冷たい懐かしさ
「クイナ、大丈夫?」
「う、ん‥‥ごめんね僕のせいで追い出されちゃって」
外に追い出された四人は、机やいすが置かれて休憩スペースになっているところで一休みしていた。
クイナは相当ショックだったようで机に突っ伏してしまって、キエリが心配そうに背中を撫でていた。
「いや、気に病むことはない。あれはグイスが悪い」
「なっ、オレは投げられた方だぞ!」
「うん、グイスは反省しなさい」
不貞腐れていたグイスだったがキエリとフェリクスに睨まれて結局折れた。
「す、すまなかったな‥‥その、からかいすぎた」
クイナはげっそりとした顔を上げて、じっとグイスを見た後、しゅんとなって頭を下げた。
「こっちこそすみませんでした。その、驚いてそのまま投げてしまって」
「いいよ‥‥」
「うん! 二人ともごめんなさいが言えて偉いね」
キエリがにこにこと笑顔でまるで母親が子供を褒めるようにクイナとグイスの頭をそれぞれ撫でた。
「おぉ、お前はおふくろかなんかかよ‥‥」
「キエリ、これはちょっと恥ずかしいかな‥‥」
二人とも恥ずかしさで顔を真っ赤にして、湯気まで出てしまいそうだった。
「ふふっ、ごめんね。二人が小さい子供みたいに見えたんだもの」
キエリは無邪気に笑っていたが二人はたじたじになっていた。
グイスが大きくため息をついて頭をガシガシとかく。
「はぁ、こんな大の大人が子供見えんのかよ‥‥あーぁ、なんか腹減ってきた! 飯買って来るぞ。キエリは席取りしとけ」
「わかった」
グイスとクイナが席をたち、フェリクスも立ち上がる。
「キエリは何か食べたいものあるか?」
「えっと、かぼちゃのパイ、食べてみたいな」
「わかった、あと‥‥」
フェリクスの顔が近づき、キエリがどきりとして固まっているとそっと耳打ちをした。
「グイスやクイナと少し距離が近すぎたな‥‥今日の夜は覚悟してくれ」
キエリは、顔が真っ赤になりながら心の中でしまった!と後悔したが遅かったようで、フェリクスはにこりときれいな顔で微笑んだ。
こういう時はもう観念した方がいいことをキエリはもうすでに学んでいた。
「じゃ、ちゃんとここで待ってて、へんな男に話しかけられても無視すること。キエリ、お前は愛らしいのだから、すぐに‥‥」
「わかった! わかったから行ってきて!」
キエリが背中を押すとフェリクスはやっと動いてくれて、三人は人ごみの中に消えていった。
一人になったキエリは反省会を心の中で開催していた。
(しまったなぁ、どうしてもグイスやクイナとか、お友達相手だと気が抜けちゃう。こんなんじゃずっとフェリクスを心配させてしまう‥‥)
(反省‥‥)
キエリは、机に突っ伏して、三人が戻って来るのを待っていた。
すると、キエリの耳に子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
キエリが顔を上げて辺りを見渡すと、人ごみの間に幼い男の子が泣いていた。
(あの子‥‥迷子かな?)
