出港
聞き込みで手に入れた情報を基に、船を取り扱う店にたどり着いた。
店は煉瓦づくりの広く大きい倉庫のようで、中を覗くと中は海と繋がっていて、いくつかの波止場があり、船が何隻も停泊している。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件で?」
キエリとゼノに話しかけてきたのは、恰幅の良い男性だった。
人当たりの良いニカッとした笑顔は、キエリにとある人物を思い出させた。
(なんだかこの人、ものすごーく見たことある気がする‥‥)
キエリはそんなことを考えながらも、初対面で顔をまじまじと見つめるのは不躾なのでそのまま会話を続ける。
「船を一隻買いたいのですが見せていただけますか? 大きくなくてよいのですが、少し遠くまで行けるような‥‥」
男性は明るくかしこまりました、というとゼノとキエリを船へと案内した。
キエリたちが紹介されたのは様々な形の小型船だった。
屋根付きのものやヨット、二人の利用の魔道船なども波止場に停泊している。
「小型船はこちらとなっています。もしよろしければ、操縦士をうちの店で契約できますよ」
「それかお二人だけで海を満喫したいのでしたら、多少は練習が必要ですが、操縦も簡単なこちらの二人乗りの魔道船なんかもお勧めです」
「ふーむ‥‥キエリ、どうする?」
キエリは、二人乗りの魔道船に目がいっていた。
魔法でコーティングされた木材で作られた小型の二人用の船で、操縦席には船を操縦する取っ手がついている。
船の後ろには魔道具が設置されていて、これは何かと尋ねると取っ手を押し込めば魔道具が作動して前に進み、引けば止まる仕組みになっているらしい。
「これにしよう。操縦する人を巻き込めないから」
「そうねん。おっけー、ムッシューこちらの船いただくわ」
即決で決めたゼノたちに男性は圧倒されて目がまん丸に開かれたが購入と聞いて喜ばないわけがない。
「ありがとうございます! 購入のお手続きいたしますので、こちらにどうぞ」
にこっと笑顔でゼノたちを倉庫奥の客室へと案内した。
(本当に買っちゃった)
ゼノはなかなかの値段にもかかわらず一括で船を購入し、船の鍵をキエリに渡した。
キエリは渡された船の鍵をじっと見つめると、心臓がドキドキしてしまう。
「いやぁ、ありがとうございます。こちらはいい船ですよ。速いし魔法でとても頑丈に作られていて、しかも手入れも2年に一度で十分で‥‥」
男性が船の準備をしながらにこにこ顔でこの船の魅力を話していると、倉庫の入り口の方から呼ぶ声が聞こえた。
「あなた~お弁当忘れてるわよぉ~」
「あっと、すみませんうちの女房です」
こちらに丸っこくて可愛らしい女性がとことこと歩いてきていて、その背には小さな赤ん坊がすやすやと眠っていた。
キエリは赤ん坊を近くで見るのは初めてで、つい見つめてしまった。
「あら~お客様がいたのにごめんなさい。あらあら? この人どこかで見たようなぁ~?」
キエリはドキリとして船に視線を移して顔を隠した。
奥さんは頭にはてながとんだが、すぐに気にするのをやめて旦那にお弁当を渡す。
「いやぁ、ありがとう。すっかり忘れてて」
「もう、せっかく作ったのにぃ~‥‥ねぇ、お仕事終わったら、やっぱりご実家にいかないの~?」
男性は、ばつが悪そうに頭をかく。
「だが、喧嘩したっきり何年も帰ってないし‥‥今更帰ってもなぁ‥‥また母さんと喧嘩になるだけだよ」
「んもう、うじうじして! せっかく実家のある王都で働き始めたのに、どうして会いに行かないの!? 今やあなたはお父さんよ。この子におじいちゃんとおばあちゃんみせてあげたくないの? お義父さんもお義母さんもきっと会いたがってるはずよ」
奥さんに叱られて恰幅の良いからだが縮こまっていく。
話しを聞いてしまったキエリはやはりというように点と点が繋がった。
「あの‥‥お話し中申し訳ありません。もしかして、あなたのお母さんってエレドナさんですか?」
キエリが思い切って尋ねてみると、男性と奥さんは目を丸くして驚いた。
「え、えぇ、そうですが、どうしてお客様がご存じで?」
キエリはあぁ、やっぱり!と思って、笑顔がこぼれた。
「わたし、エレドナさんにすごくお世話になったものです。このあいだはご実家にお泊りもさせていただいたんですよ。それで‥‥」
「母さんと父さんは元気でしたか!?」
男性が食い気味にきいてきたので、キエリは本当はこの息子さんは母と父のことを心配していたのかとほっとした。
「はい、お元気ですよ。エレドナさんもこちらに帰ってきてますし、きっと会えば喜んでくれると思いますよ」
「そ、そうですか‥‥」
また、少しなよっとしだした息子さんの背中を奥さんがばんっと叩く。
「大丈夫だってば~、今日行きますからねぇ、早めにお仕事を切り上げること!」
「はっはい!」
ぴしっと背筋が伸びていい返事をしたのできっと今日中に行ってくれるだろう。
