狂気
キエリは、父親の話しの意図が分からず、不安で瞳を揺らしていた。
「わたしに会うために蘇った? お話しが‥‥わかりません」
「ふふふ、びっくりしてる? そうだよね。人間が蘇るだなんて、あり得ないと思うだろう? でも、できてしまった」
「僕だけが持っている特別なもののおかげさ」
父親はポケットを探ると、小指の大きさほどの小さな石を取り出した。
キエリの瞳の色に似た透き通るような水色で、ほんのりと光る石だった。
「これは‥‥まさか『願いを叶える石』‥‥ですか?」
「おや? わかるのかい? 記憶はなくなると聞いていたが、本能がそうさせるのかな‥‥」
キエリは瞬きながらその輝く石を見て、視線を父に移す。
「お父様はこの石の力を使って、生き返ったのですか?」
「うん、その通りだよ。僕はとても運がよくてね、偶然この石の原石を見つけることができた」
「おかげでこうやって君という存在を作り出すこともできたし、蘇ることもできた」
キエリは聞き逃せない情報をさらりといわれ、息がつまった。
「わたしを作るのにこの石を使ったのですか?」
「君の瞳を作るときに使ったよ。あとは内側にも」
『願いを叶える石』は何か自分と関係性があるとは考えていたが、まさか自分の一部だとは思ってもみなかった。
「この石の名前は『ディナディアラピス』といって、こんな一粒だけでも莫大な魔力を持つ。ただ、これだけ大きい力を持っても、完全無欠の代物ではないがね」
「蘇るのにも条件が厳しくてね。おかげで君を迎えに来るのがこんなにも遅くなってしまった」
「条件‥‥ですか」
「あぁ、器となる生きた人間が必要で、しかも相性もある。まず良い器を探すのに苦労したよ。死んでしまってから、まるで粒子のように世界に漂っていたものだから、できることも少なくてね」
「い、生きた人間‥‥?」
キエリは父親の言っていることが飲み込めず、掠れた声しかでなかった。
「そうなんだ。しかも、よさそうな人間を見つけても、その人間の心を弱らせて壊すところまでしなければ、乗っ取れなくてね。しかも、乗っ取りに成功しても、その後に拒否反応が出てからだが耐えきれないときもあった」
「お‥‥お父様、どういうことですか? わかりません」
キエリは頭では父が一体何をしてきたのかがわかってきたが、心が理解することを拒絶した。
「そういえば‥‥君に纏わりついていたあの男‥‥あいつも実は相性はよくてね‥‥今となっては腹立たしいが」
キエリは心臓がドキリと跳ねて嫌な汗が背を伝った。
「ぼろぼろになってしまった君のことを見つけた時、ちょうどいい器が見つかったと思ったよ。ただ、あの時はあの男も子供だったか‥‥あの時に乗っ取れれば一番だったが、子供のからだは耐えられないし、あの男は周りから愛されていた‥‥おかげで心の隙なんてなかった。忌々しい奴め」
「っ!!」
「だが、あの哀れで愚かな魔女、あれのおかげで呪いをかけられた。ふふっ、あの化け物の姿は実に傑作だったね」
「お父様‥‥お父様がロゼを唆して、フェリクスに呪いをかけたの?」
「そうだよ。でも、どうしてかな‥‥あんな化け物になっても周りの奴らいなくなることもなく、心が砕けなかった。さらには、知らなかったとはいえ、まさか君に邪魔をされるなんてね‥‥」
キエリは、怒りよりも父の底知れない狂気が恐ろしくてたまらず、からだの震えが止まらなかった。
震える唇を何とか開いて、声を絞り出しす。
「‥‥お父様はいったい何人の人々の人生を狂わせてきたのですか? その人たちに申し訳ないと考えたことはありますか?」
「ある」と言ってほしかった。
自分を作り出した人間がこんな人だと思いたくはなかった。
「あるわけないよ。どうして、他人に心を割かなければいけないんだ? 全く、理解できないな」
この人は、ただ自分が気付かなかっただけで、生きている時も本当はこんな人だったのだろうとキエリは思った。
そして、死してもなお変わらないこの人に改心などという希望は抱いても無駄なことを思い知った。
「お父様は、何を望んでいるのですか? 多くの人を苦しめてまで何をっ!?」
「誰にも邪魔されず、君と永遠に、穏やかに過ごしたい‥‥そんなささやかな願いしか抱いていないよ」
ささやかな願いというには、多大な犠牲と大きすぎる欲望が込められていた。
キエリは、ここにいることが耐えられずに椅子から落ちて、這ってこの人から離れようとした。
「どこに行くつもりだい?」
「もう、耐えられません‥‥フェリクスのところに帰ります」
「何を言っているんだい? あの男のところにはもう代わりをやったのだから、君の居場所はあの男のところにはないよ」
「そんなことないです。フェリクスは絶対に気付いてくれます! だって、だって、あの人はわたしのことを放さないと約束してくれたもの!」
キエリは部屋の扉までたどり着き、よじ登ってノブに手をかけるが、からりと音をたてるだけで扉は押しても引いても開かない。
「はぁ‥‥本当にあの男から悪影響ばかり受けている。君はこんなにも僕を苛立たせるような子じゃなかったのに」
彼が指をくるりと回すと、床から黒いどろどろしたヘビが何匹も生えてきて、キエリを縛り上げて無理やり立たせた。
「いやっ! なっ、にこれ‥‥」
彼は立ち上がり、キエリの前に来ると、キエリの顎を上げて暗闇の続く瞳の穴からキエリを覗く。
「僕は優しいからね。選ばせてあげよう」
「僕と永遠にここにいると誓うか、あの男の元に戻るか‥‥」
「だが、あいつを選べば再びあいつに死の呪いをかけてやる!!」
「何度も何度も何度も何度も何度も‥‥血反吐を吐かせて、苦しめてからあいつを殺してやろう!!」
「さぁ、選べ!!」
キエリは、自分の父親への悲しみ、そして何よりも愛する人へ危険が及ぶことが恐ろしくて、ぼろぼろと水色の瞳から涙が流れた。
「‥‥‥」
「‥‥‥っ」
「‥‥‥約束、します‥‥‥お父様とずっとここにいると約束するので、フェリクスにはもう手をださないで‥‥」
彼は満足したようにキエリの頭を撫でた。
キエリはその後別れの手紙を書かされ、その手紙に指輪を添えさせられた。
こんなことをすればイラの正体はすぐにばれてしまうのだが、そんなことは彼にとってどうでもよいことだった。
それよりも憎いフェリクスに絶望を味あわせる方が大事で、そもそも彼の中ではそうする予定だった。
手紙を書き終えた自分の人形の頭を優しく撫でる。
「うん、正しい決断をしてくれて僕は嬉しいよ。昔のように穏やかに暮らそう」
「はい、お父様‥‥」
「それにはもうひとつ‥‥あの忌々しい男の記憶を消さないとね」
人形は、驚いたように目を見開いたが返事を聞く間もなく、すでに記憶を塗りつぶす魔法をかけた。
魔法の衝撃が強く、気絶してしまい、抱きとめた。
「やっと取り戻せた‥‥これで元通りだ。永遠に僕のものだよ、僕の可愛いお人形」




