おしおき
胸くそ注意です。
イラの部屋はキエリが人形だった頃とは家具の趣味が当然のことながら変わっていた。
部屋にはぬいぐるみや人形はなく、そのかわり香水や豪華な衣服、アクセサリーなどが散乱して、そのありさまにイラは気にしていないようだ。
「あの、見せたいものって?」
「まずはここに座ってください」
イラは、ドレッサーの前の椅子に座るように促した。
キエリは、疑問に感じながらも大人しく座った。
イラは、奥の寝室から両手で持つくらいの大きさの箱を持ってきて、それをキエリの前に置いた。
不思議そうにイラの顔を見るキエリに、イラはにこりと微笑んで開けてみてください、と言うだけだった。
キエリがその箱を開けると、その箱の中には、人形用の服が入れられていた。
「なんで‥‥?」
キエリは、一気に冷や水をかけられたように、驚きで声とからだがこわばった。
その服に見覚えがあった。
震える手でその服を取り、イラの顔を見た。
突然イラは、泣きそうな顔をしてキエリに抱き着いてきた。
「!!」
キエリはイラの行動に息をのむ。
「ごめんなさい。あなたはあたしのお人形だったのでしょう? ちゃんと覚えているわ、だって、あなたはあたしのお気に入りだったから」
「‥‥っなんで、そのこと?」
キエリは状況が飲み込めなくてひどく混乱し、うまくイラの言葉を理解できないでいる。
「あの時は、メイドが間違えてあなたを捨ててしまったの。あたしは、捨てたくなかったのよ。あの時どんなに泣いたことか‥‥」
イラの顔はキエリから見えないが、鼻をすする音が聞こえた。
キエリはこのあり得ない状況に思考が正常に働かなかった。
だが、ずっとききたかった質問が喉元まできてしまっていた。
「本当に? わたしに飽きたんじゃ、嫌いになったんじゃないの?」
イラがぎゅっと痛いくらいに強くキエリを抱きしめる。
「まさか! そんなことないわ。あたしはあなたのこと大好きだったもの」
ゆっくりイラはキエリから離れる。
キエリの肩を持つ手はかすかに震えていて、イラはまるで心が引き裂かれたように辛い表情を見せる。
涙ぐんでいて、目が赤くなっている。
「ねぇ、わたしのお人形さん。許してくれるとは思わないわ。でも‥‥」
「いいよ」
キエリは泣きそうな声で小さくつぶやいた。
「え?」
「いいよ。わたし、今とっても幸せなの。確かに、あの時はとても寂しかったけれど、今は周りに大好きな人達がいてくれる。今日ここに来たのはただ、あなたがどんな人かもう一度見ておきたかっただけ‥‥」
「だから、もう、昔のことはいいよ‥‥」
イラの顔に先ほどの悲しみが嘘のように明るさが戻る。
「ほんとに!? ほんとにあたしを許してくれるの? ありがとう!」
くるりと、座るキエリの後ろにイラが回り込み、いつの間にか持っていた櫛をかがみ越しにキエリに見せた。
「お願いがあるの、また、あの時みたいに髪を梳かさせてくれない? あたし、あなたの銀色のふわふわした髪、大好きなの」
「え?」
「さ、まっすぐ向いて」
イラは、くいっとキエリに両手で鏡の方向に向かせて、櫛で髪の毛を梳かしだした。
キエリは、イラの突然の行動に驚いたが、懐かしさが心地よく思えてイラの行動を許してしまい、さらにイラはキエリの考える隙を与えないように、ずっと、話し続けている。
「お人形遊びなんて久しぶり。人間の姿でも、ふわふわな髪の毛のままなのね。着せ替えもしてきたくなっちゃう」
さすがに、少しだけ冷静になってきたキエリは当然の疑問をイラに投げかけた。
「ねぇ、どうして、わたしが人形だって知ってるの?」
少しだけイラの手が止まったが、また髪を梳かしだした。
「ある人から聞いたの。魔法を使う人」
(魔法を使う人、でわたしの正体を知っている人はゼノかロゼ、あとはクイナくらいしかいない。でも、みんなだったらわたしに話してくれそうだし、なによりイラと会うことなんてあるのかな‥‥?)