キエリは、なんだかこの奥さんもエレドナに似ているところがあって、きっとすぐに仲良くなれるだろうと容易に想像できた。
「ありがとうございますねぇ、お客様。ほんっとこの人ったら肝心なところでうじうじしちゃうんだから~」
「いえ、きっと息子さんに娘さんにお孫さんまで帰ってきたら、すっごく喜ぶと思います」
「うふふ、そう聞けてよかったです~この人が家出中に結婚も出産もしてしまったものだから、ご挨拶がまだで‥‥本当は少し私も緊張してるんです~でも、お客様が笑顔で話してくれるから、なんだか大丈夫ってより思えてきました~」
「でも、せっかく家族が増えたのだから、会わないと寂しいですものね~」
奥さんが背中の赤ん坊に視線を移しながら、にっこりと笑顔で柔らかく話す。
彼女の雰囲気はなんだか癒されるものがあって、キエリはもう彼女に好感をもてた。
「あら、ごめんなさい。お客様と話し込んでしまうだなんてぇ」
「いえ、出発する前にお話し出来て良かったです」
「出発? 海にでられるのですね~あ‥‥でも、しばらくは出発できないかもしれませんよ」
「え? なぜですか?」
「先ほど、国の騎士団の方々が来て、これから出発するすべての船を検閲するってぇ~、なんでも極悪な魔女が逃走してるってお話しで」
キエリはさっと血の気が引いて、喉が異常に乾いてくる。
「そりゃほんとか? しかたがない、お客様、大変申し訳ございませんが、その船はもうすでに動かせるようにはなっていますが確認してまいりますので、お待ちいただけますか?」
キエリに額に嫌な汗が流れる。
このまま大人しく待っていれば確実に捕まる。
「お客様?」
返事のないキエリを息子さんと奥さんが心配そうに見つめる。
「だっ大丈夫です」
「キエリー!」
ゼノが船からひょこっと顔をだした。
どうしておしゃべりなゼノが黙り込んでいたのかと思っていたら、どうやら早速船を改造していたらしい。
「騎士たちが来る前に行っちゃいまショ。操縦もこれならいけるだろうし、迷子にならないようにしてあげたからいつでも行けるわよん」
とんでもないことを大声でゼノが口走ったので、息子さんと奥さんは不思議そうにキエリとゼノを交互に見る。
「あ、あの、お客様‥‥もしかして‥‥」
「すっすみません! どうしても行かなければいけないんです! 大事な人を助けたいんですっ。見逃してください!」
キエリはぺこりと深く頭を下げて、返事を待たずに船に乗り込もうと走った。
「キエリーー!!」
何よりも大事な人の声がキエリの耳に届いた。
キエリは思わず振り返ると、倉庫の入り口に黒の鎧に身を包んだフェリクスが立っていた。
琥珀色の瞳が鎧の隙間から揺れ動く。
後ろから続々と騎士たちが入り込んできた。
「フェリクス様‥‥!」
たった数時間ぶりだというのに長い間離れていたような気がしてしまって、今すぐにでも胸に飛び込んでで行きたくなってしまう。
だが、それをぐっとこらえて後ずさる。
「フェリクス様! 必ず、戻りますから、今は見逃してください!」
「あぁ、キエリ‥‥その魔女になにか吹き込まれたのか? そんな奴の言うことなど聞くな。こっちにおいで」
ゼノが船から降りてきて、キエリの腕を掴んで引っ張った。
「キエリっ、早く!」
重くなった足をキエリは船に向かって動かした。
「ゼノ‥‥キエリを連れていくつもりか、逃がすものか‥‥」
鎧を着ているとは思えないほどものすごい速さでフェリクスはこちらに駆けてくる。
「えんや!」
ゼノが腕を振ると、海の水がうねりだし、大きな波となってフェリクスたちを襲った。
「ゼノ!」
さすがに怪我をさせてしまうほどの勢いだったのでキエリが制するようにゼノに叫んだ。
「だいじょぶよ、ちょっと気絶して‥‥げ‥‥」
余裕で笑っていたゼノの顔が驚きで歪む。
ゼノが波で攻撃を仕掛けたはずなのに、フェリクスは素早く腰の剣を引き抜いて、その剣で波を真っ二つに切り裂いた。
「そ、そんなのアリ?」
「魔力をこめた剣だ。そんな柔い攻撃でやられはしない」
「あらら、もっとたくさん暴れてやりたいけど、さすがに人が多いもんなぁ。ま、多少の被害はごめんあそばせ! キエリ今のうちに船に乗り込んで!」
キエリは船に急いで乗り込み、鍵を船のカギ穴に差し込み回した。
船がガタンと揺れて、魔力が船を巡っていく。
(この取っ手で操縦するんだよね‥‥)
「ゼノ! 動かすよ、乗って!」
「あいよ! その前にもう一撃!」
フェリクスと騎士たちが走ってこちらに迫ってくるところにめがけて一直線にゼノが魔法で暴風を巻き起こす。
暴風の勢いのせいで地面の煉瓦がえぐられ、周りに止められている船も大きく揺れる。
暴風は先頭にいるフェリクスに直撃した。
というよりもフェリクスは真っ先に攻撃を受けにいたようにも見えた。
フェリクスの両足が地面に埋もれるが吹き飛ばされるまではいかない。
(まさかっ、あの鎧自体も魔道具!? 魔力を打ち消してる!)
