魔女の島
うそじゃん…名前間違ってました。ショック
海面にでると、すっかり日は昇っていて、少し遠くに目的地の魔女の島がはっきりと見えた。
キエリはメレにしがみつきながら、目的地をしっかりと見据える。
「あれが魔女の島‥‥まるで生き物だ」
魔女の島は陸が見えず、その代わりいくつもの茨が蛇のようにうねって重なり合い、ひとつの大きな塊を作り出している。
島の周りにはキエリの船を襲った茨の柱がゆらゆらと揺れている。
「今からあそこに突っ切っていってあげる」
「でも、危なくないですか?」
「セイレーンの速さ、なめないでよ」
メレはニヤッと笑うとキエリを抱きしめ直し、再び海の中に潜った。
セイレーンの国から海面に上がって来た時もそうだったが、メレは泳ぎがとても速く、今はもっと速い。
ただ、キエリはメレの魔法のおかげで息はできるが、話す余裕もなくなるくらい必死にメレにしがみつかなければならなかった。
「ひゃっほう!」
メレは、海面を飛び出してはまた潜るを繰り返して島に向け泳いでいく。
陽に当てられたメレの魚の部分の鱗が宝石のように輝きを放つ。
キエリとメレが魔女の島に近づくと、あの時のように茨がキエリたちに襲いかかってきた。
「遅いっての!」
メレが蛇のようにゆらゆらと伸びてくる茨を海の中でひらりとかわしていく。
(す、すごい、メレさん全部かわしていっている!)
あっという間に魔女の島の目前にたどり着いて、二人は再び海面に顔を出した。
島は茨の塊でできていて、少しよじ登らなれば島に上陸できそうになかった。
「あー疲れた! はいっ、到着。でも、どうするの? これ、とげとげ草でできてるからこの島に登ったら痛いよ」
「靴を履いているから、足はまだましですね‥‥手は‥‥そうだ!」
キエリはメレに支えてもらって、足についている短剣を取り出した。
(うぅ‥‥フェリクス様から頂いたものなのに、ごめんなさい)
キエリは短剣をドレスに突き立ててびりびりと引き裂いた。
二きれ分引き裂いて、短剣をしまい、その布を両手に巻き付けた。
「これで少しはマシになるかも‥‥」
キエリは茨を握りしめてみる。
多少は痛みを感じるがないよりはましだった。
グイっと引っ張って、足をかけてみる。
「行けそう‥‥だと思います」
キエリは、メレを見てぺこりと頭を下げた。
「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
「なに一生会わないみたいなこと言ってんの? 別にこれからも会えばいいじゃん」
「はい」
キエリはメレに優しく微笑んで頷いた。
しっかりと茨を握りしめ、足をかけて上によじ登っていった。
「いたた‥‥」
なんとか島によじ登ったキエリだが、茨が素肌を掠めてちくちくと痛む。
後ろを振り返ると島から離れたメレが大きく海面から飛び跳ねてキエリに手を振っているのが見えてキエリも大きく手を振り返した。
「よし、行こう!」
島はそれほど大きくなさそうで、先を見つめると茨が森のように茂っていた。
キエリは短剣を取り出して、茂みの中へと茨を切りながら分け入っていく。
(‥‥っつ、いった‥‥)
短剣で茨を切りながら進むキエリだったが、茨に全体を囲まれては触れないでいることはできず、腕や足に小さな切り傷ができて血がにじむ。
(こんなところにいるだなんて‥‥どういうつもりなんだろう?)
茂みは深くなっていくにつれて陽の光までも遮っていく。
(暗い‥‥棘が目に入らないように慎重に進まないと)
手で前を探りながらゆっくりと先に進む。
(うぅ‥‥痛い‥‥でも、進まなくちゃ‥‥)
しばらくそうやって進んでいると、茨の先に光が見えてきた。
そして、もう一つ、女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
キエリは、茨を切り裂いて、その光のある空間へと進んだ。
「あ‥‥あなたなの?」
「うそっ、だっだれ!?」
キエリが茂みをかき分けると、狭い空間にでた。
そして、そこには丸く座り込んで泣いている女性がいた。
ただ、女性は人間とは思えないような姿をしていた。
小さい顔にはきれいなローズピンクの瞳が見え、顔は美人なのだが髪の毛は茨でできていて、衣服を貫きからだ中からも茨が生えていて周りの茨と繋がっている。
(この人だ‥‥この人がフェリクス様に呪いをかけた張本人の魔女だ!)
「あ‥‥あぁ、うそ? 人? 本当に助けが来てくれたの!?」
「た、助け?」
「あたし、もうこんなとこいやっ! 助けて‥‥お願いっ」
魔女は再びしくしくと泣き出し、ローズピンクの瞳からおおつぶの涙が流れていく。
キエリにすがりつこうと魔女は腕を伸ばすが自身から生えている茨のせいでうまく身動きが取れずに目の前でじたばたしている。
キエリは魔女を見て困惑した。
自分の大事な人達を苦しめ続けた人間がこんなにもみじめな状態でいるとは思わなかった。
(本当にフェリクス様に呪いをかけた人と同じ人なの?)