キエリは、鞄から紙とペンを取り出して、フェリクスたち宛に簡潔に状況を書いて机の上に置いておいた。
キエリは急いで子供のもとに駆け寄り、膝をおって子供の視線に合わせる。
「こんばんは、そんなに泣いてどうしたの?」
「ううぅ、ひっぐ、うああん」
「大丈夫、大丈夫よ。ゆっくりお話しして」
キエリが優しく男の子の背中を撫でると少しずつ落ち着きを取り戻した。
「誰と一緒に来てたの?」
「おかあさん‥‥」
「そっか、どこではぐれちゃったか覚えてる?」
男の子は、心もとなそうに首を横に振った。
多くの人が行きかう中、いつの間にかはぐれてしまったのだろう、男の子は不安そうでまた涙がぼろぼろと落ちてきた。
「大丈夫、わたしが一緒にお母さんを探してあげる」
「ほんと?」
「うん、わたし、キエリって言うの。あなたのお名前は?」
「アクイラ‥‥」
「かっこいい名前ね! じゃあ、アクイラ、お母さん探しに行こ」
アクイラはこくりと頷いた。
キエリがアクイラの鼻水と涙でぐしょぐしょになった顔を拭いてあげて、アクイラを持ち上げて抱っこしてあげた。
(ゔ‥‥子どもってこんな重くなるんだ。でも、こうした方がお母さんを見つけやすいよね)
「よし、行ったところを順番に見ていこうか。それと騎士団の人に伝えて一緒に探してもらおう」
「うんと、さっきお母さんと一緒に行った場所って覚えてる?」
「こわいおばけ、がいた」
「お化けかぁ‥‥今いっぱいいるからなぁ」
「こわいおうちにいた」
「もしかして、お化け屋敷かな?」
アクイラはこくこくと頷いた。
「よし! じゃあ、お化け屋敷に向けて歩きながらお母さんを探しに行こう」
キエリはアクイラを抱っこしながら、お化け屋敷方面に歩き始めた。
「アクイラのお母さーん」
「おかあさーん」
母親を呼びながら歩いているが母親の姿はなく、時々歩く人がどうしたのと話しかけてくれて、事情を説明すると母親を見かけたら教えておくと言ってくれた。
しばらくしてお化け屋敷の前まで来た。
「おかあさん‥‥」
母親と出会えていない不安で再びアクイラが涙目になった。
「大丈夫よ。たくさんの人が助けてくれたし、もうすぐ見つかるよ」
キエリは、アクイラをあやすように抱きしめた。
「どうしました、お嬢さん?」
声が聞こえて、キエリが顔を上げると骸骨のマスクを被り、きれいな紳士服に身を包んだ男性がいた。
キエリはどうしてか足元が寒く感じた。
(か、被り物だよね? 本格的だな‥‥)
「うあああん! おばけ!」
アクイラが骸骨のマスクに驚いてキエリにしがみついた。
「あぁ、すみません少し怖かったですか? 僕は人を驚かせるのが好きで、つい本格的なものを選んだのですが、子供には怖いですよね」
男性は骸骨のマスク越しに困ったように笑った。
「い、いえ‥‥実はこの子の母親を探していて」
「母親‥‥なるほど、お手伝いしましょう」
「本当ですか?」
キエリは、親切にしてくれているのに少し驚いてしまって申し訳なく思った。
骸骨のマスクの男性が人差し指をたててくるりと回すと黒く輝くうっすらとした炎が指先からでた。
「あなた‥‥魔法使いですか?」
「えぇ、でも、僕の魔法なんてちょっとしたことにしか使えませんがね」
「失礼‥‥熱くないですからね」
男性が炎が出た指先でアクイラに触れた。
「あるべきものはあるべき場所へ‥‥ね」
キエリはその黒い炎がどうしてか冷たく思えた。
男性が指を離すとその炎が蛇のように伸び、人ごみの中に入っていった。
「あ、あの‥‥」
「大丈夫ですよ。向こうから来ます」
しばらくすると女性が一人、人ごみの中から現れた。
ただ、その瞳はうつろでまるで意思を持たないようにキエリには見えた。
「おかあさん!!」
アクイラが声をかけると女性は瞳に光を宿し、一目散にアクイラに駆け寄ってきた。
「アクイラ!! あぁ、ごめん、ごめんねぇ」
キエリがアクイラを母親に渡すとしっかりと抱きしめて、キエリと男性にお礼を何度も言った。
親子はしっかりと手を握ってキエリたちに別れを告げて行ってしまった。
キエリは、心の中でほっとしてアクイラたちに手を振って笑顔で見送った。
「あの、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「それは、よかった。それでは‥‥」
「あのっ!」
立ち去ろうとした男性をキエリは呼び止めてしまった。
この男性と出会った時、キエリの心の奥にどう表現していいかわからない感情が生まれていた。
「なんでしょう?」
「あ、の‥‥」
呼び止めたはいいが言葉がうまく出てこず、はくはくと口を動かすばかりだったが男性はしっかりとキエリの言葉が出るのを待ってくれていた。
「‥‥‥わたしたち、どこかであったこと、ありますか?」
出たのはあり得ない言葉だった。
男性は時が止まったように動かず、キエリも息をのんだ。
しかし、ゆっくりと男性が動き出し、キエリに背をみせた。
「‥‥いいえ‥‥‥」
男性は、ぽつりと呟いた。
「そ、うですよね‥‥そんなはずないのに、失礼しました」
キエリは、なんだか悲しくなってきて、俯いた。
「ですが‥‥また、会えるかもしれません」
男性は少しだけ振り返って、キエリに伝えると人ごみの中に消えていった。
キエリは、男性の背中が見えなくなるまでじっと見つめていた。




