願いを叶える
泳げないキエリをメレが両手で引っ張って海の中を泳いでいく。
キエリはどうからだを動かしていいかわからず、じたばたと足を動かしてる。
「あんた、もうちょっと泳ぐ練習したら? お腹壊した魚みたいな動きだよ」
「そ、そういわれても、泳いだこともなくて‥‥」
「今度あんたの雄にでも教えてもらいな。あたしが近くにいたから助かったけど、次溺れた時大変だよ」
「は、はい‥‥そうします」
(フェリクス様は泳げるかな? 無事に帰ったら聞いてみよう)
(無事‥‥船は壊れて、魔女の島も危険な場所だ‥‥でも、どうにかして早く行かないとフェリクス様が‥‥)
頭の中がフェリクスを助けたいという考えでいっぱいになってぐるぐるとまわる。
「さ、ここだよ」
キエリがメレの声ではっと我に返るとそこは大きな洞穴の前だった。
「この先であんたにしてほしいことがあるの」
穴の中に入ると足がつくので、ゆっくりとメレに手を引かれながら歩いて行く。
「フゴー‥‥‥フゴー‥‥」
(なにか、いる?)
暗い洞穴の中を歩いていると、何か大きな生き物の息遣いが聞こえてきた。
「ここで待ってて」
メレが手を離し、暗闇の中に消える。
しばらくするとメレが魔装具で灯りつけ、辺りがぱぁっと明るくなった。
「わっ!」
キエリの目の前に黒い巨体が横たわっていた。
息遣いはこの生き物のためで、よくよく見ると前足は地上の動物とは違ってひれになっていて、後ろ足は魚のような尾ひれになっている。
頭は丸っこくって口元には細く長いひげが何本も生えていて、目はつぶらな黒目だ。
動物図鑑で見たトドという生き物に似ている。
だが、からだが大きい。
「この子、あたしの友だち‥‥ここ見て」
メレがさしたところは黒い肌に痛々しい傷が大きく斜めにできている。
「あの魔女にやられたの。この子マイペースでさ、なんとなーく泳いでたらあの魔女のとげとげ草がとどく範囲にはいっちゃってこのざま」
メレの友だちは辛そうに息を吐いている。
キエリは傷のある子のトドがかつての自分と重なって、余計に辛く思えた。
(可哀そうに‥‥どうにかして、治してあげられないかな)
キエリは優しくトドを撫でてあげる。
すると、メレがキエリの真横に泳いできて真剣な表情でキエリを見る。
「キエリ、あんたにこの子を治してほしいの。あんたの魔力ならできると思う」
「えっ‥‥どっどうして? もちろん治してはあげたいですが」
「あんたの魔力、前におんなじの見たことあるの。おばばから見せてもらったネックレス‥‥あれと一緒」
「ネックレス? ごめんなさい。どういうことかわからないです」
メレは、キエリの鞄を探るとひもの輪がでてきて、その先には朽ちた灰色の石がついている。
「これね、もともとはあんたの瞳と同じきれいな水色だったの。おばばが海の向こうに行くのと同時に朽ちてしまったの」
海の向こう、という言葉を口にしたときメレは少し切なそうだった。
単純にどこかに行ってしまったわけではないとキエリはすぐに理解できた。
「おばばが言ってた。これは願いを叶える石だって」
「それと、同じ魔力を感じるのですか?」
メレはこくりと頷く。
「願いを叶える石‥‥」
キエリはどうしてかその石に親しみがわくのを感じた。
そして、同時に朽ちてしまっているその石に不思議なことに悲しくも羨ましくも感じるのだ。
「あんたの魔力、願いを叶える魔力なら、この子の傷を治すことだってできると思うんだ。やってみてくれない!」
「やったことないですし‥‥できるかどうか」
「いい! やって!」
メレは切羽詰まったようにキエリに詰め寄る。
この友だちがとても大事で藁にもすがるような思いなのだろうとキエリは思った。
キエリは座ってメレの友だちに両手を添える。
魔力を手に込めるように集中すると、キエリの手がきらりと輝きを放つ。
「‥‥っつ」
「がんばれっ」
キエリは疲労を感じるが続けてみる。
しかし、メレの友だちは表情が先ほどよりは柔らかくなったものの、傷が治る気配がない。
「っはぁ! はぁ、はぁ‥‥」
キエリの魔力が途切れてしまった。
傷を見てみるがやはり、傷は治りきっていない。
(どうして? やっぱり、ゼノの言っていたように、魔法の使い方を知らないから、魔力をぶつけているだけなんだ‥‥どうしたらっ、あぁ、こんなときにゼノが居たらっ)
(はやくこの子を治してあげないと、フェリクス様も助けに行けない!)
