ロゼという人
ちょっと長くなってしまいました。
ロゼは、貴族の家に生まれた。
初めは裕福であったが、ロゼが幼い頃に父親が商売仲間に騙され、多額の借金を抱えてしまう。
今まで何不自由なく暮らしていたはずのロゼの家族は突如として没落してしまった。
ロゼは、どうして自分たちがこんな目にあわなければいけないのかと、運命を憎んだ。
しかし、ロゼは諦めなかった。
生まれ持った多くの魔力を魔女として生かし、さらには、彼女は成長するにつれて美しさも手に入れた。
そして、王宮遣いの魔女にまで上り詰めたのだ。
ただ、彼女は貧しさを嫌い、他人を信用することを嫌った。
周りの人間は利用するもので、貧しさは悪だった。
ロゼは、ワインレッドの豊かな髪とローズピンクの瞳がきれいな美しい魔女だった。
ただ、美しさと優秀さを自覚している彼女は性格に難ありで、そのせいで周りからは嫌煙されていた。
城の廊下を豪華なドレスを着たロゼが苛立ちを表しながらつかつかと歩いて行く。
(なんなの!? あいつが昇進!? あんなブスでバカなのにどうして?)
ひとつイラついたことがあると次から次へと芋づる式に苛ついたことが溢れてくる。
(最近、バカな男から贈り物もしょぼいし‥‥あぁ! もうっ、腹立つ!)
ロゼは苛立ちからぎりぎりと爪をかんでいると、噛みすぎて血が出てきてしまった。
口の中に血の味がにじむ。
「あ‥‥もう、やっちゃった‥‥」
水で洗い流そうかと水場に行こうと踵を返すとある人物に呼び止められた。
「そこの者‥‥」
「あ!? っるさいわね、なによ! あたしは急いで‥‥あっ、で、殿下」
そこにいたのはこの国の王子であるフェリクスだった。
まだ十代で若いが身長も高く、騎士団に所属しているのもあって体格もいい。
何より、夜空を切り取ったようなきれいなさらりとした黒髪と目つきが鋭いながらも琥珀色の瞳が星のように煌めく。
しかも誰にでも分け隔てなく優しい。
女性らはフェリクスを見れば美しさにため息をつき、あんな人が恋人ならなんてよく同僚たちも妄想を膨らませていたのを聞いたことがある。
ロゼも例外ではなく、もし王子であるフェリクスの恋人であったならと考えたことはあった。
ただ、同僚のように乙女チックな理由でというよりかは、もちろん好みの顔ではあるが、フェリクスは権力も金もあるというのがロゼにとっては最高の条件だった。
しかしマズイ。
王子であるフェリクスに失礼なことを口走ってしまった。
下手をすれば罰がくだる。
必死で取り繕おうと頭を下げた。
「もっ、申し訳ございません! 急いでおりまして‥‥その」
「手を貸せ」
「へ?」
フェリクスは、ロゼの血が出ている方の手を取った。
ポケットから清潔そうな白いハンカチを取り出すと、血を止めるように指を包んで押さえた。
「あっ、血で汚れてしまいます!」
「いい、それよりも止まるまでちゃんと抑えていなさい」
「は、はい‥‥」
ロゼは言われた通りハンカチで指を押さえた。
「そなたは王宮遣いの魔女、ロゼだな」
「はっはい!」
確かに美人で優秀な自分は知られているだろうとは思っていたが、名前を実際に初めて呼ばれると心臓がどきりと跳ねてしまった。
「そなたの論文を読ませてもらったよ。興味深かった」
「ほっ本当ですか!?」
「あぁ、これからも国のために励んでくれ」
そういうとにこりと微笑んで、フェリクスはその場をあとにしようとした。
「あのっハンカチは?」
「それはそなたにあげよう。血が止まるまで時間がかかるだろうからな。だが、ちゃんとあとで消毒しなさい」
