解放
ロゼはキエリに質問されてから、しばらく放心したようになっていて、時折涙を流しているが黙りこくっていた。
キエリはその間じっと彼女をを待ち続けて、寄り添いながら彼女の手を握って、流れる涙を優しく拭った。
「違う‥‥全部違っていたの‥‥」
「どう、違ったのですか?」
「あたし、人生で初めて恋をしたと思ってた」
「フェリクス様に?」
「うん‥‥でも、結局はフェリクス様が家族以外で初めてあたしを認めてくれた人だったから、嬉しかったの‥‥それだけなの‥‥」
「だから、もっと見てほしいって、思ったの‥‥‥それ、だけなの」
「あの人を苦しめたかったわけじゃないの」
「ごめんなさい‥‥」
幼い子供が自分の過ちを素直に話すように、ロゼは俯きながらぽつりぽつりと語った。
キエリは、茨の生えたロゼの背中をゆっくりとさする。
「ちゃんとフェリクス様に謝りましょう」
「でも、許してなんてもらえないわ」
「かもしれません。でも、前には進めます。わたしも傍にいますから」
「‥‥あなたっていったい何者なの? フェリクス様のためにここまで来たのよね?」
「半分はそうです。でも、半分は自分のためです」
キエリは、自分とフェリクスの関係を素直に話すべきか一瞬迷ったが隠す方がよくない気がして、きちんと話すことに決めた。
「わたしは、フェリクス様の恋人です」
「恋‥‥人? フェリクス様があの姿で恋なんてできたの?」
ロゼは、静かに質問してきた。
「いつ恋が始まったかは‥‥わかりませんが、わたしが再会したときは、人間の姿ではありませんでした。でも、今は人間の姿に戻っていますよ」
「ほ、本当!?」
「はい」
「‥‥そう、よかった‥‥‥」
ロゼは、ほっとしたのか表情が少しだけ柔らかくなった。
しかし、すぐに眉間に皺が寄った。
「じゃあ呪いは解けたの? でも、それじゃあ、あたしは? あたしの呪いはどうして解けていないの?」
キエリは悲しそうに首を横に振った。
「いいえ、フェリクス様の呪いは完全に解けていないそうです。あなたと繋がっているから」
「繋がり‥‥あたしが求めたもの‥‥でも、こんな形じゃあ‥‥」
ロゼは、ゾッとするようなあの冷たい声を思い出してからだが震えた。
キエリは、ロゼが急に怯えだしたので、どうしたのかと心配になってロゼの肩を引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ‥‥というか、あなたどうしてあたしに優しくするの? あなたにとってあたしは憎い相手でしょう?」
「怒ってはいますが、だからと言ってこんなに苦しんでいるあなたに、これ以上苦しんでほしいとは思いません」
「優しすぎるわ‥‥」
「そうですかね」
ロゼは落ち着こうと息をゆっくりと吐いた。
「でも、どうするつもりなの? 呪いを絶つ方法なんて‥‥あの方法以外、正直あたしにはわからないの」
「わたしに考えがあります」
「どんな?」
キエリは、ロゼをよりぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとさっきから思ってたけど、痛いはずでしょ? 距離をとった方が」
「いえ、これじゃないと駄目なんです。実はフェリクス様の呪いを弱めたのはわたしの魔力のおかげだそうで‥‥」
「触れ合ってわたしの魔力を渡せば、呪いが解けるんじゃないかって思うんです」
「そんな魔力が?」
キエリの魔力でフェリクスを人間の姿に戻るまで呪いを弱められた。
同じようにロゼとも触れ合えば呪いが解けるのではないかとキエリは考え出した。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「変化ないようだけど」
「うーん‥‥フェリクス様の時も時間がかかったので‥‥ロゼさんのも時間がかかるかもしれません」
「前はどれくらいかかったの?」
「数週間‥‥」
「こんな状況で数週間なんて無理よ!」
「でも、他に方法が‥‥‥あ‥‥‥」
フェリクスが人間に戻った前日の行動をキエリは思い出してしまった。
キエリはいったんロゼから離れてうーんと考える。
「どうしたの?」
「フェリクス様が人間の姿に戻る前の日、わたし、多くの魔力をフェリクス様に渡したんです」
「何か方法があるの!?」
ロゼは期待で前のめりになると、キエリはよりうーんと考え込む。
(ほっぺにキスした‥‥それが方法だ)
(でも、なんだろう? 何か引っかかるな‥‥わたしの魔力って本当に触れるだけで呪いを解けるのかな? でも、触れると魔力を渡せる。渡すと呪いが弱まる)
(触れるだけって‥‥わたしは触れるもの全てに魔力を与えているわけじゃないよね? だってそれだったら、わたしはずーっと魔力を出しっぱなしで、すぐに倒れちゃう)
(フェリクス様にだけ渡していたんだよね? でも、それってどうして?)
