前を向く
次の日になってもまだロゼは戻ってこず、ロゼの行く当てなど分からないのでキエリの不安は高まっていた。
キエリは、城下町でロゼを探すために歩き回って探していた。
(ロゼ‥‥どこに行っちゃったんだろう? もしかして、一人で‥‥でていったなんて)
「キエリ!」
「?」
聴きなじみのない声に名前を呼ばれて、キエリは声がした方に視線を移した。
声の主は男性だった。
男性はワインレッドの髪色で瞳がローズピンク、その組み合わせは見覚えがあった。
しかし、性別という大きな違いがキエリの頭を混乱させた。
「???」
「あぁ‥‥えっと、そりゃ驚くわよね‥‥来て!」
男性はキエリの手をひいて、近場のゆっくりできるカフェに入った。
キエリは男性の正体には予想はつき、頭が混乱しつつも大人しくついて行った。
男性とキエリはそれぞれお菓子と飲み物を頼んだ。
一見してみるとデートには‥‥見えなかった。
あまりにも男性のしぐさが女性らしく、男女の仲というより女友達に見えてくる。
キエリは、こそっと小声で男性に話す。
「ロゼ‥‥だよね?」
「そ‥‥」
「ど、どうしたの?」
キエリが恐る恐る尋ねると、ロゼは、はぁーと深いため息をついた。
「あのおばさん‥‥魔女のゼノにやられたのよ。新しい人生を歩んでみない?とか言ってきて、そしたら、このざま‥‥」
「確かにあたしは、この国では悪女で知られているし、よほどのことがなければこれでバレないと思うけど、こんなのあんまりよ‥‥」
「ゼノ‥‥どういうつもりなんだろう?」
「あのおばさんは絶対に人で遊んでる! いや、むしろ他人を人とも思ってないんじゃないかしら! あんな短い時間でろくでもないやつだってことがすぐにわかったもの」
ロゼは苛立たし気に文句を言いながら、果物を使ったプリンをすくって口に運んだ。
キエリは、困ったように眉を寄せて考えてみるがゼノというつかみどころのない人の考えがわからなかった。
「こんな男の姿でどう生きろって言うのって、文句言ったら‥‥『アタクシの助手として生きなさい』だって、勝手すぎるわ!」
「助手?」
「そう、魔法の研究をするうえで下っ端が欲しかったとか言ってさ! 何から何まで勝手だわ!!」
「かといって、今のあたしじゃ元の姿に戻ることはできないし、ほんとどんな魔法使ったのよ‥‥」
「こうなったらあいつの魔法を徹底的に盗んで絶対元の姿に戻ってやるんだから!」
ロゼは落胆したように俯きながらも、プリンに伸ばす手は止まらない。
随分とストレスが溜まっているようで、食べ終わるとさらにおかわりも頼んだ。
(ゼノ‥‥もしかして、ロゼの面倒をこれから見るつもりなのかな‥‥? だいぶ強引なやり方だけど)
キエリは、そんなことを考えながらお茶をこくりと飲んだ。
ロゼは、ゼノに対してぶつぶつと文句を言っていたがふと手を止めてキエリに向き直った。
「全く、熱くなっちゃった。違う違う‥‥はぁ‥‥」
「お礼をちゃんと言いたかったの。キエリ、ありがとね」
「え?」
「呪いから助けてくれたことも、あたしの味方でいてくれて‥‥あたしキエリがいなかったら、きっと死んでいたと思う」
「ロゼ‥‥」
ロゼは力なく微笑んだ。
「キエリにとっちゃあたしは微妙な存在かもしれないけど、あたしは感謝してるから、それだけは覚えといて」
キエリは、少し寂しそうに眉をひそめたが静かにこくりと頷いた。
(‥‥やっぱりわたし、ロゼのことは嫌いになれない。どうして、悪い子ではなさそうなのに呪いに手をだしてしまったんだろう‥‥)
寂しそうに俯くキエリにロゼはにこりと微笑んで、新しいスプーンにプリンをすくってキエリに差し出した。
「ほらっ、別に悲しい話してんじゃないんだから顔上げる! せっかくの美人が俯いていたら勿体ないわよ! まぁ、陰のある美人も使いようだけど、ほら、食べた食べた」
キエリはつい、いつもの癖で差し出されたプリンをぱくっと食べた。
甘くておいしい果物味のプリンはキエリを自然と笑顔にさせた。
「これ美味しくない?」
「うん、美味しい」
「ふふっ、なんかこんな気軽なの久々かも。女友達はいなかったからさ」
「女友達‥‥」
「あっ‥‥嫌、だった?」
ロゼが調子に乗りすぎたのかと顔が曇ったがキエリは大きく顔を横に振った。
「嫌じゃない! 嫌じゃないよ! 女性のお友達はエレドナさんしかいなかったから、嬉しい‥‥」
キエリは、じんわりと嬉しさが心に溢れて頬を赤く染めて微笑んだ。
女性のロゼでさえ微笑まれると心にざわつくものがある。
「うーん‥‥あんた、モテるでしょ?」
「もてる? あぁ、多くの他者から好まれるっていう‥‥どう、なのかな?」
「ねぇ、殿下に会う前はどういう人と付き合ってたの?」
「そんな人いないよ」
(というか、その時はそんなことできないし‥‥)
「少しくらいあるでしょ? 告白された!とか‥‥」
キエリは、首を横に振って自分がたのんだケーキを食べ始めた。