フェリクスは失礼な態度を咎めることもなく、優しく接してくれた。
それがロゼにとって、初めてのフェリクスとの会話だった。
それからロゼはなにかとフェリクスを視線で追うようになっていた。
城で行われる舞踏会にも王宮魔法使いたちは参加でき、ロゼも参加資格を持っていた。
以前まで舞踏会に参加するのは新しい貴族の金づるを見つけるためであったのだが、最近はそこに現れるフェリクスにばかり視線がいってしまう。
そして、フェリクスに視線がいくと同時に見えてくるのが彼の婚約者のファシネ・オルタンだった。
ファシネは幼いころからフェリクスの婚約者として定められた公爵家の令嬢だ。
彼女もロゼと負けず劣らず美人な人で、金茶色のふわりとした髪とエメラルド色の瞳が美しい。
ただ、少し気弱なところがあるらしい。
公の場ではほとんど一緒にいる彼らをみると、ロゼは胸の内がろうそくで焼かれるようにじりじりと痛んだ。
「ロ‥‥ロゼ」
今日も舞踏会に参加していたロゼは、今日はフェリクスが見当たらずぼーっとしていたところ、男性に話しかけられて視線がそちらへと向いた。
ロゼに話しかけてきたのは、ロゼの金づるの一人である貴族の男性だ。
彼は女性慣れをしておらず、なんでもいうことはきいてくれるし、ロゼにとってはいいカモである。
「なに?」
ロゼは少しだけにこりと微笑むと男性は、ドキリとしているのが態度にはっきりとわかるくらいおどおどとする。
「話があるんだ。ちょっと来てくれないかい?」
「えぇ、もちろん」
(ほんと、こいつちょろいからいいんだけど‥‥最近くれるものがしょぼいし、そのわりには要求が大きくなってる‥‥潮時かしらね)
ロゼがそんなことを考えているとは知らずに、男性は話しができる静かな場所へ行こうとロゼを庭園へと連れ出した。
庭園のベンチにロゼと男性が座る。
男性は緊張していて、顔から脂汗をかいている。
ロゼが男性を上目遣いで心配するそぶりをみせる。
「すごい汗よ。何か飲み物でも持ってきたら?」
(その間に逃げちゃおう)
「だっ大丈夫、ありがとう」
男性はハンカチを取り出して、汗を一生懸命に拭った。
ロゼは心の中で舌打ちをする。
「それで、なにかしら? 話したいことって」
「あの‥‥さ、オレはロゼのこと本当に心から愛しているんだ。オレのことをこうやって心配してくれて、こんなオレに優しくしてくれて‥‥」
ロゼは男性の目を見つめつつも、重要そうでない言葉は右から左に流していた。
「だから‥‥その‥‥」
長々と話した男性はポケットから、小箱を取り出した。
「オ、オレと結婚してほしい‥‥」
男性が小箱を開けると、おおつぶのダイヤがあしらわれた指輪が顔をのぞかせた。
(あぁ‥‥これを買うために最近贈り物をケチってたのね‥‥)
男性は緊張で肩が震えていて、その先の小箱を持つ手も震えが伝わる。
(潮時、か‥‥)
ロゼは小箱の指輪を見て、ゆっくりと顔を伏せて、悲しみを全身で表す。
「‥‥ごめんなさい。あたしはそれを受け取れないわ‥‥」
「どっどうして!?」
男性は酷く狼狽して、瞳がぐらぐらと揺れている。
「‥‥実は、あたしのお家、借金があるの。しかも、多額の‥‥」
「しゃ、借金!?」
ロゼは、しおらしく、悲しそうにこくりと頷く。
本当はもうこの話は過去のことだ。
借金はロゼが稼いだり、貢がれたものを売ったりして何とか返した。
借金と聞いてもなお、男性は諦めていないようで、ロゼに詰め寄る。
「か‥‥かまわないよ! 借金がいくらあろうとも、オレが代わりに払って‥‥」
「だめよっ、あなたのこと巻き込めないわ! あたしのことは忘れてっ」
