あなたに会えたから
人形は女の子買われた後、ブラッタ家の屋敷で楽しい時間を過ごした。
女の子は、人形の銀色の髪の毛を梳かしたり、着せ替えしたり、他のぬいぐるみや人形とおままごとしたりした。
ただ、おままごとの相手は入れ替わりが激しかった。
楽しい日々はすんなりと終わりを告げる。
日に日に、女の子の人形に対する扱いは雑なものになっていった。
遊び終わったらガラスケースにしまっていたのが、床に無造作に置かれ、どんどん部屋の端へ追いやられていった。
そしていつしか、女の子は人形と遊ぶことが全くなくなった。
女の子の腕には、新しい人形が抱かれていた。
人形は部屋の隅っこで、誰にも届かない独り言を呟いた。
(わたしも他の子たちのように飽きられてしまったのね‥‥いつかは、来ると思ってたけれど)
固い人形の瞳からは、涙は流れることはなかった。
遊ばれなくなってから数日。
人形にとって恐ろしい日々が続いた。
女の子には乱暴者の兄がいて、ときたま女の子の部屋に来てはそこらへんに置いている人形やぬいぐるみにいたずらというには酷く、鋭い刃物で傷つけるというのを繰り返していた。
単にストレス発散なのか、いたずらをして大人の気を引きたいのか理解しがたい。
今日はすぐ隣のぬいぐるみがやられた。
次は自分かもしれないと思った。
そして、その日がやってきて、人形の顔は無残に切り裂かれた。
痛みはない、なんとも思わないはずだったのに、心がとても重く感じた。
ブラッタ家のメイドが女の子の部屋に入って、掃除を始めた。
「はぁ、今日はここに積み上げられてるやつね。まーったく、こんなに買うんだったら、あたしの給料を上げてほしいもんだよ」
不満をぶつぶつ言いながら、女の子が遊ばなくなったぬいぐるみや人形を黒い袋に乱暴に放り込んだ。
そのなかに、あの人形もいた。
外は雨が降っており、黒い袋を抱えたメイドは急ぎ足で馬車に向かい、馬車の御者の男性に袋を渡した。
「じゃあ、これ今日の分。頼んだよ!」
「あいよ」
そして、メイドは走って屋敷に戻って行った。
この御者はこの屋敷でごみ捨てをする役目だ。
屋敷の外に出た時に、町のてきとうなところにゴミ袋を放り投げる役。
真っ暗な袋の中で人形は、同じく暗く見えない未来を憂いていた。
馬車が出発し、人形たちは酷い揺れに襲われた。
やっと停まったかと思えば、馬車から袋が離れ、目が回るくらいに袋の中がごちゃ混ぜになった。
どうやら袋が空中に放り投げられたようだ。
地面に思い切り当たった衝撃が袋全体にはしった。
少しだけ袋の口が開いており、空から大きな雨粒が人形の頬に落ちた。
その後も人形は散々な目にあった。
野良犬に咥えられ、両腕をもがれ、馬車には泥水をかけられ、通る人に蹴飛ばされた。
ぼろぼろになった人形は世界に絶望していた。もう、意識があることが辛く感じた。
(あぁ‥‥どうしてわたしにはまだ意識があるのかな‥‥はやく消えてなくなってしまいたいのに‥‥)
人形が絶望してこの世から消えてしまいたいと願ったその時、目の前に黒髪の可愛らしい男の子が現れた。
男の子は、きれいな琥珀色の瞳で人形をじっと見ていた。
(この子もわたしに酷いことしようというの? もう嫌)
すると、男の子は、すっと手を人形に伸ばし、優しく抱きかかえた。
(!!)
人形はこの優しく抱く腕の感触を思い出した。
(あ‥‥)
「フェリクス‥‥わたしの好きな人」
「キエリ‥‥」
大切なひとの存在を感じられ、夢にどっぷりと浸かっていたキエリは次第に意識を取り戻し始めた。
キエリは、長い夢から覚めると涙を流していた。
(夢? でも、あれはわたしの過去‥‥また見ちゃったんだ。お父様のことまで‥‥どうして何度も見てしまうの)
まだ、朝日は昇っておらず、外は暗闇に包まれている。
涙を拭い、横を見ると、キエリにとってこの世で一番大好きな人が静かに寝息をたてている。
「ちゃんと、向き合わないと‥‥」