「ねぇ、その人の名前は?」
「そんなのいいじゃない! 今、こうしてまた会えたんだから。それよりも、お城での生活はどう? 毎日、豪華なドレスとか宝石とか身に着けられるの?」
イラは無理やり話題を変えたようにキエリは思えた。
「豪華‥‥なのよりも落ちつたドレスの方が好きだし、宝石もそんなにつけないかな。フェリクスにもらった、指輪くらい」
キエリは自分の左手の薬指に視線を落とした。
そこにはフェリクスの瞳の色と同じ琥珀色の宝石が控えめながらも温かく輝いている。
(フェリクス‥‥)
キエリは、そっと右手でその指輪に触れた。
「いたっ!」
キエリは視線が下に向いていたのが、痛みと共に無理やり上に向かされた。
「ごめんなさい! 久しぶりだから、力の加減ができなかったわ」
イラは、焦った口ぶりで謝罪し、本当に申し訳なさそうにしている。
「さ、もうちょっとだから‥‥前、向いて」
また前を向かされたキエリは、言い難い不安がふつふつと湧いてきた。
そんなキエリの心配をよそにイラはひとりで語りだす。
「あたしはね、今までいろいろあったのよ。限定物のバッグが買えなかったり、お気に入りのドレスが破れたり、あとは男、あいつあたしを振ったのよ。許せない。それに、パパも最近商売がやりにくいってぼやいてたし、このままじゃあたしのお小遣いも減らされちゃう」
キエリは突然の訳の分からない話に困惑してる。
イラが鏡越しにキエリと目があった。
「ウフフ、何の話って思ってる? だって、あなたが幸せそうな話するから、あたしがどんなに不幸か教えてあげようと思って。あなた、お人形なのに、あたしよりずっと幸せなのね」
イラの目が凍り付きそうなほど、ゾッと冷たく、暗くなっていく。
キエリは危険を感じて立ち上がろうとした瞬間、首にチクっとした痛みが走り、急にからだに力が入らなくなり、床に無抵抗に倒れた。
「な‥‥に?」
「スゴイ! 効き目ばつぐーん♡あはは! ほんっと無様ね」
キエリがかろうじて見上げると、イラが小さい針を持っていた。
(まさか、毒?)
イラがキエリの髪の毛をぐっと掴んで頭を持ち上げる。
「い‥‥あ‥‥どう、して‥‥イラ」
「どぉして? そんなのあんたがむかつくからよ! あたしがこんなに不幸な目にあってるていうのに、何のうのうと幸せ味わってんのよ! このクソ人形が!」
イラの顔がどんどんいびつに歪んでいく。
キエリの顔は困惑と恐怖、そして悲しみに包まれていく。
「いーい顔ねぇ。あたし、他人のそういう絶望した顔だぁーい好き♡あぁ、あの方が止めなきゃ、もっといじめてやったのに。でも、こんな目にあわせろって言ったのもあの方だけどね。ホント変わってるわ」
(あの方‥‥?)
そんな会話をしていたら、ある人物が突然部屋に現れた。
床に倒れていたキエリは空気が酷く冷たくなったのを感じて、からだの芯から震えた。
「また、会えたね‥‥」
「あ、あなた‥‥は‥‥どうして、こんな」
キエリは、頭を持ち上げられなくて、その人物の顔を見ることができなかったが、その声には聞き覚えがあった。
あの骸骨マスクの男性だ。
「困惑してる? お話しは後でね。さ、イラ、行きなさい。あの愚かな男のもとへ」
「ウフフ、はぁーい」
見えていたイラの足元とドレスの裾が瞬時にして変化した。
それはまさにキエリが今着ているものと全く同じであった。
再びイラがしゃがみ込んでキエリの顔を持ち上げ、視線を上げさせる。
そこには、まるで鏡のように自分と同じ顔があった。
「う、うそ‥‥わたし?」
「そ、魔法で変えていただいたの。あぁ、これからはすっごく贅沢な暮らしが待ってると思うとたまらないわぁ」
「それにあの見目麗しいフェリクス様♡ あたしがもらうわね。あ、わたしに言い方かえないとね」
キエリは、今まで感じたことのないほどの怒りで全身に沸騰するくらいの血が廻った。
今すぐに掴みかかってイラを張った押してやりたかった。
こんなにどす黒い感情を抱いたことがあっただろうか。
「フェリ‥‥クスは、あなたなんかに‥‥」
「あっ、ごめんなさいね、もう行かないと。じゃ、さようなら哀れなお人形さん」
イラは、キエリから手を離し、上機嫌で部屋から出ていった。
キエリは悔しさで唇をぐっと噛んで、血がにじんでしまいそうだった。
「傷ついたかい? 悔しいかい? でも、これは全て君がまねいた結果なんだよ」
骸骨マスクの男性がゆっくりとキエリに近づき、抵抗のできないキエリを横抱きにして持ち上げた。
「さ、邪魔者はいない。少し話そうか」
イラに対しての怒りで全身が熱かったはずのキエリの体温が、骸骨マスクの男性に触れられた途端に一気に低くなった。
(っ‥‥フェリクス!)