ゼノが攻撃はもう意味がないと見限り、船に乗り込もうと振り返った瞬間目の前の地面にフェリクスが持っていた剣がとんできて突き刺さった。
ゼノはあと少しで足が分離してしまうところだった。
「ちょ、ちょっと!! こんなきれいなレディのつま先を切り落とす気!?」
ゼノがついカッとなって文句を言いにまた騎士に向き直ってしまうと、次から次へと魔法を封じる魔道具をクロスボウで飛ばしてきた。
「うわ! あっぶないじゃない!」
ゼノは飛んでくる魔道具を風の魔法で地面に突き落としていくがそのせいで足止めを食らってしまいその場から動けなくなっていた。
そして、猛攻を防ぐことに集中していたゼノがふとあることに気付く。
(あれ? 王子様いなくない?)
ゼノが先ほどまで騎士たちの先頭にいたはずのフェリクスがいないことに気付いたが、遅かった。
「ゼノ! 左!」
キエリの声で左をふと見るとフェリクスが真横に飛び降りてきていた。
ゼノから見て左側には波止場が連なっており、船が何隻も泊まっていた。
フェリクスは、重い鎧を着ているにも拘わらず停泊している船の上を飛んでつたってきていた。
(ハァ!? なんで、こっち側から来るの!? 泊まってる船を飛んでつたって来たの!? もしかして、あの鎧は魔法を防ぐだけじゃないっ‥‥)
ゼノの思考が混乱しているうちにフェリクスが一瞬で距離を詰め、ゼノの腹に蹴りを入れた。
蹴りの威力が強くゼノのからだが軽く空中に浮いて地面を転がっていった。
「いやあっ! ゼノ!!」
キエリがあまりの光景に、船から降りてゼノに駆け寄ろうとしたがゼノは腹を手で押さえながら、もう片方の手を船に向けた。
すると波がうねり船が倉庫の出口に向かって流れ始めた。
急に船が動き出したので、キエリはバランスを崩して足をおって前に倒れた。
「ゼノ! やだっ、どうしてっ」
「行きなさいっ! アナタの望みをちゃんと叶えるのよ!」
ゼノは、にこりと笑ってぱちりと片目を閉じた。
波に乗せられた船がどんどんと出口に向かって行く。
「ぐっ」
しかし、騎士たちによってゼノに間もなく魔道具がつけられて波のうねりが止まった。
「っつ‥‥ごめんね。ありがとうゼノ」
キエリは急いで立ち上がって、船の取っ手を握りしめた。
(取っ手を押し込む!)
「キエリっ! 待て! 待ってくれ!」
キエリの心が一番揺さぶられる声が聞こえてしまって、振り返りそうになる。
「キエリ! 頼む‥‥行かないでくれ‥‥」
愛する人の弱弱しくなっていく声が聞こえる。
取っ手を握る手から力が抜けてしまう。
しかし、キエリは首を横に振ってぐっと目をつむり、開いたときには弱さを自分から追い出した。
ぐっと力を込めて取っ手を握り直し、前に押し込む。
船はぐんぐんと速さを増して出口を抜けて、広い海へと進み出た。
(ごめんなさい‥‥必ず戻ります。あなたと幸せになりたいもの‥‥)




