの男のからだの下から上に振り上げた。
剣はわき腹から顔にかけて肉を裂き、骸骨の顔に大きくひびが入った。
(どうにかからだは動いた。幼い頃から毒に慣らされていて助かった。だが‥‥)
しかし、血が流れることはなく、ほとんど手ごたえというものが感じられなかった。
父親は剣を手から落とし、膝を折って頭を抱える。
必死で手で押さえているが、骸骨のマスクはぼろぼろと崩れ落ちていった。
「うぐっ‥‥あぁ」
骸骨のマスクが完全に剥がれ落ちると、見えてきたのは人間とは程遠いどろどろとした黒い塊がかろうじで人間の頭の形をしていて、ぎょろりとした眼球が塊の中でうごめいていた。
「ひっ‥‥お父様」
キエリは顔を青白くさせて、あまりの光景に涙も出なかった。
しかし、どうにか助けられないかと床に落ちているマスクの破片をかき集めようとしたが、破片は崩れて砂のようになってしまった。
「キエリ!」
キエリの父親が動けない間、フェリクスはゼノを片腕で抱えていて、部屋に空いた大穴の前にいた。
そして、手をキエリに伸ばす。
「行こう」
「でも、お父様が‥‥」
フェリクスは静かに首を横に振った。
キエリは唇を噛みしめ辛そうに目を伏せたが、息をゆっくりと吐くと顔を上げた。
立ち上がり、フェリクスの手を握る。
「あ‥‥あ、行くな‥‥僕の、僕だけの‥‥愛する人なんだ」
「お父様‥‥わたしたち、一緒にいるとお互いの息を止めてしまいます‥‥」
「さようなら‥‥」
フェリクスはキエリの手をしっかりと握りしめると、キエリと共に陽ざしの降り注ぐ外へと部屋に空いた穴から飛び出した。
遅刻、遅刻!
でも長いから許してください…
最近毎日投稿ができないですね…




