蝕む
取り残されたフェリクスは絶望で目の前が真っ暗になっていた。
(キエリ‥‥キエリっ、キエリ!!)
頭の鎧を取り払うと、美しくも今にも崩れ落ちてしまいそうなほど絶望した顔が露になる。
「あーあ‥‥殺さないようになめてかかったらこのざまか‥‥キエリと行きたかったなぁ」
人をおちょくることに長けた魔女の声が聞こえてきた。
ゼノは蹴られたところが痛むのか、手枷をはめられた手で腹を押さえて座り込んでいる。
両手足に枷をはめられて騎士たちに拘束されているというのに、にんまりと余裕の笑みを浮かべているのも本当にフェリクスの癇に障った。
フェリクスが忌々し気にゼノを見下ろす。
「キエリはどこに向かった? 言え」
「いっわなーい。レディの腹を蹴るような輩に教えるものですか!」
ゼノは頬を膨らませてぷいっと横を向いた。
フェリクスがかがみこんだかと思えば、ゼノの首に手をかけてきた。
「首をへし折られたくなければ言え」
「あらあら、怖―いお顔。さすがにアタクシを殺せばキエリはアナタのこと嫌いになっちゃうわよ」
この言葉はフェリクスに効いたようで、憎らし気に睨みつけながらもフェリクスはゆっくりと手を下ろした。
ゼノは、んふふと笑って、フェリクスを見定めるようにじっくりと上から下に見る。
「アナタのこの狂気みたいな部分って、元々あるものなのかしら? それとも、呪いのせいなのかしら? そこは興味あるかも」
「何? どういうことだ‥‥」
「どういうことでしょうね?」
ゼノは妖しく笑うだけで、それ以上はおしゃべりな口を噤んで、何も言わなくなった。
(呪い‥‥俺の呪いは解けたはずだ‥‥現に俺は元のからだに戻った。全て元通りに‥‥なったはず‥‥)
(元通り? 俺は元からこんな人間だったのか? キエリを奪ったこいつが憎い。キエリを今でも閉じ込めてしまいたい。誰にも見せたくない)
「お、王子様‥‥」
弱弱しい、遠慮したような声に話しかけられ、フェリクスが振り返ると、そこには初対面のはずなのに見覚えのある顔と小柄でふくよかな女性がいた。
「そなたたちは?」
「は、はい。王宮料理人エレドナの息子のラットンと申します。こちらは妻のトリアです」
(エレドナに本当によく似ている‥‥)
フェリクスは立ち上がってラットンたちの話しを聞く姿勢をとる。
「それで、ラットン何か言いたいことがあるのか?」
高貴な身分の人が急に話しかけてきた平民の言葉を聞くと思っていなかったのか、ラットンは自分で話しかけたのにえらく驚いて目を丸くして、ごくりと唾を飲み込んだ。
「えぇと‥‥その‥‥」
心配そうに見ていたトリアがラットンに寄り添って、背中をさすると決心したようにラットンが口を開いた。
「先ほどいらっしゃったキエリ‥‥様ですが、大事な人を助けたいとおっしゃっていました。なので、このような行動をなさったのも何かわけがあるのではと‥‥」
「キエリが‥‥?」
あんなことをしてしまったのにもかかわらず、キエリの大事な人と聞いて真っ先に自分のことだと思ってしまうのは、かなり自信過剰だろうか。
もしくは、キエリがここまでする他の大事な人のことを頭が考えることを拒否したのかもしれない。
自分以外であれば、どんな人間でも嫉妬してしまう。
「ちょっと! ムッシュー言っちゃったら面白くないじゃない!」
口を噤んでいたゼノがもはや答えとなる反応をみせた。
「俺のために‥‥キエリは今、俺のために行動しているのか?」
「ふ、ふーんどうでしょうね」
ゼノが途端に嘘がへたくそになった。
(だが、余計にわからない。俺のためにキエリが俺から逃げる? 何故だ? 俺はこんなにもお前といたいのに‥‥)
鈍い頭痛がフェリクスに走り頭を抱えた。