こんなところに、呪いをかけた時からずっと身動きも取れずに独りでいたのかと考えると、キエリは可哀そうと思ってしまった。
それでもキエリは問いたださねばいけないことがあった。
「わたしは、キエリといいます。呪いを絶つために来ました」
「う‥‥うぇ、呪いを絶つ‥‥?」
魔女はキエリが静かにゆっくりと話し出すと嗚咽をもらしながら、キエリのことを上から下にじっと見つめる。
そして、キエリが片手に握る短剣を見ると、絶叫を上げた。
「ひっ! い、いやああああ!! お願い殺さないで!」
魔女が化け物を見るかのように恐怖で顔を歪ませ、狭く後ずさりする場所などないのに、奥へと行こうとする。
「お、落ち着いてくだ‥‥」
「あたしだって呪いを止めたくても止められないの!! でも、だからって殺すなんて‥‥ひっくうえあああ」
キエリが宥めようとしたが魔女はより大声で泣きわめいた。
(‥‥もしかして、呪いを絶つ方法って、この人を‥‥)
キエリは、呪いを絶つ方法に気付いたがそっと短剣を足についている鞘に収めた。
キエリはゆっくりと魔女に近づいて、魔女との距離を手を少し伸ばせば触れられるくらい縮ませた。
「ひっ‥‥」
そして、キエリは手にまいていた布を取り払い、魔女にまとわりつく茨など気にしないとばかりに魔女の顔を両手で包み、キエリの方に顔を向けさせた。
「落ち着いてください。わたしはあなたの命を奪いはしないです。でも、呪いは止めます」
キエリの凛とした力の声が魔女を黙らせる。
「だっだら‥‥どうやって」
「その前にまずあなたの名前を聞かせてください」
「あ‥‥ロゼ‥‥」
魔女のロゼは、放心しながらもしっかりとキエリの質問に答えた。
「ロゼさん、わたしは正直あなたに怒っています。フェリクス様に酷い呪いをかけて、そのせいで周りの人もとても苦しんだんです」
フェリクスの名前を聞いたときロゼの瞳は大きく見開かれた。
「フェ、フェリクス様はあたしのことなんて‥‥? あ、あぁ、フェリクス様! フェリクス様ぁ! 違うの‥‥あたしはただあなたに見てほしくてっ」
「彼との特別なつながりが欲しかった! そう願っただけなのに‥‥本当はあたしにはこんな呪いをかける力なんてないはずなのに、こんな目に合うなんて」
「あなたは本当にフェリクス様のことを好きだったんですか?」
「好き! 好きよ! でも、あの人はあたしのことなんて見てくれなかった! あの忌々しい婚約者がいるからって!」
婚約者、キエリはまだ見知らぬ婚約者の存在はキエリの心を乱すが、今はそれを心の底にしまった。
「‥‥ここは寂しすぎる‥‥誰もいない。独りぼっち‥‥もう、どれだけ時間が経ったかもわからない‥‥」
「たすけてっ、たすけてよぅ‥‥」
ロゼはまた泣き出して、顔を両手で覆う。
キエリは、ひとしきりロゼの言葉を聞いたがキエリは一番聞きたい言葉がきけていなかった。
「あなたは‥‥フェリクス様に申し訳ないと思っていますか?」
悲しみのあったロゼの顔に苛立ちが現われだした。
「も、申し訳ないって‥‥あたしだって被害者よ! そもそも、フェリクス様があたしを拒絶するから‥‥」
「フェリクス様はあたしにあんなに優しく笑いかけてくれたのにっ、あたしの気持ちを弄んだの!」
ロゼは呼吸が荒くなり、ロゼの心の乱れに合わせるように周りの茨がうねりだした。
「当時、その場にいなかったわたしには全てがわかるわけではありません。でも‥‥やっぱり、好きな人を傷つけようとしたあなたの気持ちがわたしにはわかりません」
「っつ! あなたに何がわかるって言うのよ!? あたしはっ、あたしはっ‥‥」
キエリはいたって冷静にロゼの瞳を見つめる。
「‥‥あなたが好きな人を傷つけた時の気持ちはわかりませんが、どうしようもなく好きになってしまう気持ちはわかります」
「その人といると心が温かさで満たされる。その人の幸せそうな顔が見たい‥‥わたしにもそんな人がいます」
「あなたは違ったのですか? 愛する人を傷つけて、苦しめて‥‥それがあなたの望んだことだったのですか‥‥」
冷静だったキエリの水色の瞳に深い悲しみが現われる。
気持ちが荒ぶっていたロゼの動きがぴたりと止まる。
それとともに周りの茨のうねりも止まった。
「あ‥‥あたしは‥‥」
(あたし、フェリクス様の幸せそうな顔って見たことあったっけ‥‥?)