内心焦っていたキエリにメレが優しく声をかける。
「キエリ‥‥いいよ。ありがと。できればいいなってだけだったからさ。気にしないでね。うまい干し肉もらったからさ。それでちゃらね」
メレは寂しそうだったがキエリを心配させないためか笑顔であった。
メレの優しさが心にしみてきて自分の不甲斐なさに腹が立って、キエリは口をきゅっと結んだ。
(どうしたら?‥‥いつもわたしはそればかりだ。結局心の奥で誰かが助けてくれるって、答えをくれるって思ってるんだ)
(優しい周りの人たちに甘えきって、肝心な時に役に立たない! こんな不甲斐ない自分がフェリクス様を助けられるのかな? フェリクス様‥‥)
キエリが鼻の奥がつんとしてきて、ぎゅっと拳を握りしめる。
メレがそっとキエリの手に自身の手を重ねる。
「そんな心配すんなって! 魔女の島に行きたいんだよね? あたしが連れてってあげる」
顔を上げると友だちが傷ついて、自分のことのように辛そうにしているメレの顔があった。
それでも、彼女は笑顔でつとめてキエリのことを気遣ってくれている。
「あ‥‥」
(‥‥わたしは今、一体何を考えていたのだろう。メレさんが、メレさんのお友だちが苦しんでいるっていうのに、自分のことばかり‥‥)
(メレさんがわたしのこと気遣ってくれているのに、目の前に苦しんでいる子がいるのに!)
キエリは、一度自分の望みを心にしまって、目の前の問題に集中した。
メレの友だちに向き直り、再び両手を添える。
「あんた、もういいよっ、無理すんなって! あんた急いでるんだろ?」
「いいえ! やります! この子を‥‥あなたのお友だちを助けたいものっ、優しいあなたに悲しい顔させたくないものっ」
キエリは再び魔力を送る。
やり方など分からないがとにかく助けたいという気持ちを魔力に込めた。
(助けたいっ、助けたいっ、助けたいっ!!)
キエリからは大量の汗が流れていたはずだが、海の中に溶けていってわからない。
キエリの先ほどより強い魔力の光がメレの友だちを包み込んでいく。
「傷が!」
すると、痛々しかった傷が少しずつ消えていく。
「っはぁ!! はぁ‥‥」
キエリが手を離し、傷のあった場所を見るとすっかり傷はなくなっていた。
「やった‥‥」
「やった! やった、やった! ありがとキエリ!!」
メレは、ぎゅっとキエリを抱きしめて、尾びれを振り、全身で喜びを表した。
メレのお友だちはのっしりと頭を上げ、表情が明るい。
「よかったなぁ!」
「ぶふー」
メレが嬉しそうに友だちに抱き着いてぐりぐりと頭をこすりつけている。
キエリは嬉しそうなメレを見ると、とても心が満たされていく。
「よしっ、次はあたしがキエリを助ける番! 行くよ!」
メレが疲れて座り込んでいるキエリを抱きしめて、そのままぐんぐんと泳いでいった。
キエリが足をばたつかせなくとも負担がかかっているだろうがメレだけで泳ぐととても速い。
しかし、メレの表情は晴れやかで眩しい笑顔だ。
「あっはっは! 今更おばばの気持ちがわかったや」
「おばあさまの気持ち?」
「おばばはね人間に憧れて恋して、陸で生きようとしたけど結局からだを壊して戻って来たんだ。でも、最後まで人間から貰ったネックレスを大事に持ってたの」
「危険なことだってわかってるのにそこまでして何を得たかったのか、あたし不思議に思ってた。」
円柱の大穴に戻ってきて、次は真上、海面へと泳いでいく。
「あたしさ、キエリがあいつの傷を治す魔法を使った時、すっごく心がどきどき、きらきらした! 今でも心臓ばっくばく」
「きっとおばばもそうだったんだと思う。陸が、人間といっしょが、おばばの胸の高鳴る場所だったんだ!」
メレの瞳は煌めいていて、海面が近いのか、上から注がれる陽の光がメレの魚の鱗部分を輝かせていて、キエリは美しいと思った。
「あーあ、ほんとにキエリが雄だったらよかったのに」
「そしたら、わたしも港にぽいされるのですか?」
キエリが困ったように笑うと、メレはキエリの顔を見てにこっと笑顔になる。
「キエリはぽいしないよ。一緒に陸に住んでみてもいいかもね。あんたのことけっこう好きだし」
「さ、しっかりつかまって! 急いで泳いであげる」