恋バナにあまり反応がないキエリに、ロゼは呆れたようにため息をついた。
「ねぇ、じゃあほんとなの? キエリが元は‥…人形だったって」
キエリの食べる手が止まった。
「ゼノから聞いたの?」
ロゼはこくりと頷く。
どうやら半信半疑だったらしく、今も不審そうに眉を寄せている。
「うん、そうだよ。もともとわたしは人間じゃない」
「そっか‥‥あのおばさんから聞いたときは信じてなかったけど、あの人嘘つきっぽいし‥‥でも、キエリが言うんなら本当なんだ」
「だいたいのことは聞いちゃった‥‥キエリってすごいね」
「わたしが?」
「人形だったのに人間になってまで殿下を助けに行くなんて‥‥」
「あはは、それしか考えられなかったから」
キエリは苦笑した。
実際人形の時はフェリクスを助けたいとばかり考えていた。
それと比べると今は「一緒に幸せになりたい」という願いに変わり、自分は欲深くなったなぁなんてぼんやりと思った。
「ねぇ、人形として生きるってどんな感じだったの?」
「うーん、そもそも、生きるっていうのが人間になった時とは違うかな。痛みも感じなければ、空腹も感情の波も少なかったから」
「フェリクス様たちと出会っていろいろ経験して、これが生きることなんだって思った‥‥生きることがとっても楽しいって、幸せって知れた」
「今こうしてロゼとお菓子を食べているのも楽しいし嬉しいよ」
ロゼはぽかんとしながら聞いていたが、三つ編みにまとめた髪の毛の先をくりくりとまわして恥ずかし気にそっぽをむいた。
「そ、そっか‥‥」
それからしばらくはロゼとキエリは、ドレスの流行りがどうとかさっき町を回っていたら可愛い髪飾りを見つけたのだとかたわいもない話をした。
その話をしている間、ロゼは本当に年相応の女性だった。
「はぁー、話した話した。ずっと独りだったからたくさん話しちゃった」
「あそこにいる間は頭がふわふわしてどれくらい時間が経っていたのかはわからなかったけど、二年も経ってたんだよね」
ロゼは、カフェの窓から外をぼーっと眺めながら呟いた。
呪いをかけた彼女自身も失ったものは多い。
キエリは、どうしてロゼもフェリクスもこんな目にあわなければいけなかったのかと思ったが、恨む相手などおらず、ただ胸が苦しくなった。
「はぁ‥‥まさか男になって変な魔女につかまるだなんて思ってもなかったけど‥‥おかげでせっかくのあたしの美しさが使えなくなっちゃった‥‥ま、男の今でも顔はいいけど」
ロゼは、キエリの方を向いてにこりと微笑んだ。
その微笑みはさっぱりしていて、暗い部分は見られなかった。
「あたしこれからやり直すわ。まだ、将来どうなるかわからないけど、うだうだ言ってる暇ないもの」
「‥‥わたし、辛いことがあっても前を向いているロゼは、すごい人だと思う」
「そうよっ、これが本来のあたしなんだから! 正直、前まで人を疑って騙して、利用してきた‥‥あまり人に自慢できる人生じゃなかったわ」
「馬鹿なことしてたと思う‥‥でもね、だからね、今この状況はあたしにとっていい機会だって思うことにしたのよ」
キエリは諦めや暗い感情に囚われていないロゼがとてもかっこいい人に見えた。
「わたしにできることがあったら言って、できることならなんでもするよ」
「ありがと。キエリもね、何かあたしにできることがあったら言って、こう見えてもけっこうできる魔女なんだから」
キエリは、笑顔でこくりと頷いた。
呪いが完全に解けてから時が経った。
キエリは、部屋で椅子に座って手紙に目を通していた。
「キエリ、あのメイドからの手紙か?」
フェリクスが後ろからキエリを抱きしめて、頬に愛おし気にキスをする。
キエリも優しく微笑んでお返しのキスをフェリクスの頬にした。
「うん、元気に孤児院で働いてくれているみたい。彼女も優秀な人だったから‥‥よかった‥‥」
キエリたちが屋敷にいた時にキエリを襲ったメイドは、キエリの訴えもあり釈放された。
その後、監視付きではあるが孤児院で働くこととなり、彼女は手紙のやりとりをキエリとするようにまでなった。
「子供たちについて書かれてる‥‥ふふっ、ちょっといたずらっ子がいるみたい。でも、楽しそう」
キエリが手紙を読み終わり、丁寧に封筒にしまい机に置く。
キエリの左手の薬指には以前にはなかった指輪についた宝石が輝いている。
愛する人と同じ瞳の色の宝石だ。
愛する人の左手の薬指にも自分と同じ瞳の色の指輪がはめられている。
「そろそろ寝るか」
「うん‥‥」
キエリが椅子から立ち上がり、フェリクスと手を繋いで寝室へと進んで行った。
これにて二章はおしまいになります。ここまで読んでくださった読者の皆様本当にありがとうございます。
作者の別作品「オオカミはフードを被る」もよかったら読んでやってください。
別世界線のキエリやフェリクスたちが読めますよ。
宣伝宣伝…完結済みなので、安心して読めるかと思います。