ロゼは涙ぐむしぐさをして、ベンチから立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。
しかし、男性に腕を掴まれて逃走が中断された。
「まっ待ってくれ! 本当に借金なんて関係ないっ、オレは本当に‥‥」
「あなたに不幸になってほしくないの‥‥きっとあなたにはもっといい人がいると思うわ」
「いない! オレにはロゼが全てなんだっ」
(‥‥あぁ、しつこいな。魔法で吹き飛ばしてやりたい)
ロゼは、わずかな時間でも一緒に過ごしたはずなのに、この男性に全く愛情というものがわいてこない。
むしろ、鬱陶しいとさえ感じている。
ロゼは、今この男とどう離れようかと考えることに頭を動かしていた。
すると、緊張や焦りが現われていた男性の顔に、次第に懐疑的な暗い表情でロゼを睨みだした。
「どうして、そんなに断るんだ? まさか、他に好きな奴でもできたのか? あの噂は本当だったのか?」
「噂?」
ロゼは噂に関して身に覚えはなかった。
ただ、男性が不審そうに言うので、いい噂ではないことが想像できた。
「君が実は何人もの男と関係を持っているって‥‥オレはそんなの信じたくなかった。ロゼは清らかだって‥‥そうだよな?」
男性の目がどんどんと暗く沈んでいく。
ロゼはその変化に危険を感じとった。
「お願いだ‥‥君は、そんな淫らな人ではないと言ってくれ!」
「そんなわけないじゃない‥‥悲しいわ。そんな酷い噂を信じるの?」
ロゼはいたって冷静に対処しようと考えた。
その噂は事実だった。
今までバレないように、遠くに男を作っていたというのに、それがどうしてか誰かにバレたのかもしれない。
しかし、男性の表情はすぐれないままだ。
「だったら‥‥だったら、確かめても問題ないよな?」
「え? 確かめるって‥‥」
男性は、ロゼの腕を引っ張って引き寄せると無理やりからだを暴こうとしてきた。
(クッソ! この男! 今すぐ魔法で吹き飛ばしてっ)
ロゼが男性から離れようとからだをもがいて抵抗していると
「おいっ! お前たちそこで何をしている!?」
という男性を怒鳴りつける声が聞こえ、男性の手は止まった。
この声には聞き覚えがあった。
舞踏会で見かけなかったフェリクスがこんな人気のないところで一人で現れた。
「で、殿下‥‥」
男性の声は乾き、掠れていて、ロゼを掴まえていた腕の力も弱くなった。
そのすきにロゼは逃げ出して、ここぞとばかりにフェリクスの後ろに隠れた。
「あ、あの‥‥殿下これは‥‥」
「殿下! どうか、あの人を罰してやらないでくださいっ。悪い噂に流されて一時の過ちを犯してしまっただけなんです!」
ロゼはそんなことをいいながらフェリクスにしがみついて、肩をぶるぶると震わせた。
その様は被害者で、男性は言葉がでずにその場を逃げ出すように走り去って行ってしまった。
「おいっ、まだ話しを‥‥」
フェリクスは呼び止めたが、男性は逃げ足が速く、追いかけようにもロゼにがっちりと掴まれてしまって動けなかった。
「‥‥‥男は行ってしまったが、これでよかったのか?」
「はい! 殿下、お助けいただきありがとうございました」
ロゼは、自分が可愛らしく見える角度でにっこりと微笑んでお礼を言った。
しかし、フェリクスの態度は変わらず、ごくごく普通に会話を続ける。
「とりあえず、離れてくれないか?」
「は、はい‥‥」
ずっとくっついて、胸まであてていたというのになんてことはないように言われてしまった。
(ど、どういうこと? 少しくらい反応があってもいいはずなのに!)