『願いを叶える石』
キエリの脳裏にふとメレの言葉が浮かんだ。
(わたしと同じ魔力‥‥願いを叶える‥‥あの時わたしはメレさんのお友達を治せた。そう願ったから)
(フェリクス様の時は? ずっと、ずっと心の底からフェリクス様に幸せになってほしいって考えてた!)
(わたしの魔力って‥‥そっか! こう使うんだ!)
キエリは果てしない黙考の後、はっきりと答えを導きだした。
「ロゼさん」
「な、なに?」
今まで黙りこくっていたキエリが急に改まったように向き直ったのでロゼは身構えた。
「今からあなたにキスします」
「はぁ!?」
「もちろんほっぺに!」
「いや、場所じゃなくて! どうしてそんなっ」
ロゼはキエリの提案に反論しようとしたが、唇をきゅっと結んで言葉を飲み込んだ。
そして横を向いて、キエリに頬をみせる。
「っつ‥‥必要なんでしょ! わかったわ」
「し、失礼します‥‥」
キエリは深呼吸して気持ちをまっさらにする。
(大丈夫。きっとできる‥‥)
(わたしは、フェリクス様の呪いを解きたい)
(わたしは、ロゼさんの呪いを解きたい)
(きっと間違いだらけだったかもしれないけれど、この人にだってやり直す権利はあるのだから‥‥)
キエリは、ロゼの頬に自身の唇をそっと押し付けた。
そして、離れた時、キエリは酷いめまいと眠気がして、思わず茨の上に倒れ込んでしまいそうになった。
(う‥‥魔力を随分渡したのかな‥‥ロゼさんは?)
ロゼの様子を見ると、胸を押さえ込んで悶えていた。
「う‥‥うあ‥‥!」
「ロ、ゼさん」
「うあぁ!」
ロゼから生えていた茨から突然黒いバラが咲き乱れた。
そして、ロゼのからだに満遍なく黒バラが咲いた後その黒バラは灰となって枯れてしまった。
枯れた後に現れたのは、髪の先から爪の先まで人間の姿に戻ったロゼがいた。
ロゼは自分の髪の毛に触れ、からだを触り、人間に戻ったことを確かめるとぽろぽろと何度目かの涙が流れ出た。
「戻った‥‥‥戻った!!」
「やった! やりましたね、ロゼさん」
キエリは花が咲いたような笑顔でロゼと共に喜びを分かち合った。
ロゼも泣きながら笑い、キエリを引き寄せて茨のなくなったからだでキエリを抱きしめた。
「ありがとう、キエリ」
「本当に良かったです。ロゼさん」
「もう、どうしてあたしはタメ口で話しているのにそんな丁寧に話すの? キエリは恩人なんだからもっとくだけた話し方をすればいいのに」
「そ、そう? じゃあそうするね」
ロゼは、はしゃぎながらにこにこと話していて、キエリは心底ロゼを助けられてよかったと思った。
しかし、休む間もなく魔女の島を作り上げていた茨が揺れ始めた。
周りをみると、茨が枯れてい始めていて、灰になっている。
「まずいわ。呪いが消えたからここももうすぐ消えてしまうんだわ」
「ど、どうしよう‥‥船はなくなっちゃったし、わたし泳げないんです! このまま、海にどぼんしてしまったら、また大変なことに」
「えぇ!? そもそも、どうやってここまで来たの? って、そんなこと話している場合じゃないわ」
ロゼは、集中して手に魔力を込めるときらりとバラ色の光が灯った。
「大丈夫、魔法は使えそう。移動するわよ、掴まって!」
「はい!」
ロゼがキエリを片手に抱きしめてひらりと手をまわすとキエリとロゼの姿は魔女の島から消え去った。
魔女の島が完全に消えてしまい、元の美しい海だけが残った。
「おや? キエリ、やったじゃん」
それを遠くでメレが見届けて、キエリの魔力が移動したのを確認するとメレは海の底へと戻っていった。




