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【完結】呪われた王子と幸せにしたい少女  作者: Nadi
三章

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お父様

 キエリは、フェリクスに抱きしめられながら寝台で横になっていた。


未だに夢の感覚が抜けることがなく、からだが冷たく感じたが、フェリクスがゆっくり背中を撫でて、大丈夫と優しく声をかけてくれて、だんだんと冷たさがなくなり温かさに微睡んだ。


 「フェリクス‥‥」

 「ん?」

 「ありがとう」

 「いいよ」

 「‥‥フェリクス‥‥大好き。わたしを放さないでね」

 「あぁ、何があっても放したりはしないさ」


キエリは目を閉じて、再び夢の中に沈んでいった。


 キエリはやけにはっきりとした、懐かしくも冷たく、切ない夢を見ていた。


 暗い工房には、いくつもの人形の手足、胴体、眼球、髪の毛が吊り下げられていた。


ひとりの人形師の男性が今まさに一体の人形を完成させたところだった。


銀色の髪と透き通った水色の瞳、淡いの水色のドレスを着た美しい人形。


 「さぁ、できたよ。僕の可愛いお人形。君は今日から僕だけの一輪の花だ。僕だけの‥‥」


そういって微笑みながら人形の頭を撫でる手は優しいものの、視線には男性の隠しきれない支配欲が漏れ出していた。


生みだされたばかりの人形は動けるはずもなく、男性の撫でる手を静かに受け入れていた。


意識がはっきりとしない人形は、男性の後ろに、自分に似た砕かれた頭や腕がない作りかけで捨てられた状態の人形が大量に積み上げられていることを認識することさえできなかった。


 人形師はこの人形を片時も放さなかった。


彼が仕事をするときは隣に椅子を用意して人形を座らせて、ときたま頭を撫でたり、話しかけたりしていた。


 人形はふと、自分を生み出した男性が会話することを望んでいることを理解した。


理解した人形は動かない口から自分のできる精一杯の声を出してみた。


 (お‥‥さ‥‥)


仕事をしていた人形師が手を止め、人形を凝視する。


目がギラギラとしていて、何かの期待に満ちていた。


 (お‥‥とう‥‥さま)


人形師が椅子から崩れ落ちて、おおつぶの涙を流しだした。


そして、震える両手が空中を仰ぐようにしてとまる。


人形師は、人形にもう一度声を聴かせてくれとせがむ。


 (おとうさま)


その人形は他の人形と違い言葉を伝えられた。


 それから長い間、人形と人形師の男性は同じ時を過ごした。


一緒にお茶を飲み、眠るときは人形専用の部屋が用意されていて、人が眠れるくらいの大きさの寝台に人形は寝かせられた。


その部屋から人形が逃げ出せるわけがないのに、扉にも窓にもいくつもの鍵がかけられた。


人形はふんわりとした意識を持ちながら、異様な状況であるにもかかわらず、何も感じることはなかった。


 時の感覚がなかった人形は、どれだけの時が経ったのかはわからなかった。


ただ、人形師の男性の形状が変化してきているのは理解できた。


 人形は屋敷から外に出たことはなかった。


しかし、外がどんなにいいものかは知らなかったので、気にはならなかった。


他の人間も見たことがなかった。


他の人間が人形師と人形が暮らす屋敷に来たことはあったが、その際は必ず人形師が誰にも見られないように人形を部屋に置いて、部屋に鍵をかけた。


しかし、ある日、それは崩れてしまった。


いつものようにお茶を飲んでいるとき、人形師が外から物音が聞こえ席をはずした。


それを見計らったように見知らぬ男性がお茶をしている部屋に入り込んできた。


 (だれ? だれ?)


人形の声は、見知らぬ男性には聞こえていないようだった。


見知らぬ男性は、人形を軽くひょいと持ち上げ、隅々まで吟味するように見てきた。


 (いや、いや、おとうさま!)


人形の叫びにこたえるかのように、人形師が外から急いで帰ってきて、見知らぬ男性をものすごい剣幕で怒鳴りつけた。


慌てた見知らぬ男性は人形をおろし、そそくさと帰って行った。


人形師は、今までに見たことがないほど目が血走っていた。


その日から、人形師はお茶の時間をやめた。



 ある日から、いつまでたっても人形師が寝台に寝かせた人形を取りに来なかった。


 (おとうさま、こない)


突然、扉の方から乱暴に開けようとする音が響いた。


ガキンというひときわ強く金属同士がぶつかり合う音がした後、扉が開かれた。


あのとき見た見知らぬ男性と、他にも何人かの男性らが部屋に入ってきた。


 (おとうさまじゃない)


見知らぬ男性は人形をあの時とは違って丁寧に持ち、用意していたガラスケースに人形を入れた。


 (やめて、おとうさま、どこ? やだ! おとうさま! おとうさま!)


人形の叫びは誰に届くことはなく、さらに大きな鞄にしまわれて運ばれていった。



 それからは、目まぐるしく景色が変わった。


オークション会場で競りにかけられ、買われて馬車に乗せられたが、途中不良の青年たちに持ち主は嵌められて人形は盗まれ、その後質屋に売られ、巡り巡ってあるお店にたどりついた。


 人形は、ガラスケースに大事に入れられてから、ほとんどケースから出されることがなかった。


人形は、ガラスケース越しにいろんな人を見てきたおかげで、どんどん知識が増え、いままで虚ろだった意識がはっきりしだした。


 (この世界には、いろんな人がいるのね。人って面白い。どこかにわたしと遊んでくれる人もいるのかな?)

  (お店にいた他の子たちは、買われた時とても嬉しそうだった。わたしにもその時がくるのかな?)


 お店の扉が今日も開く。


ぱらぱらとお客さんが入っては買い物したり、見るだけだったりをして出入りしている。


そして、この日は人形にとって特別な日となる。


 「パパ、あたしこのお人形ほしい!」


ひとりの小さな女の子が人形が入っているガラスケースを覗き込んでいる。


後ろからふくよかな女の子の父親がにこにこしながら女の子に話しかける。


 「はっはっは、このあいだ買ったばかりなのにまた新しいのが欲しくなったのかい?」


女の子が父親の方を向いて、地団駄を踏む。


 「だって、あのお人形はもう一月(ひとつき)も遊んだのよ! 古いもん! 新しいのがいい!」


父親は女の子を宥める様に両手のひらを上げて、どうどうとした。


 「もちろん、買ってあげるさ。だから、機嫌をなおしておくれ」


それを聞いた女の子は、ぱぁっと表情が明るくなって、父親に抱き着いた。


その後、父親は店員を大声で呼びつけ「おい! この人形を包んでくれ」と高圧的な態度をとっていた。


こうして、人形はブラッタ家の娘の所有物となった。

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