「っつ‥‥‥」
じんじんと痛みが響きながらも頭を動かす。
(ゼノが言っていた言葉‥‥呪い‥‥まさか、本当にあの忌々しい魔女の呪いは消えていないのか)
(キエリは船で逃げた‥‥‥船で外国に? 一人でだなんて現実的じゃない‥‥)
「っつ!!」
フェリクスはあることに気が付き、恐ろしい形相でゼノの首を掴んだ。
「まさかっ、まさかキエリは呪いをかけた魔女の島に向かわせたのか!?」
「ばれちった」
「っざけるな‥‥ふざけるな!! キエリに何かあったらどうする!?」
フェリクスは、かなり取り乱しながらゼノを怒鳴りつけるが、ゼノはにんまりと笑っているだけだ。
「あの場所には今まで何人もの騎士や魔法使いたちを向かわせた。しかし、皆大怪我をして帰ってきたのだ! だから、あの地域一帯は危険区域としたのに!」
「アナタの呪いは解け切っていない。アナタの呪いは心を殺していく呪い。最初は見かけにばかり目がいってしまったけれど、じわりじわりと心を苦しめて、最終的には廃人にする予定だったのかしらね。やーね、悪趣味」
「っつ‥‥!」
「危険なのはあの子も承知よぉ。それでも行きたいって。はぁ、まったく健気なんだかラ」
ゼノはしょうがない子よねといったようにため息をついたが、表情は優しく微笑んでいる。
フェリクスは、ゼノから突き付けられたことのあまりの衝撃に眩暈がした。
(俺にかけられた呪いが‥‥俺のせいでキエリを危険にさらしているのか‥‥)
(一人で抱え込ませてしまったんだ。俺がキエリを閉じ込めようとしたから、相談できるわけないじゃないか)
(だが、キエリを放したくない! どれほど拒絶されようとも‥‥キエリは俺のものだ!)
「っつ!」
感情がぐちゃぐちゃにかき乱されていき、今まで頭を締め付けていた痛みが今度は全身にまわってきた。
あまりの痛みにフェリクスの額からどっと汗がふきだす。
頭を抱え込んでうなだれているフェリクスをゼノが立ち上がって、フェリクスを見上げる。
「んふふ、悩んでる悩んでる。ま、そんなけ悩んだら、アタクシを殴ったことはちゃらに‥‥んや、やっぱまだ許さん! でも、キエリが無事かどうかくらいは教えてあげる」
「観察魔法か‥‥」
「そ、だからさぁ‥‥これ、外してくんない?」
ゼノは、じゃらりと鎖でつながれた手枷をみせる。
フェリクスは、先ほどよりも弱くなったが今だ力強く、暗い瞳でゼノを睨む。
「‥‥‥‥」
(んふふ、協力してあげてもいいけど、どうしようかしらぁ。枷を外した瞬間に逃げちゃう?)
「‥‥‥」
(って、あれ? 顔色悪くない?)
フェリクスの顔色が真っ青になっているフェリクスをさすがにゼノが心配してフェリクスに触れようとしたところ、周りの騎士に止められた。
「おいっ! 殿下に触れようとするなっ」
「いや、でもほら! 王子様すごく顔色悪くてよ」
「‥‥っだい、じょう‥‥‥」
言葉を言いかけたフェリクスはその場に倒れ込んでしまった。
騎士たちがざわめき、急いでフェリクスに駆け寄った。
「魔女! 殿下に何かしたのか!?」
「アタクシじゃなーい! 魔法が封じられてる哀れでか弱いアタクシが何かできるわけないでしょ!」
(王子様にかけられた呪いが何者かによって速まっている‥‥? 思ったよりも緊急かも‥‥)
まだ見ぬ悪意ある何者がいることに思考が回っていたゼノだったが、他の騎士がゼノの枷を外す権限などはなく、今フェリクスに倒れられて一番困るのは自分であることにゼノは気づいた。
「って! ちょっと王子様、気絶するなら、アタクシの枷を外してからにしてよ!」
フェリクスは急いで城に運ばれ、それと同時に犯罪者となったゼノも城の牢屋に移送された。