ロゼのプライドがほんの少しだけ傷つけられ、逆にそれが火をつけた。
「も、申し訳ありませんでした。急に彼に迫られて‥‥とっても怖くて」
ロゼは上目遣いになりながら肩を細かく震わせる。
(こんなか弱いきれいな女が目の前にいるのよ! 安心させるために抱きしめるなりなんなり‥‥)
「そうか‥‥それは恐ろしかったろう。しばらく騎士団に保護してもらおう。それなら安心できるだろう」
フェリクスは、実に業務的に対応してきた。
それ自体は間違っていないし、当然なのだがそれがロゼの癇に障った。
(もうっ! そうだけどそうじゃないだろっ!!)
ロゼはこうなったら意地だと、急にその場に座り込んで自分のからだを抱きしめた。
フェリクスは驚いて、跪いてロゼの様子をうかがう。
「おい、どうした? 気分が優れないのか?」
「は、はい‥‥なんだか足も震えてしまって‥‥歩けそうにありません」
「そうか、無理もないな‥‥」
(ふふ、どう? 女一人こんなところに置いていくわけにはいかないでしょ? そしたら、抱えていくしかない!)
ロゼが内心ほくそ笑んでいたところ、フェリクスは何故か庭園の茂みの方を向いていた。
「おーい。グイス、そこらにいるんだろう? ちょっと大変なんだ出てきてくれ」
フェリクスがそう呼びかけると茂みががさがさと動き、そこから長髪を後ろで結んだ男性がでてきた。
てっきり人気のない場所かと思っていたのに、この男はずっとそこらにいたのかとロゼは驚愕した。
「はぁーあ、厄介ごとは殿下に全部任せちゃおうと思ったのに‥‥」
「いや、見てたのなら止めろよ」
「殿下が来るのが見えたんでいいかなって、ほら、万一取っ組み合いになったら、か弱い俺じゃ一発でやられちまうでしょ?」
「‥‥‥」
ロゼは、急な展開について行けずぽかんとしていた。
「じゃあグイス、彼女は動けそうにないから担架を持ってくる。その間彼女を見ててくれ」
「え~」
「えー、じゃない」
「わかった、わかった。いってらっしゃい」
ロゼは担架で運ばれると聞いて、フェリクスは自分のことを女性としてというよりか病人として扱っている。
(もういい! 馬鹿らしくなってきた)
ロゼは立ち上がって、ドレスの裾をはらった。
「ありがとうございます。でも、少し座ったら気分もよくなってきましたわ。それに殿下のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
「煩わしいことなどない。ロゼ、お前は大事な王宮遣いの魔女だ。日頃努力しているのだから、これくらい世話になっても罰が当たらるまい」
フェリクスにさらっと言われた言葉が心に引っかかった。
(努力‥‥)
ロゼは努力しているだなんて思われているとは思ってもいなかった。
ロゼは無性にこの場から逃げ出したくなった。
これ以上フェリクスといると自分の何かが崩れ去ってしまうように感じたからだ。
「いえ‥‥本当に大丈夫です‥‥ありがとうございました。失礼します」
「ロゼ」
立ち去ろうとしたところを呼び止められ、振り返る。
「こんなことを突然いうのは不思議に思うかもしれないが‥‥」
「もっと自分を大事にしなさい」
何かがロゼの心の中で崩れ落ちた。
(大事? 大事に? いつあたしが自分を大事にしなかったっていうの? どうして、そんなことあなたに言われなきゃいけないの?)
ロゼは思考がぐるぐると巡ったが、なぜ今フェリクスがそんなことを自分に言ってきたのかは答えがでなかった。
そして何よりも、その言葉が深く刺さった釘のようにロゼの心に留まり続けた。
「お気遣いありがとうございます‥‥」
ロゼはそれだけ言うと、早足でフェリクスたちから離れていった。
一人宿舎に帰ったロゼは、ドレスを脱いで寝台にからだを投げ捨てた。
「なにこれ?」
手で胸を押さえると、心臓が今までにないくらいどくどくとなっているのが伝わってくる。
「なにこれ?」
そして、ローズピンクの瞳から透明な雫がとめどなく溢れてきて頬をつたう。
「なんなのよ‥‥」




