裏と表
フェリクスは、自身の部屋の寝台の上で目を覚ました。
頭が鉛のように重いが起き上がらねばと思い上半身を起き上がらせる。
「殿下! お加減は‥‥」
ずっと看病していてくれたのか、寝台の傍で椅子に座っていたコンゴウが顔を真っ青にして心配そうにフェリクスの顔を見る。
「コンゴウ‥‥キエリは‥‥帰って来たか」
コンゴウが申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえ‥‥まだ。ゼノはあらかじめ仰っていた通り城の牢に移送しました」
まだ‥‥その言葉を聞くとコンゴウもキエリが帰ってきてくれるのだと信じているようだ。
だが、フェリクスには『まだ』という事実が心臓を握りつぶすような不安をもたらす。
「キエリ‥‥」
愛しい人の名を呼ぶが、その声は掠れていて、虚しく空中に消えていく。
「コンゴウ、俺が倒れてからどれくらい経った?」
「日をまたいで今は昼の一二時です」
「殿下‥‥このような状況で大変心苦しいのですが‥‥」
「あぁ、わかっている。せっかく呪いが解けたというのに、国民の前で倒れるとは失態だった」
「これ以上国民に不安を与えぬよう、他の貴族に文句を言われないように、明日は予定通り行う」
コンゴウから心配の色は消えなかったがそれでも明日の予定は外せなかった。
明日は、フェリクスが呪いが本当に解けたのだと貴族たちに見せる日だ。
ただでさえ二年もあけてしまって、しかもほとんどの貴族たちには一時期、王位をこのままでは受け継ぐことはできないのではと囁かれた。
フェリクスの母しか娶らなかった父には、なかなか子ができなかったため他に兄弟はおらず、さらに父にも女兄弟しかおらずしかも皆嫁いでしまった。
王位を次に継げる者を探して、その者に継がせようとする動きはもちろんあった。
しかし、それを父と母が牽制していてくれたおかげで、今のフェリクスが戻ってこられた居場所があるのだ。
そんな状況のため、明日は欠席することは父と母の首を絞めることにつながる。
フェリクスは寝台から重いからだにむちをうって起き上がらせ、身支度を整えた。
フェリクスには会わなければいけない人物がいた。
「あらん? 目が覚めたのねぇ、やっほー」
城の牢屋に投獄されているゼノは、投獄されているとは思えないほどリラックスして寝台の上で寝転がっていた。
どうやって持ってこさせたのか、寝台にはふわふわなクッションが置いてあり、明らかに囚人用ではない食事が机の上にそろえられていた。
フェリクスは苦々しくその机の上の食事に視線を向けているとゼノが艶っぽく微笑む。
「んふふ、みーんないい子よね。アタクシの欲しいものちゃんと持ってきてくれるんだから」
「いったい皆に何をしたんだ‥‥」
「知りたい? あぁん、でも王子様はキエリの恋人だしぃ、止めといたほうがいいわよ」
フェリクスはもうこれ以上このことについて追及することはやめることにした。
「ゼノ‥‥取引だ。お前を解放する代わりにキエリの居場所を教えて確保する手伝いをする。罪を消して元通りになるのだから悪い話ではないだろう」
「やだ」
ゼノは即座にきっぱりと断った。
フェリクスの眉間にぐっと皺がよる。
「いやよん。それって、キエリの頑張りを邪魔することになるじゃない。それはいーや。キエリに嫌われたくないし」
フェリクスの視線など気にせず、ゼノは机の上にあるきれいに切られた黄色いみずみずしい果物にフォークを刺して、口に運ぶ。
「お前は今がどんな状況かわかっているのか? キエリが危険な目にあっているのだぞ! いち早く助けに行かなければっ‥‥」
「そうねぇ‥‥今頃海の藻屑になっていなきゃいいけど‥‥」
「だったら、何故拒否する!? お前はキエリのことが心配じゃないのか!?」
「だぁー! もうっ、うじうじっるさいわね! そうよ、アナタの恋人がアナタを助けるために頑張ってんだから、信じてどしっと待ってなさい!」
いつもゆったりと話すゼノが声を荒らげてフェリクスを叱りつけた。
フェリクスは、ゼノの勢いに驚いて思わずからだがこわばった。
固まっているフェリクスを見て、ゼノは眉間に皺よ寄せながらため息をつく。
「気づいてた? あの子ね、自分の望みを言うことが得意じゃないの‥‥でもね、今回はしっかりと自分の意志を、心を決めたの‥‥」
「アナタと幸せになりたいって」
フェリクスは酷く心が揺れ動いた。
心からこみ上げる感情が溢れだしそうになって鼻の奥が痛くなる。
「そんなの親として応援してあげたいじゃないの!」
ゼノは、にこり笑って寝台から起き上がり、檻の前まで来てフェリクスを見つめる。
「見守ってあげなさいな。アナタの愛した人でしょう?」
「‥‥‥」
フェリクスはゼノを見つめながらじっと考え込む。
ただ、先ほどまで顔に浮かんでいた苦々しさは柔らかくなっていた。
「明日‥‥までだ。明日に帰ってこないのなら探しに行く」
「んふふ。いいわ、じゃあ枷は外して‥‥」
「だが、まだあなたを信用しているわけではない。それまではその枷はつけたままだ」
「そんなーん!」
ゼノはむくれながらフェリクスを睨みつけていたがフェリクスは、それだけ言うとその場をあとにした。
一人になったゼノは不貞腐れたように寝台に寝っ転がった。
「まったく‥‥融通が利かないのだからっ」
「観たい~‥‥あぁ、観たい! あんなに優しいキエリがどうするのか!?」
ゼノの唇がにんまりと歪む。
「呪いを元を絶つ手っ取り早い方法は、魔女の命を奪うコト‥‥そのためにキエリに短剣を持たせたんだから。あぁん、キエリは気づくかしら?」
「大事な人を苦しめた人間なんて、むかつくわよねぇ‥‥んふふ、どうするんだろ」
「それか、他に方法を見つける? それともその前に本当に海の底に沈んでいたりして‥‥‥あぁ、観たいなぁ‥‥」
歪んだ楽しみを見つけてゼノは一人、恍惚とした表情で笑っていた。




