何者か
キエリはメレから聞いた戦争の話しが気になり、城に帰ると歴史書を書庫から引っ張り出して読み漁っていた。
もしかすると、メレの祖母が手にした不思議なネックレスの石の存在について書かれていないかと淡い希望もあった。
(大きな戦争‥‥確かにある。大陸全土を巻き込むほどの戦争‥‥すごいときにメレさんのおばあさまは暮らしていたんだ)
(それにあの石、どこで手に入れたんだろう‥‥わたしと同じ魔力を持つ石)
キエリは指先で文字をなぞっていく。
(そもそも、この戦争が起こったのは‥‥他国による王族の暗殺。しかし、不審な点が多く、実際は同王族によって暗殺に見せかけたという意見も‥‥歴史研究家によって意見は分かれる)
キエリは、血で血を洗う争いばかりが書かれた歴史書を見ていると気分が悪くなってきた。
キエリは寂しさを感じて心まで冷えていく感覚がした。
「どうして、同じ人間なのに‥‥人間だからか‥‥」
(‥‥望みの果ては血で濡れるか‥‥それでもわたしは)
「え?」
自分のものとも思えない考えが頭に一瞬浮かび、キエリは動揺して瞬きを繰り返す。
(なんだか、一瞬‥‥自分じゃないみたいに)
キエリは恐ろしく感じて、急いで本を棚に戻して書庫をあとにした。
キエリは、行儀が悪いと言われるのでいけないと思いながらも早足でフェリクスのもとに向かった。
早くフェリクスの元に着いて、抱きしめて名前を呼んでもらわないと自分が自分でなくなるような不安に駆られていた。
(フェリクスっ、フェリクス!)
心臓は、不安な鼓動を強く速くならしていた。
しかし、キエリはフェリクスのすぐ近くまでたどり着いたが、フェリクスは貴族たちと会談しており、今すぐ会えるような状況でなかった。
フェリクスの胸に飛び込みたかったがキエリの理性がそれをぐっとこらえさせた。
(だめだ‥‥落ち着いて、どうしたというの?)
(大丈夫、大丈夫だから‥‥今は彼の邪魔はしてはいけない)
深呼吸して落ち着こうとしたがそれでも不安は消えることなく、一人になれる場所を探して庭園へと向かった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
(苦しい、どうして?)
キエリは、潰されるような感覚がする胸を押さえながら庭園を歩いていた。
庭園には、寒くなってはきたが、それに合わせた草花がきれいに植えられている。
しかし、それに目を向ける余裕がキエリにはなかった。
とにかくひとりになりたくて、ひたすらに足を動かした。
「うっ‥‥」
ひときわ強く心臓が鷲掴みにされた感覚に襲われて、キエリはその場に座り込んだ。
「いやっ、いやだ‥‥‥お願い、わたしは‥…」
キエリは、悲しいはずがないのにぽろぽろと涙が水色の瞳から流れてきた。
「フェリクス‥‥‥」
「どうしました、お嬢さん?」
「っつ!」
聞き覚えのある声と口調だった。
振り返ると、そこにいるのはおかしいはずのあの骸骨のマスクを被った紳士がいた。
「あ‥‥あなたは‥‥」
骸骨のマスクの紳士はキエリの目の前まで歩いてきて、膝を折ってキエリに視線を合わせる。
視線を合わせると言っても、骸骨のマスクに瞳はなく、ぽっかりとあいた暗闇があるだけだった。
「どうしました?」
「‥‥‥」
突然現れた彼にどう話していいかもわからず、キエリは固まっていた。
すると、骸骨のマスクの紳士はそっと手を伸ばし、キエリの頭を撫でて、その手はゆっくりと下に向かい、キエリの頬を包んだ。
キエリはその行動とその手の冷たさに驚いて肩がびくりと跳ねた。
「迷っているんでしょう? 自分が何者かで」
「え‥‥あ‥‥」
キエリは意味のない音しか口から出なかった。
しかし、そのとおりだと思った。
(そうだ‥‥あの変な考えがわたしの頭の中に響いたときから、自分が自分じゃないみたいに感じて)
(それが、とても怖くて‥‥)
「わたし‥‥わたしは‥‥」
「本当の君は何者だい?」
冷たい声がキエリの頭に侵入してくるようだった。
「‥‥っつ」
その冷たさが心にまで伝わりそうになったが、キエリの頭には温かく微笑むフェリクスの顔が浮かんだ。
震える指先で左手の薬指の指輪に触れた。
「わたしは‥‥キエリ、です」
「‥‥‥‥」
表情が全く分からなかったが骨の芯まで凍えてしまうほどの憎悪が骸骨のマスクの男性から溢れ出ていた。
「どうしてかな‥‥‥」
彼は立ち上がるとその姿が揺らぎ、その場から消えてしまった。
その姿を見たのを最後にキエリの意識は途絶えた。
「――――エリ」
「キエリ!」
キエリが目を覚ましたのは寝台の上だった。
すぐ傍には、心配そうにキエリの手を握るフェリクスがいた。
寝台の周りにはグイスやクイナ、エレドナにコンゴウと友人たちもいる。
「フェリ‥‥クス、みんなも‥‥」
「あぁ、よかった。庭園で倒れていたのを見つけた時は心配でどうにかなってしまいそうだった‥‥」
フェリクスはしっかりとキエリの手を握り、もう片方の手で優しくキエリの頬を包んだ。
その温かさが心を安らげてくれて、キエリはフェリクスの手にすり寄った。
「フェリクス、お願い。抱きしめて」
いつもならみんなの前だと恥ずかしがるキエリが不安そうに震える声でフェリクスに願った。
フェリクスは、横になっているキエリの背にそっと両腕をまわしてキエリを抱きしめた。
キエリもフェリクスの背に手をまわして、しがみついた。
その手も震えていて、体温は低かった。
「名前‥‥呼んで、おねがい‥‥」
「キエリ‥‥」
「もう、いっかい‥‥」
「キエリ」
フェリクスは混乱しているキエリを安心させようと穏やかにその名前を呼んだ。
キエリは、ぽろぽろと涙を流し始めたが落ち着いてはきているようで、そっとフェリクスを離した。
「ごめんなさい、みなさん。取り乱してしまって‥‥」
エレドナがフェリクスとは反対側からキエリの顔を心配そうに見て、優しく頭を撫でてくれた。
「あぁ、もう心臓が止まっちゃうかと思ったわ。でもよかった。気分はどう?」
「少しだけ、寒いです‥‥」
エレドナがキエリの額に触れる。
「熱があるのかしら‥‥お医者様にお薬をもらいましょう」
キエリが部屋を見渡すと友人たちの他にも医者がいて、診察の準備をしている。
本当に心配をかけてしまって、申し訳なさで胸がいっぱいになってきた。
「少し、眠ったら大丈夫ですから‥‥」
「キエリ」
キエリが視線をフェリクスに向けるとフェリクスは優しさに溢れる眼差しで自分を見てくれていた。
「みんなキエリのことが大切なんだ。だからキエリが辛い目にあえば同じように辛い」
「だから、ちゃんと休め。なにも心配することはないから」
コンゴウやグイス、クイナもエレドナも優しい眼差しでキエリを見てくれていた。
キエリは、フェリクスたちの優しさに再び泣きそうになったが、静かにこくりと頷いた。
安心すると瞼がひどく重く感じて、目をつむるとゆっくりと眠りに落ちた。




