囁きと過ち
それからロゼにとって苦しい日々が続いた。
ロゼはあの日からフェリクスにアプローチをかけるようになった。
この間のお詫びにと言ってお茶に誘ったり、贈り物をしてみたり、だが、どれも必要ないからと丁寧な手紙で断られた。
しかし、諦められずフェリクスの城で通りそうなところを調べて偶然を装って会話しようと試みたが、数回言葉を交わすだけですぐに立ち去ってしまう。
(どうして? あの時はあんなに優しくしてくれたのに? どうしてこんなに冷たくするの!?)
(あの時はあたしのことを見てくれたのに、あたしの方があの婚約者よりもずっと‥‥ずっと‥‥)
ロゼの疑問はつのり、苛立ちとなる。
(フェリクス様! フェリクス様! あなたはあたしの隣にいるべきなのに!)
心がかき乱されて、どんどん自分が汚れていく気がした。
そして、運命の日が近づいていた。
フェリクスが18の誕生日を迎えようとしていた。
この国の成人年齢は男女ともに18だ。
彼が18になれば正式に彼の婚約者と籍を入れることになる。
ロゼは耐えられそうになかった。
そして、ロゼは大胆な行動にでてしまった。
その日はどうしてか朝がとても寒く感じられた。
「あなた、あたしの夫になりなさい」
フェリクスの誕生会、貴族たちと談笑しているフェリクスに言い放った。
馬鹿な行いだ。言い方も最低。
でも、どうしていいか、わからなかった。
今まで何人もの男を相手にしてきたというのに、途端に不器用になった。
周りの貴族たちはざわめきたち、婚約者といたフェリクスは婚約者を守るように自分の背に隠した。
「ロゼ殿、すまないが俺にはすでに婚約者のファシネがいる。だからそなたには、そなたにふさわしい相手を探してほしい」
「あんな気弱な婚約者よりもあたしの方があなたに相応しいはずよ! だって、あたしのほうが‥‥」
「口を閉じなさい無礼者」
騒ぎを聞きつけてた王と王妃がやってきて、王に咎められた。
その瞳には怒りがほのかに宿っている。
祝いの席にこんな騒ぎを起こしたのだから当たり前だ。
「っつ、ですが陛下、婚約者のオルタン様は‥‥」
「口を閉じろと言っている。三度目はない」
ロゼは王に威圧され顔が青白くなり、これ以上何も言えなくなった。
「お前の処分はおってくだす。この場から退場しなさい」
「は、はい‥‥」
ロゼはあっという間に拒絶され、咎められ、惨めさで顔が上げられなかった。
(どうして、言ってしまったんだろう‥‥でも、我慢なんてできなかった!)
『我慢する必要があるかい?』
「っつ!?」
突然、背筋が凍るような冷たい声に耳元で囁かれた。
ロゼは顔を上げて辺りを見渡すが、不審そうにロゼを見る貴族や王と王妃、怯えた婚約者を支えるフェリクスしかいない。
再びロゼには囁く声が聞こえて、ロゼの意識は遠のいていってしまう。
『僕が手伝ってあげよう。君の望みを叶える手伝いを‥‥』
「あたしの、望み‥‥?」
『見てほしかったんだろう? 彼に』
「見てほしい」
『拒絶されて悲しかった?』
「悲しい‥‥辛いわ‥‥」
周囲は独り言をぶつぶつと言い出したロゼが気が触れてしまったのかと気味悪がって見ていた。
フェリクスは、さすがに心配になって周りの騎士に彼女を医務室に連れていくように指示を出している。
『あぁ、かわいそうなロゼ‥‥君に彼との特別な繋がりを持つための力をあげよう』
『君の心と彼の心を繋げて混じらわせて、ひとつにしてあげる』
「ひとつに? 彼とひとつになれるの?」
『あぁ、そうだよ。大好きな彼と永遠の時を過ごせるなんて幸せだろう?』
「えぇ、きっと、とても幸せだわ」
ロゼのからだは足の指先から頭のてっぺんまで、冷たさが巡っていく。
『ふふふ、幸せのための痛みなら耐えられるよね?』
気付いたときにはからだが動いていた。
囁く声の通りに魔力を込めてそれをフェリクスにぶつけた。
いつの間にか目の前には大きな化け物が頭を抱えていて、周りは悲鳴とどよめきに包まれていた。
傍にはフェリクスの婚約者が腰を抜かしながら後ずさりをしている。
「うううぅぅあああ!」
その獣は淀んだ声で唸り、苦痛に耐えているようだった。
「フェ‥‥フェリクス様‥‥」
ファシネは後ずさりながらその化け物に向かって、フェリクスの名を呼んでいた。
ロゼは、ぼうっとする頭でファシネの言葉を考えた。
(フェリクス様? あの化け物がフェリクス様? あたしがやったの?)
フェリクスは唸りながら助けを求めるようにファシネに鋭い爪が生えた手を伸ばした。
「ファシネ‥‥助け‥‥」
「い、いやあ!」
ファシネは恐怖に震えて顔が青ざめて叫んだ。
拒絶された化け物は、伸ばす手を止めて、ただ苦しみを内側に押しとどめようとするかのように小さくからだを縮こませた。
「落ち着け! 騎士団員、魔女を包囲し参加者たちを避難させなさい!」
「え?」
王が指示を出して、ロゼは騎士団員たちに囲まれた。
ロゼは必死に王に訴えた。
「まっ待ってください! ちっ違うんです! あたしはこんなことがしたかったんじゃ‥‥」
「黙れっ! よくも我が息子にこんな仕打ちを!」
「っつ!」
ロゼは、聞いてもらえるような状況ではないことに気が付き、咄嗟に移動魔法を使って城から脱出した。
城下町をドレス姿の女性が必死に走り去る姿は人々から異様な目で見られたが、そんなことを気にする暇もなくロゼは走った。
「いたっ」
ロゼは、ヒールで走ることに限界が来て、ヒールを脱ぎ捨てて、裸足で走った。
(どうしてっ!? どうしてっ!? どうしてっ!?)
(どうしてこうなったの!?)
混乱と足の痛みで瞳からぼろぼろと涙が流れる。
あてもなくひたすら走っていたら、砂浜に着いた。
とっくに日が暮れていて、先の海は暗い。
走りつかれたロゼは砂浜で膝をおり座り込んだ。
「どうしたらよかったの? 恋しなければよかった?」
「もうわからないよ‥‥」
「お父さん、お母さん‥‥」
「いっつ‥‥」
ロゼの右手に痛みが走り、見てみるとなんと右手の甲から黒いバラが咲いていた。
「なっ、なにこれ‥‥なにこれ!?」
根元を見ても手の甲から間違いなく生えている。
恐ろしくてその花をむしるが今度はそこから茨が生えてきて、ロゼはさらに絶叫した。
「きゃあああ!!」
ロゼのからだのそこら中から次々と茨が生え、それは次第に大きな塊となりロゼの絶叫を覆い隠すようにロゼのからだを包み込むとその塊は海の方へと前進していった。
やがて、茨の塊は膨れ上がりすぎて動けなくなり、動きを止めた。
こうして、海の真ん中に魔女の島は出来上がった。




